2.仲間の手がかりは


 一行は街外れの通りまでやって来た。
 シェベットいわく、この辺りはどちらかと言えば夜に賑わいを見せる区域で、
建ち並ぶ酒場や店は、今はしんと静まり返っている。

 人の気配もないかと思いきや、ふと目をやった建物の隙間の細い道に、
何かよくわからない品物を露店のように並べて座っている人がいたり、
酔いつぶれて、そのまま道で倒れて眠ってしまったらしい人がいたり……。
ユーリはぎょっとして駆け寄ろうとしたが、
「ほっとけほっとけ」と、シェベットに肩を掴んで止められた。

「この辺じゃあんまり、知らない奴には関わらない方がいいぜ。
 面倒事を拾っちまうこともある」

 ラーフラもそれに頷いて、

「今日は暖かいですし、ここで寝ていても死にはしないでしょう。大丈夫ですよ」
「……そっか。わかった」

 少し後ろ髪を引かれるような気がしつつも、ユーリはその場を離れた。

「『銀色の切り札亭』。この店よね、確か」

 フィオナが、一軒の酒場の前で足を止めた。
 暗い色の木で作られた扉が、重々しく佇んでいる。
通りに面した窓はなく、店の中の様子はわからない。

「入っていいのか?」

 声をひそめてユーリが訊ねると、シェベットは「ああ」と懐から取り出した鍵で扉を開いた。
 店の中は洞窟のように薄暗く、煙草の煙と酒のような匂いがした。
カウンターの中に、バーテンダーらしき男がいる他には、店内に人影はない。
 シェベットは男に向かってよっ、と片手を挙げて、カウンターに近付いた。

「シェベットか」

 男はシェベットの後ろの四人を見て、

「また、ずいぶんと大人数だな。どうした?」
「ギルドに用事があるんだ。よろしく頼む」

 シェベットがそう言って右手を差し出すと、男は握手をするようにその手を取った。
そして、なにやら何度か握ったり離したりを繰り返した後、男は頷いた。

「……まあ、お前なら確認するまでもないんだが。オーケーだ」

 どうやら今のは、ギルドに入るための合図か何かだったらしい。
 バーテンダーの男がカウンターの下を探ると、かたん、と音がして、店の壁の一部が開いた。
隠し扉だ。地下へと続く階段がある。
 はーっ、と、感心したようにソラヤがため息をついた。

「人の街は、すごいですねえ」

 シェベットが「そうだろ」と笑った。

 階段を下りると、短い通路の突き当りに、扉が一つあった。
シェベットが扉をノックして開く。

 その先は、小さな部屋になっていた。
明かりは中央に置かれた机の上のランタンと、両脇の壁に据え付けられた燭台の蝋燭だけで、薄暗い。
 本や紙束が山積みになった机の向こう側で、長い前髪で目元を隠した男が一人、椅子に座っている。

 男はちらりと顔を上げると、読んでいたらしい本を閉じて、

「妖精のとまり木亭ご一行か。情報が要るのか?」
「このお嬢さんが、わけありでな」

 シェベットは空いていた椅子をソラヤに勧めて、
ユーリ達には「その辺、座ってていいぞ」と、
部屋に置かれていた木箱を指さして言うと、自分は立ったまま壁に背中をもたれた。
 ソラヤは椅子に座ると、フードを取った。
男は――目が隠れていて表情がわかりにくいが――おや、というように、少し首をかしげた。

「エルフか」

 ソラヤは頷いた。さっき、宿でユーリ達も聞いた話を男に話すと、

「――もし、どこかでエルフを見かけたという話があれば教えていただきたいんです」

 と、頭を下げた。男はなるほどと頷いて、

「西の森の火事の話は聞いていたが……今の、魔物と黒い竜のことは初耳だ。
 それと交換ということにしよう。対価は不要だ」
「いいのか?」

 こっちの話の裏は取らなくて、と、シェベットは言葉にはしなかったが、
男にはシェベットの言いたいことがわかったようだ。

「わざわざ、エルフがこんな所まで出てくるくらいだ……」

 男もはっきりとは答えなかったが、嘘はないだろうと判断したらしい。

「それに実際、その火事の後に、目撃されてるんだ。エルフが」

 ソラヤが、えっと声を上げる。
 男は机に置かれた紙束をぺらぺらと捲り、その中から一枚の紙を引っ張り出した。

「少し遠いが、南にマルバという村がある。
 ここからその村へ向かう街道の、ちょうど真ん中くらいだな……深い森になっているんだが、
 二日前に、その森の中を、あんたのような緑色の髪をしたエルフが歩いていたという話だ」

