2.初めての依頼と仲間達


「部屋に荷物を置いて着替えてくるわ」

 と、二階へ上がっていったフィオナを見送って、
ユーリはマスターから渡された宿帳を開いた。
妖精のとまり木亭を拠点に仕事をしている冒険者達の名簿も兼ねているそうで、
ずらりと並ぶ名前の中には、フィオナとシェベットのものもある。

 ユーリが宿帳に下手な字で名前を書き込んでいると、
カランカランと扉のベルが鳴った。
宿に入ってきたのはシェベットだった。

「ただいまー……お!」

 シェベットはユーリの姿を見つけると、早足で歩み寄ってきた。
ユーリの右隣の席に腰を下ろし、がっとユーリの肩に腕を回す。
その衝撃で、書いていた字が枠から少しはみ出た。

「話は済んだみたいだな!」
「あ、ああ。これからよろしく、シェベット」
「よろしくな!
 記念にメシでもおごるぜ。馬車で何も食べてなかったろ」
「見てたのか?」

 シェベットの言葉に、ユーリは目を丸くした。
子供のようにわくわくと外の景色を眺めていたのを、
しっかり見られていたのかと思うと、少し恥ずかしくなった。

「おう。楽しそうに乗ってるヤツがいるなーと思って――
 ってワケじゃなくて、周囲の警戒も俺の仕事だから」

 ユーリの気持ちに気づいてか、シェベットはにやっと笑った。それから、

「まあ、ゴブリンの時はその……正直、もうすぐ街だからって寝かけてたんだが」

 と、ごにょごにょと付け加える。

 ユーリがお言葉に甘えることにすると、
シェベットはカウンターの奥の厨房らしきスペースに向かって、おーい、と呼びかけた。
すぐに奥からマスターが現れて、シェベットを見ると微笑んだ。

「シェベット、おかえり。ゴブリンが出たんだって?」

 シェベットは「ただいま」とマスターに手を振って、

「そうなんだよ。
 とりあえずユーリにランチと、俺とフィオナにコーヒー。
 後でまた詳しく話す」

 マスターはわかった、と頷いて、また厨房へと戻っていった。
ほどなくして聞こえてきた調理の音が、ユーリの空腹感と食欲を煽る。

「しかし、本当、ユーリが来てくれてよかったよ」

 カウンターに頬杖をついて、シェベットがしみじみと言った。

「俺とフィオナさ、よく組んでるんだけど。
 戦いの時に、女の子に前を任せるのって……
 仕方ないとはいえ、申し訳なくてなあ」

 何かを思い出しているのか、
シェベットはどこか遠くを見るような目をして、ふうっとため息をついた。
 盗賊である彼は、先刻のゴブリンとの戦いでも見せたような、
不意打ちで急所を突くといった戦法は得意でも、相手に近接しての撃ち合いはできないのだろう。
 ユーリはぐっと拳を握った。

「俺、頑張るよ。……フィオナの方が強いかもしれないけど」
「ああ、頼む。実際、あの子は強いんだが――
 隣で一緒に戦ってくれる仲間がいると、心強いと思うんだ」


 そんな話をしていると、階段を下りてくる足音が聞こえてきた。フィオナだ。
 革の鎧を脱いで、ふんわりとしたロングチュニックに着替えている。
冒険者の普段着にしては、仕立ての良い服に見えた。
それに、フィオナにとても似合っている。

(かわいいな)

 うっかり見呆けてしまったユーリの視線に気づいたフィオナが、
じっとユーリを見返した。

「何か?」
「え――あ、いや、かわいいなと思っ……て」

 しまった、とユーリは口を押さえた。
思わず、考えていたことをそのまま、ぽろりと口にしてしまった。
フィオナは少しだけ眉を上げてまばたきして、

「そう」

 とだけ言うと、ユーリの左隣の席にすっと座った。

(怒らせちまったかな……。それとも、呆れてる?)

