3.いざ、ゴブリン退治


 次の日の朝。
朝食の席を四人で囲んでいると、シェベットがなにやら細かく字の書かれた紙束を取り出した。
野菜とハムと、バターを挟んだサンドイッチを片手に掴んでかじりながら、
もう片方の手で紙束を持って眺めている。

「シェベット。なんだ、それ?」

 ユーリが聞くと、シェベットはうん、と顔を上げた。
食べていたサンドイッチを飲み込んでから口を開く。

「新聞だよ。情報収集には欠かせないんだ」
「へえ……。何か、すごいこと書いてあるか?」

 シェベットは「そうだな……」と新聞に目を走らせ、ひとつの記事に目を留めた。

「おっ、『黒い霧のアラカ捕縛』! だってよ。とうとう捕まったんだな、あのじじい」
「誰?」
「誰だ?」

 フィオナとユーリがほとんど同時に言って、シェベットはがくっとテーブルに突っ伏した。
ラーフラはぴくりと眉を動かして、陰鬱な表情を浮かべた。

「……知らないか。
 とんでもねえ悪人の魔術師のじいさんで、裏稼業の奴らの間なんかでは有名だったんだよ。
 人に幻を見せる魔法が得意だったらしい」

 シェベットの説明に、二人はふむふむと頷く。ユーリはラーフラの方を見て、

「ラーフラは知ってたのか?」
「ええ……。悪い意味で、名の通った人でしたからね。
 同じ魔術師として許しがたいですよ」

 よほどその魔術師が嫌いなのか、ラーフラは新聞に忌々しそうな視線を向けた。

「捕まったのが昨日で……。もう、今日のうちには処刑されるそうだぜ」

 記事の続きを読んで、シェベットが言った。
ラーフラは眉をひそめて、香草茶の入ったカップの縁を撫でた。

「ふうん……。捕まえたってのも、幻じゃないといいですがね」
「ありそうで怖いな」

 シェベットは肩をすくめて笑った。

「捕まえたのは冒険者なの?」

 フィオナが訊ねる。

 彼女がナイフとフォークでサンドイッチを切り分けて食べているのを見て、
ユーリとラーフラは不思議そうな顔をした。
けれどシェベットは気にしていないようだし、フィオナの仕草もとても自然なので、
ああいう食べ方もあるのかもしれないな、と、それぞれ心の中で納得したのだった。

 シェベットは新聞に視線を落としたまま、首を横に振った。

「いや、警備隊みたいだ。サンドリタの煙煤通りに潜んでたらしい」
「煙煤通り、ね……」

 フィオナは合点がいった様子で、かすかに目を細めた。
「あの辺りは治安が悪いですからねえ」とラーフラがため息交じりに言って、香草茶をすすった。

「でも、もし捕まえてたら、懸賞金すごかったんだろうなあ。
 俺達もいつか、こんな悪党と渡り合ってみたいな」

 新聞をたたみながら、シェベットが呟く。

「いつかはそんな仕事もできるかもね。今の相手はゴブリンだけれど」

 フィオナは淡々とそう言って、三人の顔を見回した。

「みんな、食べ終わったらもう出発しても大丈夫?」
「ああ」
「大丈夫だ」
「準備はできてますよ」

 ユーリ達がそれぞれ答えると、フィオナは頷いた。


 食事を終えて、四人はルアードの街を出発した。

 サンドリタ方面へ丘を下ってゆき、森の中の道をしばらく歩く。
涼しい風が吹き抜けて木々を揺らし、きらきらと木漏れ日がこぼれてくる。
時折、どこかで鳥の鳴き声が響いた。

 木を削り出して作られた、魔術師の杖をつきながら歩いているラーフラを見て、
ユーリは声をかけた。

「ラーフラ、疲れてないか? 昨日もこの道歩いてきたんだろ?」
「ええ。でも昨日はゆっくり休めましたから、大丈夫ですよ」

 ラーフラは「ありがとうございます」とユーリに微笑んでみせた。
その顔が不健康そうに白いので、ユーリは見ていて心配になってしまうのだが、
どうも彼は元々そういう顔色らしい。