 それを聞いたユーリは、座っていた木箱から身を乗り出すようにして、

「それ、ソラヤの仲間かな」
「……かも、しれません。ラダンには緑の髪の者が多かったので」

 ソラヤは少しだけ明るい声で頷いた。

「目撃者は、マルバからこっちに帰ってくる途中だった行商人だ。
 そいつが声をかける間もなく、エルフは森の奥の方に歩いて行って、姿を消したそうだ」
「情報があったのはなによりだが……あの森、めちゃくちゃに広いぞ」

 シェベットは眉根を寄せてそう言って、顎に手をあてた。

「広いって、どれくらいだ?」

 ユーリが訊ねると、フィオナは「そうね」と小首をかしげて、「サンドリタ三つ分くらいかしら」
 大都市三つ……。ユーリと、その隣でラーフラも、うっと頬を引きつらせた。

「そ……その、エルフが向かった方角はわからないんですか?」

 ラーフラが男を見やる。男は紙に視線を落として、

「おそらく東、だな。……広いのに変わりはないが」
「……」

 部屋は少しの間、沈黙に包まれた。
 ユーリはその場の人々の顔を見回して、慌てたように言った。

「あっ、でも、さっきの……。
 宿で話してた、精霊で連絡する方法ってのがわかれば、
 なんとかなったりするんじゃないか?」
「……そうだな。宿に戻ってみるか」

 シェベットが、寄りかかっていた壁から背中を離した。
ユーリ達も木箱から腰を上げる。
 わずかとはいえ手がかりを見つけて、気持ちに余裕が生まれたのか、ソラヤはにっこりと笑って、

「どうも、ありがとうございました」

 と、頭を下げた。男はなんとなく口元をでれっと緩ませて、ひらひらと手を振った。

「まあ、その、頑張れよ。何かあったらまた来い」

 部屋を出ると、ラーフラが小声で「盗賊というのは、総じて美人に弱いんですかね」と呟いた。
その言葉がぐさりと刺さったように、シェベットは肩を縮めた。

「許してくれよ。女っ気が全くねえんだもん、うちのギルド」


 そうして一行は盗賊ギルドを後にすると、妖精のとまり木亭へと戻ってきた。
「おかえり」と、柔らかな声でマスターが迎えてくれた。

「何か手がかりはあったかい?」
「ああ……。
 南の街道の森で、それっぽいエルフが目撃されてた」

 シェベットが答えると、マスターは眼鏡の位置を直すように持ち上げてまばたきした。

「マルバの村へ行く途中の森かい?
 さっき、クロシュと話ができたんだけどね。彼の故郷は、ずばりその森らしいよ」

 ええっ、と五人は揃って声を上げて、どかどかとカウンターに駆け寄った。

「エルフって、意外と近くに住んでるんだなあ……」

 ユーリが驚いたように言った。「もっと、ずっと人里から離れたような、遠い所にいるんだと思ってたよ」

「エルフの森も、人の街と同じで、あちらこちらにあるはずですよ。
 その森の住人以外には、入り口はわかりにくいようになっていますけど」

 ソラヤはふふっと笑った。

「彼、ちょうど近くまで来ていたから、こちらへ向かうって。明日には着くそうだ。
 精霊を使う連絡の方法も、直接教えると言っていたよ」

 後半はソラヤに向かって、マスターは言った。
 ソラヤがぱあっと表情を明るくして頷く横で、
ユーリ達は、四人でちらりと顔を見合わせた。

 南の街道の森が、元々エルフの住み処であるのなら、
目撃されたエルフというのもソラヤの仲間ではなく、その森の住人なのかもしれない……。
みんながそれぞれに、同じことを考えたようだった。

「森を案内してもらえたら、色々とわかるかもしれないわね」

 フィオナの呟きに、一同は頷いた。


 明日やってくるというクロシュを待つことにして、
今日のところは、ソラヤも宿の空いている部屋に泊まって休むことになった。

 ソラヤは宿の食事の物珍しさと美味しさに、驚いたり喜んだりしながら食べ、
冒険者達と、森での暮らしや冒険の話をし合ったりと、楽しそうにしていた。
しかし時折、ふと物思いにふけるような、寂しげな表情を見せる瞬間があるのだった。