 ユーリはちらりと横目でフィオナを見てみたが、彼女は相変わらずの無表情で前を向いている。
感情がさっぱり読めなくて、ユーリは肩を縮めた。

「……わりと喜んでるぞ。あれでもな」

 シェベットが、ユーリにしか聞こえないような小声でささやいた。

(……本当かなあ)

 ユーリよりもフィオナとの付き合いが長いシェベットが言うなら、そうなのかもしれないが……。
 なんだかどぎまぎしてしまって、ごまかすように椅子に座り直したりしていると、
マスターが食器を載せたお盆を持って戻ってきた。

「お待たせしました。さ、どうぞ」

 ユーリの前に料理が並べられてゆく。
柔らかそうな白パンと、瑞々しい野菜のサラダに、腸詰めとポテトの盛り合わせ。
美味しそうな香りが漂ってきて、ユーリはごくんと喉を鳴らした。

「い……っただっきまぁす!」

 湯気のたつ料理を、ユーリは夢中で口に運んだ。
ここへ来るまでの旅路は、ほとんど味気ない保存食で食いつないでいたこともあって、
どれも一口食べる度に思わず笑顔になってしまう。

 マスターは、シェベットとフィオナの前にコーヒーを置いて、
美味しそうに食べているユーリ見るとにっこりと笑った。

「美味い! すっごい美味いよ、マスター!」
「ありがとう。長旅や冒険の後の食事ってのは、幸せだよね」

 冒険の後、と聞いて、ユーリは両隣の二人をかわるがわるに見やった。

「いいのかな? 俺だけ食べてて……」

 シェベットは笑って「いいのいいの」と手をひらひらさせた。

「気にすんな。俺達は馬車で昼飯食ったし」

 フィオナも少しだけ微笑んで頷いた。それからシェベットの方に視線を向けて、

「シェベット。警備隊は何か言ってた?」
「ああ、それなんだが」

 シェベットはコーヒーを一口飲んでカップを置くと、
懐から羊皮紙の巻物を取り出して、カウンターの上に広げた。
何か文章と、地図のようなものが書かれている。

「もう依頼書が出たのね」

 カウンターに身を乗り出したフィオナが、驚いたように言った。シェベットが頷く。
 ユーリも手と口を動かしながら、その紙を見てみた。
しっかりとは読めなかったが、
ゴブリンを退治してくれる冒険者を募るようなことが書かれているようだった。

 冒険者への依頼は、こんな風に仕事の内容が書かれた紙が宿に送られてくることが多い。
宿には大抵、持ち込まれた依頼書を貼り出す掲示板などがあって
(妖精のとまり木亭にも、入り口近くの壁に設置されているのが、さっきユーリの目に留まった)、
冒険者達はその中からどの依頼を請けるか決めるのだ。

「どうも、ここんとこ、ゴブリンが増えてる……っていうか、よく人の前に現れてるらしいんだ。
 三日くらい前にも、サンドリタに向かおうとしてた旅の商人が襲われかけたって」

 シェベットはそこで一度言葉を切り、
首をかしげてユーリの顔を覗き込むようにした。

「なあユーリ、俺達で請けてみないか? この依頼」
「……!!」

 ユーリは口に入れたポテトを、そのまま飲み込んでしまった。
喉に詰まりかけて、水で流し込む。

 依頼。仕事だ。冒険者としての、初めての!
 宿を見つけて、仲間ができて、そして――
なんだか順調すぎるんじゃないかと、ユーリは少し怖いような気さえした。

「やろう――と言いたいとこなんだけど、えっと、その前に……」
「どうした?」

 歯切れの悪いユーリに、シェベットは意外そうな表情を浮かべた。
ユーリは恥ずかしそうに頭を掻く。

「俺、字を読むのがあんまり得意じゃないんだ。
 依頼書の内容、詳しく教えてくれないか?」
「おう、そうだったか。まあ、そんなに特別なことは書いてないが……。
 奴らのねぐらの目星はついてるから、乗り込んで退治してきてくれ、と。
 この地図の印の所だな」

