1.森から来た少女


 丘陵の街ルアードの冒険者の宿、『妖精のとまり木亭』。
ユーリがこの宿の冒険者になって、初めての冒険をしてから、幾日か過ぎた頃。
 ユーリは、冒険者仲間のフィオナとの剣の稽古を終え、宿の中庭で休憩をしていた。

「ねえ、ユーリの剣って、なんだか不思議ね。何で出来ているの?」

 透き通る硝子杯に注がれた、よく冷えたお茶を飲みながら、フィオナが言った。

 前回の冒険の、暗い洞窟内での戦いのときには気がつかなかったが
(思いがけない強敵もいて、仲間の剣をじっくり見ているような余裕もなかったのだった)、
ユーリの剣は、刃がひらめくと淡く青や緑がかって見えることもあるし、
陽の光にあたると、剣自体がほんのりと光っているような不思議な金色に輝くのだ。

 ユーリは首をかしげて、剣を抜いた。

「そうか? ただの鋼鉄の剣じゃないのかなあ」
「どこで手に入れたものなの?」

 訊ねられて、ユーリはうーんとうなった。

「父さんの――形見? っていうか。
 とにかく、父さんの持ち物だったんだけど……」

 家の納屋に仕舞い込まれていた剣。詳しいことは、ユーリも知らないのだった。
 言葉を継げずにいると、フィオナもあまり詮索するのは悪いと思ったのか、
それ以上何も聞かなかった。


 お茶を飲み終えて、硝子杯を下げに宿の中へ戻ったとき、
入り口の扉のベルがカランカランとどこか慌ただしげに鳴った。
ユーリ達の視線も、自然と入り口の方へと向く。

 扉にすがるようにして、すらりと背の高い少女が立っていた。
白い花を飾った長い髪は、人間のものではない若葉のような明るい緑色だった。
耳も長く尖っている。

(エルフだ)

 長い寿命を持つ森の住人、エルフ。
自然や精霊と語らって穏やかに悠久の時を過ごし、森から出ることはめったにないというが……。

 エルフの少女はよほど急いでやって来たものか、
肩で息をしながら、視線を辺りに巡らせている。
表情は青ざめていて、そのただならぬ様子に、店内の冒険者と客達は少しざわついた。

「いらっしゃいませ。何かご用ですか?」

 カウンターから、マスターが微笑みかけた。
 エルフの少女は、ふらつきながらカウンターまで歩いてきた。
近くで見ると、少女の顔は恐ろしいほど美しく整っている。
揺れた髪から花の香りがして、ユーリはどきりとした。

「あっ……あの、ここは、『冒険者の宿』なのですよね?」

 小鳥のような声で、少女が言った。「そうですよ」とマスターが頷くと、

「依頼を……お願いしたいんです」

 その声があまりに真剣で、必死な響きを含んでいたので、
マスターもふと真面目な表情になった。

「お話を伺いましょう」

 マスターは、少女に席に座るように促して、水を一杯差し出した。
少女はお礼を言って水を飲み、一息つくと、話しはじめた。

「――私はソラヤといいます。
 ここからずっと西へ行ったところにある、ラダンという森から来ました……」

 マスターは頷いたが、視線が少し上を向いた。
その場所に心当たりがなさそうな雰囲気だ。
 ユーリがフィオナをふり返ると、彼女も首をかしげていた。

「聞いたことがないわ。確かに西の方に、大きな森はあるけれど……。
 ラダンというのは、エルフの間での呼び名なのかも」
「なるほど」

 ひそひそと小声で話していると、
カウンターの近くの、今は火の入っていない暖炉の傍のテーブルから、
シェベットがこちらへ向かって手を振っているのに気がついた。
その隣に、ラーフラも座っている。二人もユーリ達の仲間の冒険者だ。
 こっちへ、と手招きされて、ユーリとフィオナは二人と同じテーブルについた。

「すげえ美人だなあ」

 シェベットが嬉しそうに言う横で、

「さっきから、口を開けばこればかりなんですよ」

 と、ラーフラが呆れたように肩をすくめた。

 このテーブルからは、マスターと、エルフの少女ソラヤの横顔がよく見える。
少し顔をうつむけたソラヤの眼差しは、ここではないどこか遠くを見ているかのようだ。

「この前の……満月の夜でした。
 突然、たくさんの魔物が襲ってきて、森が焼かれてしまったんです。
 私達はみんなばらばらに逃げ出しました。
 私は気がつけば一人で、他のみんながどうなったかわからなくて……」