 と、先頭を歩いていたシェベットがぴたりと足を止めた。

「多分、この辺だと思うんだが……」

 依頼書によると、街道を外れて森に入ると小さな崖があり、
その下の洞窟がゴブリンの棲み処になっているらしい。

「ゴブリンが通ってそうな獣道とか、足跡みたいなものがあったら教えてくれ」

 それぞれ少しずつ離れた場所を探すことにして、四人は森へと踏み入った。
街道からほんのわずか離れただけで、急に辺りが薄暗くなる。
 見上げると、木々が伸ばした枝葉が、光を阻むように重なり合っていた。
湿った土の匂いと、しっとりと冷えた空気が満ちていて、
かすかに寒気を感じたフィオナは、外套の前をかき合わせた。

 探し始めてそう経たないうちに、フィオナは下草が踏まれて倒れているのを見つけた。
フィオナの靴跡よりも、ひと回り小さいくらいの大きさで、
辺りにも同じような痕跡がいくつも散らばっている。

「ねえ、シェベット」

 呼びかけると、シェベットがすぐに駆け寄ってきた。

「何かあったか?」

 フィオナが足跡らしきものを指し示すと、シェベットは屈んでそれを見た。
 つい最近付けられたらしい、二足歩行の足跡だ。街道の方から、森の奥まで続いている。
頻繁にここを行き来しているのか、それとも一個体のものではないのか、何組分かあるように見えた。

「どうかしら」
「っぽいな……。行ってみるか」

 シェベットは頷いて、立ち上がった。
 ユーリとラーフラを呼び集めると、足跡を辿って歩き始める。

「ここまで来たら、いつ出くわすかわからないわ。
 すぐに戦えるようにしておきましょう」

 フィオナにそう言われて、ユーリは表情を引き締めた。
腰に差した剣の柄をぎゅっと握る。

 ユーリの故郷の村の、畑を荒らしにくる魔物の多くはゴブリンだった。
だから、ゴブリン退治なんて、慣れているといえばそうなのだが……。

「あんまり緊張するなよ。あれだけ戦えりゃあ、心配することはねえって」

 シェベットが明るく笑って、ユーリの背中を叩いた。
ユーリもちょっと眉を下げて笑うと、頷いた。

 歩いてゆくと、小さな崖が見えてきた。その脇を大きく回って、崖下へ行けそうな坂道がある。
この辺りは下草の生えていない土の地面になっていて、足跡が坂の下へと続いているのがよくわかった。
 四人はちらりと顔を見合わせると、そちらへと進んだ。

 先程の崖の正面あたりまで回ってくると、
ぽっかりと開いた洞窟の入り口が、木々と茂みの向こうに見えた。
明るい場所を嫌うゴブリンには、格好の棲み処になりそうだ。

 シェベットは、ユーリ達に茂みの陰で屈んでいるように手で示して、
一人で少し先の木の陰に身を隠すと、辺りの様子をうかがった。静かで、魔物の気配はない。
 ユーリ達をふり返って、こっちに来ても大丈夫だと手招きする。

「見張りなんかはいないみたいだ。どうする?」

 声を低めて、シェベットが言った。

「ここで待っていてもしょうがないわ。進みましょう」

 涼しい表情でフィオナが答える。
緊張の抜けきらないユーリは、彼女の冷静さが羨ましいなと思い――

(でも、もしかして、顔に出してないだけなのかもな)

 と、昨日の宿での一幕を思い出した。
シェベットなら、今のフィオナの気持ちもわかるのだろうか。

「ああ。明かりを用意しておこう。
 洞窟の中は……もしあるとしても、しょぼい松明くらいだろうからな」

 シェベットは、荷物袋と一緒に背負っていた小さなカンテラを、腰に括りつけた。

「僕も持っておきましょう。片手が使えれば大丈夫ですから」
「おう、頼む」

 ラーフラもカンテラを取り出した。
何か短い言葉を呟くと、ラーフラの指先に炎が灯った。
それを二つのカンテラに移す。

「うわあ。それって魔法? すごいなあ」

 初めて見る魔法に、ユーリは思わず緊張を忘れて目を見張った。
その目が子供のようにきらきらしているので、
ラーフラは少し驚いたように眉を上げて、照れくさそうに笑った。