 シェベットは指で文章をなぞりながらそう言って、地図に付けられた印を指し示した。
「この距離なら半日もかからず行けるでしょうね」と、フィオナが付け足す。

「報酬は五十銀貨。ゴブリン退治にしちゃ高いと思うぜ」
「急を要するってことなんだろうね。悪くないんじゃないかな」

 マスターも、顎に手を添えて、興味深そうに依頼書を眺めている。

 ユーリには報酬の相場はよくわからなかったが、
五十銀貨もあれば、宿代を一ヶ月分払ってお釣りがくる。そこそこの額だ。
といっても、この報酬は仲間達で分けることになるのだろうけれど。

「こんなところだな。どうする? 請けるか?」
「うん。やろう」

 ユーリは力を込めて頷いてみせた。

「よし。そう来なくっちゃな」

 シェベットは笑って、ユーリの背中を叩いた。

「決まりね。出発は明日で大丈夫よね」

 フィオナも少し嬉しそうだ。
ユーリとシェベットはちらりと顔を見合わせてから、頷いた。


 ランチを食べ終えて、ユーリはそういえば、と、膝に乗せていた宿帳をマスターに渡した。
「ああ、ありがとう」と、マスターは受け取って中を確認すると、

「……そうだ。今日は君達が帰ってくる前にも、新人さんが来てたんだよ。
 きっとユーリと同じくらいの歳じゃないかな? 魔術師の男の子でね」
「へえ、魔術師! 珍しいな」

 シェベットが目を見張った。
フィオナもコーヒーを飲んでいた手を止めて、顔を上げる。

「そいつはもう、誰と組むか決まってるのか?」

 シェベットが訊ねると、マスターは浅く頷くような首をかしげるような曖昧な仕草をして、

「いや、実は、君達を勧めようと思っていたんだけどね。
 一気に仲間が増えちゃうと大変かな?」

 と、ユーリ達三人の顔を見回した。
シェベットは、ふーむ、とカウンターに肘をつく。

「俺は、賑やかなのもいいと思うが。ユーリは?」
「二人がいいなら、俺は大丈夫だけど……」

 ユーリは今まで魔術師――魔法を使える人には会ったことがなかった。
だから、そんな人が冒険の仲間になってくれるかもしれないと思うとわくわくしたし、
自分と同い年くらいかもしれないと聞いて、一層興味が湧いていた。
 けれど、仲間に入ったばかりの自分ががつがつと意見を述べるのも悪いような気がして、
ユーリはなるたけ控えめな調子で言った。

「あたしも構わないわ。とりあえず、会ってみましょうか」

 フィオナがそう言った瞬間、ユーリは心の中で密かに、やった、と拳を突き上げた。

「そうか。君達のことは話してあるから、部屋を訪ねてみるといいよ。
 もしかしたら、眠っているかもしれないけど……。
 なんでもサンドリタから歩いてきたらしくてね」

 と、マスターは魔術師の少年が泊まっている部屋を教えてくれた。
 それから身をかがめて、カウンターの下をごそごそと探り、

「これがユーリの部屋の鍵だよ」

 鈍い金色の鍵を取り出して、ユーリに手渡した。
丸い頭の部分に数字が刻んである。部屋の番号だろう。

「先に、部屋に荷物を置いてきたら?
 そのあと魔術師さんの部屋に行ってみましょう」

 フィオナに言われて、ユーリは「そうするよ」と頷いた。
ごちそうさまでした、とマスターに告げると、椅子から飛び降りるように席を立った。
荷物袋を抱えて、二階への階段を上ってゆく。


 廊下に並ぶ客室の扉の中から、鍵に刻まれているのと同じ番号の扉を見つけると、
ユーリは鍵を開けて部屋へ入った。
 部屋はベッドやクローゼット、書き物机と椅子など、
一通りの家具が揃えられていて、清潔感のあるこぢんまりとした空間になっていた。
窓からは通りとルアードの街並み、それから遠くに連なる丘が見える。