 ソラヤは声を震わせた。
 ユーリは昨日、半月より少し膨らんだ月が出ていたのを思い出した。
「満月というと、七日くらい前でしょうか」と、ラーフラが呟く。

「あてもなく歩くうちに、また夜になって、遠くに人の街の明かりが見えて。
 ふと、昔、偶然森へ迷い込んできた人達が、自分達は冒険者だと言っていたのを思い出したんです――
 『冒険者の宿』という場所で、困っている人達を助ける仕事を請けたりするのだと」
「それで、この宿に?」

 マスターが優しい声で聞いて、ソラヤは頷いた。

「一族の仲間達の行方を、調べてもらいたいんです。手がかりだけでも構いません。
 人のお金は持っていないのですけれど――これが対価になればと」

 そう言って、草で編まれた小さな袋を取り出し、中身をカウンターにざらりと開けた。
転がり出てきたのは、乳白色に虹色が混ざったような、不思議な輝きの石だ。

「月光樹という木から採れる琥珀です。
 エルフの住む森にしか生えない木だそうですから、人の街では珍しい物だと思います」
「ああ、月光琥珀!
 一つでも銀貨十枚にはなりますよ。これ全部じゃ多すぎるくらいだ」

 マスターは石を一つつまみ上げて、店のランプの明かりに透かすようにした。
「ほ……欲しい」ほとんどため息のような声で、シェベットが言った。
さっき、ソラヤを見ていた時以上に、目がきらきらしている……。
ユーリはちょっと苦笑いした。
 フィオナはやれやれといった様子で、

「好きなのよね。ああいう、綺麗な物も女の子も」
「……なるほど」

 ユーリは頷いた。

「依頼は人探し、ですね」

 マスターは一瞬、ちらりとこちらへ視線を向けた。
すぐにソラヤの方に向き直り、

「森の魔物の方は、いいんですか?
 冒険者は、魔物退治の方が得手かもしれませんが……?」

 すると、ソラヤは眉を下げて目を伏せ、首を横に振った。

「魔物達を率いていたのは、大きな黒い竜でした。
 森で一番の魔法使いも、精霊使いも、まるで歯が立ちませんでした。
 その、こんなことを言っては失礼かもしれませんが、かなう冒険者さんがいるとは……」

 それを聞くと、マスターは難しい顔で腕組みをした。

「竜となると、確かに……。
 悔しいけど、いち冒険者の宿でどうにかできる規模の話ではない、か」
「なので、まず、みんながどこにいるのかわかればと」

 ソラヤは祈るように、ぎゅっと手を握り合わせた。
その横顔は、今にも散ってしまいそうな花のように儚げで、

(力になってあげたいな)

 と、ユーリが思ったそのとき、シェベットが椅子から立ち上がった。
つかつかとカウンターまで歩いてゆき、

「話は聞かせてもらったぜ。
 人探しってんなら、俺の出番だろ、マスター」

 そう言うと、くるりと体の向きを変えて、ソラヤに片目をつぶってみせた。

「安心しなよ、お嬢さん。
 俺達に任せてくれれば、お仲間もすぐに見つかるさ」
「本当ですか!」

 赤い目を輝かせて、ソラヤはシェベットを見上げた。
 一方、ラーフラはあまり光の入らない目を一層濁らせて、

「えっと……今、『俺達』って言いました?」
「言ったわね」
「『俺達』に、僕らって含まれてるでしょうか」
「含まれてるでしょうね」

 頷いたあと、フィオナが長い長いため息をついたのを、ユーリはしっかりと聞いた。

「うん。エルフを見かけたという情報があったら、盗賊ギルドに入ってきているだろう。
 お願いするよ、シェベット……達」

 マスターは、少しだけ苦笑気味にそう言った。
 これはどうやら、シェベットと一緒にユーリ達も、ソラヤの依頼を請けたということになったのだろう。
 ユーリは別に構わなかったし、フィオナとラーフラも、
綺麗なものにつられたようなシェベットの様子に呆れただけで、
依頼を請けること自体は嫌ではなさそうだ。

 シェベットは頷いて、ソラヤに盗賊ギルドについて手短に説明した。
ソラヤは始め、盗賊、と聞いて少し怪訝そうな表情を浮かべていたが、
どうやら、冒険者達の大切な情報源であることを納得してくれたようだった。