「弓使いがいないといいけど」

 フィオナが肩をすくめた。
 明かりがあると、こちらの居場所も相手に知られてしまう。
それを遠くから狙い撃たれたら……。
ユーリは少しぞっとしたが、その隣でラーフラが不敵に笑った。

「遠距離攻撃でしたら、おそらくこちらの方が射程は上です。お任せを」

 トントンと軽く地面を叩いた杖の先端に、小さな稲妻のような光が弾けた。
 ラーフラもユーリと同じで、今回が初めての冒険のはずなのに、なんだかとても頼もしく見える。

(俺もしっかりしないと)

 ユーリはふうっと息をひとつ吐き出すと、顔を上げた。

「それじゃあ、行きましょうか」

 フィオナがそう言って、四人は頷き合うと、洞窟へと足を踏み入れた。


 洞窟の中は闇に包まれている。
二つのカンテラで照らしても、奥の方までは見通せない。
シェベットが警戒しながら先頭を歩き、ユーリとラーフラが続く。そして、一番後ろにフィオナ。
 足元の土はじめじめしていて、ユーリは滑ってしまわないように慎重に歩いた。

「……思ったより広いわね」

 フィオナが小声で言った。
洞窟の中は一本道ではあるものの、長く曲がりくねって続いていた。

「でも、ここで間違いなさそうです」

 ラーフラがちらりと脇に視線を向ける。
所々に、食い散らかされた小動物の骨らしきものや、
人間から奪った荷物の残骸なのか、ぼろぼろになった布や壊れた木箱などが落ちていた。

「どれくらい……いるんだろうな」
「十数匹くらいの集団で暮らしていることが多い、とは聞きますね」

 ユーリの呟きに、ラーフラが答えた。ユーリはごくりと唾を飲む。
昨日、街道では五匹のゴブリンを倒したが、
ここにもまだまだ潜んでいるかもしれないのだ。

 しばらく進むと、シェベットが手で三人を制止した。すっと通路の奥を指さす。
 曲がり角の向こうが、かすかだが明るくなっていて、
物音と甲高い声のようなものが聞こえてくる。
その明かりは炎によるものなのか、ゆらゆらと明るさを変えて揺れている。
時折、何か物影が横切るのも見えた。

 フィオナがそっと剣に手を添えた。

「いるみたいね。
 明かりを消して、忍び寄ってもいいかもしれないけれど……」
「あっちの明かりも消されたら、まずいしなあ」

 シェベットが首を振った。
ゴブリンは、暗闇の中でもある程度周囲を見通せる目を持っている。
こうして暗い棲み処に乗り込んでいって戦うのも、本当は不利なことだった。

「一発、撃ってしまいましょうか? 当たるかどうかはわかりませんが」

 冗談めかして、ラーフラが杖を通路の奥へ向けた。
「それもありかも」と言ったフィオナを、
シェベットは一瞬ぎょっとしたような目で見たが、少し考えたあと苦笑して、

「……そうだな。弱くても、広範囲に当たるような魔法があれば、そいつを」
「わかりました」

 ラーフラが頷くと、シェベットはユーリの方に向き直った。

「で、飛び出してきたところを迎え撃とう。ユーリ、準備いいか?」
「大丈夫だ。いけるよ」

 剣を抜いて、ユーリは頷いた。
刃がカンテラの光を受けて、金色に輝いて見えた。

「よろしく頼むぜ。俺も援護するからよ」

 シェベットは笑って、投擲用の短剣に手をかけると、姿勢を低くして構えた。
フィオナも剣を持って、ユーリの隣に進み出る。

「では。いきますよ」

 ラーフラは杖をかかげると、呪文を唱え始めた。

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