 ユーリは腰の剣を外して、荷物袋と一緒に床に置くと、
ベッドに倒れ込んで大きく伸びをした。

「早速くつろいでるなあ」

 入り口の方から笑い混じりの声が聞こえて、ユーリはびくりとして跳ね起きた。
いつの間にか、シェベットが扉にもたれるようにして立っていた。

「い、いや、気持ちよさそうなベッドだったから、つい。すぐ行くよ」

 部屋を出ると、廊下でフィオナも待っていた。
ユーリと目が合うと、ユーリの部屋の隣の扉を指さした。

「えっ。この部屋なのか?」
「そうみたい」
「わお」

 なんとなく小声になってささやき合う。
魔術師の少年の部屋は、なんとユーリの部屋の隣だったらしい。

 三人は顔を見合わせると、扉の前に立った。フィオナが扉をノックする。

「……はい?」

 部屋の中から返事があった。がちゃりと扉が開く。
姿を現したのは、銀色の長い巻き毛の少年だった。
小柄で、灰色のローブから覗く腕はほっそりとしているが、真鍮色の瞳はやけに鋭い。
 少年は目をすがめて、不審そうな視線を三人に向けたが、

「ここの冒険者のフィオナよ。マスターに紹介されて来たの」

 とフィオナが言い、それに続いてシェベットとユーリも名乗ると、
少年は「ああ」と頷いて笑みを浮かべた。

「ラーフラと申します」

 少年――ラーフラはぺこりと頭を下げると、廊下に出て、部屋の扉を閉めた。
 こんな場所で話すのもなんだからと、再び酒場へ行くことにして廊下を歩きはじめる。

 その途中、ラーフラは三人を見て、ちょっと首をかしげた。

「……お二人と聞いていた気がしたのですが」
「さっきまで、そうだったんだけどな」

 シェベットが笑って、ユーリの方に顔を向けた。

「俺も今日から冒険者になったんだ」

 ユーリが言うと、ラーフラは嬉しそうに目を見開いた。

「おや、それは……。
 偶然というか。何かのご縁かもしれませんね」

 にっこりと笑って、ユーリに向かって片手を差し出す。
ユーリもなんだか嬉しくなって笑い返し、ラーフラの手を取った。
握った手は少し冷たい。

(フィオナやシェベットとも、ラーフラとも仲良くなれるといいな)

 そっと、ユーリは思った。


 四人で酒場へ戻ると、今度はカウンターではなくテーブルの席についた。
 シェベットがラーフラに明日の依頼の話をして、一緒に行かないかと誘うと、

「ぜひ僕もご一緒させてください」

 ラーフラは二つ返事で頷いた。
 なんでも懐が寒く、サンドリタから歩いてきたのも馬車賃がなかったためらしい。
「すぐに仲間と仕事が見つかってよかったです」と呟いて、
ラーフラはほっとした様子で表情を緩ませた。

「ずいぶん切羽詰まっていたのね。
 冒険者になったのもやっぱり、お金のため、という感じ?」

 フィオナが訊ねると、ラーフラは苦笑した。

「そう……ですね。本当は、修行の一環なのですが……。
 僕の師匠が、若い頃は冒険者だったそうで。
 とても勉強になったから、お前もやってみろと言われまして」
「へえ」

 ユーリが興味をそそられたように頷く。
すると、ラーフラはふと表情を暗くして、

「自分も最初は文無しだったからとかなんとか抜かして……無一文で放り出されたんです。
 サンドリタではなく他の街で始めてみろ、と」
「……厳しいなあ」

 静かな口調だが、ラーフラの声色からは恨めしさにじみ出ている。
 無一文で街から放り出されるなんて……少し想像してみて、ユーリは思わず身震いした。
シェベットも、かすかに引きつった笑みを浮かべている。
同じようなことを考えているのかもしれない。

「凄絶なのね、魔術師の修行って」

 感心しきったような声で言うフィオナに、ラーフラは
「い、いやまあ、こんなのはうちの師匠だけだと思いたいですが」と手を振って、

「そんなわけで、修業中の身ではありますが……。
 冒険や戦闘の役に立つ魔法は覚えているつもりですので、よろしくお願いしますね」

 改まって頭を下げた。

designed by flower&clover