「……それで、ソラヤさんも一緒に行って、
 直接話を聞いてもらった方がいいかと思うんだが。どうだろう」

 ソラヤは「ソラヤ、でいいですよ」と手を振って、

「そうですね。わかりました。連れて行っていただけますか?」
「じゃあ、ソラヤ。
 すぐに向かって平気かい? 少し休んでからにしようか」
「大丈夫です」

 ソラヤがしっかりと頷くと、シェベットはユーリ達をふり返った。

「そうと決まれば、早速行こうぜ」

 フィオナはやおら立ち上がり、

「あたし達もいた方がいいのね?」
「この街の中では、怪しい部類の場所だからな。みんなで行く方が安心だ」

 フィオナは「そうね」と頷いて、カウンターの方へ歩いてゆく。
ユーリとラーフラも席を立って、その後に続いた。

「フィオナよ。よろしく、ソラヤ」

 フィオナが差し出した手を、ソラヤは一瞬、意味をはかりかねたように見つめたが、
はっとしたような表情を浮かべると、その手を取って握手をした。

「よろしくお願いします!」

 それに続いて、ユーリとラーフラと、改めてシェベットも名乗った。
 シェベットはちらりとソラヤを見て、

「フィオナ、ソラヤに外套貸してやってくれないか?
 変な奴に目を付けられないとも限らない」
「わかったわ」

 頷いて、フィオナは二階へと上がっていった。
「僕も一応、杖を持ってきますね」と、ラーフラも部屋へと向かう。

「ユーリは? 何か準備しなくて大丈夫か?」
「ああ。ちょうど、剣は持ってるし」

 ユーリが剣の鞘をぽんぽんと軽く叩くと、それを見たソラヤが、あれっ、という顔をして首をかしげた。
何か言いたげにユーリの顔を見たが、その時マスターが、
「そういえば、ソラヤ」と声をかけて、ソラヤはそちらをふり返った。

「この宿には一人、エルフの冒険者がいるんだけど」
「エルフの……冒険者?」

 ソラヤはきょとんとしてマスターを見た。マスターは頷いて、

「ラダンという森の名前はさっき初めて聞いたから、ソラヤとは違う森の人かな……。
 青い髪の、クロシュっていう男なんだけど、知ってるかい」
「いえ……」

 首を横に振ったあとも、ソラヤは何かを考えるようにしていた。

「俺、まだその人と会ったことないな。
 ……青い髪って、シェベットみたいな?」

 とユーリが言うと、シェベットは「いやいや」と苦笑した。

「俺は、まあ、なんだ、染めてるだけだから……。クロシュのは、もっと鮮やかな青だよ」

 シェベットは、自分の前髪を一房つまんでそう言うと、ぱっと手を離した。

「あいつ、遺跡の調査にしか興味がないんだよな。
 あっちこっち旅してて、ここにはたまにしか来ないんだ」
「そういう冒険者もいるのかあ」

 ユーリが、新たな世界を知った、という表情で頷いていると、
マスターはくすくすと笑った。

「みんながギルドに行っている間に、クロシュに連絡を取ってみるよ。
 もしかしたら、だけど……彼が何か知ってるってこともあるかもしれない」
「どうやって連絡するんだ?」
「連絡用の風の精霊を預かっているんだ。
 本当は、遺跡調査の依頼が来た時に飛ばせ、って言われてるんだけどね」
「へええ」

 興味深げに目を輝かせるユーリの隣で、ソラヤが驚いたように口元に手をあてた。

「風の精霊で、連絡を?」

 思いつきませんでした、と呟いて、

「ラダンでは、森から出る者は全くと言っていいほどいませんでしたから……」
「そうか。エルフの中じゃ、クロシュみたいなのが珍しいんだよな」

 シェベットが腕組みする。ソラヤはカウンターに身を乗り出して、

「あの、その連絡の方法についても詳しく教えていただけないか、聞いてみてもらえませんか?」
「わかった、聞いてみるよ」

 その時、フィオナとラーフラが戻ってきた。
 フィオナは、持ってきた白い外套をソラヤに手渡した。フードとケープが付いている。
それを着て、ゆったりしたフードを被ってしまうと、
目を引く髪の色も長い耳も、それほど目立たなくなった。

「うん。ちょうどよさそうね」
「すみません、わざわざ」

 ソラヤは頭を下げて、ケープの裾に淡い金色の糸で刺繍された植物の蔦のような模様を、
大切そうにそっと指先で撫でた。

「では、行きましょうか」

 ラーフラが扉を押し開けた。外は昼前の明るい日差しで溢れている。
その後に続いて外へと歩いてゆきながら、シェベットは一度後ろをふり返った。

「マスター、そっちもよろしく」
「ああ。行ってらっしゃい。気をつけて」

 微笑むマスターに見送られて、ユーリ達は宿を出た。

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