 やがて夕食を終えて、宿の冒険者達は自室に戻ったり、酒場で飲み直したり、
掲示板の依頼書を眺めて明日の予定を立てたりと、思い思いに過ごしていた。

 ラーフラは、なんとなく涼しい風にあたりたくなって、宿の中庭へと出て行った。
 ひんやりとした夜風が吹きすぎて、ラーフラは目を細めた。
庭の中央に立つ、大きな木――
初代マスターの恋人だった妖精が眠っているという『妖精の木』の枝葉が、ざあっと揺れた。

(……おや?)

 木の傍に、誰かがいるのに気がついた。目をこらしてみる。
 ソラヤだ。
 木の幹に身を寄せるようにして、エルフの少女は目を閉じている。
なんだか、表情が暗い。

「ソラヤ?」

 近付いていって、ラーフラが声をかけると、
ソラヤは木から身体を離し、こちらを向いた。
笑顔を作ろうとして、ぎこちない表情になり、困ったようにうつむいた。

「……どうしました?」

 そっと訊ねると、ソラヤは少し疲れたような微笑みを浮かべた。

「なんだか……やっぱり、街と森では、何か違うのでしょうか。
 少し、重苦しいような……森では感じたことのなかった気配がして……。
 こうして木の傍にいたら、楽になるかな、と。立派な木ですし――
 さっき、シェベットがこの木と宿のいわれを教えてくれたんですけど、とても素敵ですね」

 軽い調子で言って、ソラヤは笑ったが、
辺りの暗さを抜きにしても、顔色が良くないように見える。
 ラーフラは心配そうに眉を下げ――「あっ」と、何か思い当たったように声を上げた。
ソラヤが首をかしげる。

「ちょっと、待っててください」

 ラーフラは身を翻して、自室に駆け戻った。
荷物をひっくり返して、小さな布の袋を見つけると、その中身を取り出した。
青く透き通った、雫型の石の首飾りだ。

 それを持って、再び走って中庭へ向かうと、

「これを――」

 と、息を切らせながらソラヤに手渡した。
 ソラヤは受け取った青い石を、手のひらの上で転がすようにして眺めて……
はっとしたような表情を浮かべた。

「……急に、楽になったような気がします……。これは?」
「魔除けの石です。
 呪術師のような邪な魔法を使う者や、魔物が放つ瘴気を寄せ付けないようにするお守りで……。
 ――あの、よろしければ、それ……持っていてください。
 差し上げます」

 魔法を使えるもの同士は、互いに相手の魔力を感じ取ることができる。
強く邪悪な魔術師や魔物を前にすれば、それだけで、魔力にあてられて倒れてしまうことさえあるのだ。
なので大抵の魔術師は、こういった魔除けの道具をいつも身に着けている。

 エルフは魔法に長けた種族で、またとりわけ穢れに弱い種族だった。
清らかな森の奥で静かに暮らしている分には、魔除けも必要ないのだろうが、
街には様々な人がいて――ほんのわずかに漂う邪悪な気配にも、気分を悪くしてしまったのだろう。

「いただいてしまって、いいのですか?」
「それは予備に持っていたもので……僕のは別にあるので、大丈夫ですよ」

 ラーフラは外套の飾りに、今ソラヤに渡したものと同じ型の、
かすかに虹色に輝く透明な石を着けていた。
 それを聞くとソラヤは微笑んで、青い石を両手で包み込むように握った。

「大事に使います。ありがとう、ラーフラ」

 その表情と仕草が、妖精の木を背負って立つその姿が、まるで一枚の絵のように美しくて、

(うわ……)

 胸がどきんと大きく鳴る。ラーフラは目を見張り――はっと我に返った。

(……うわ、じゃない! これでは盗賊ギルドの男と同じだ)

 頭の後ろを掻くふりをして、こっそりと自分の頭を叩いた。
なるべくいつも通りな感じの笑顔、と内心で唱えながら、
「いえいえ」とソラヤに笑ってみせて、

「今日は、早めに休まれては?
 森からここまで来て、盗賊ギルドにも連れ出してしまったしで、疲れもあるでしょう」
「そう……ですね。そうします」

 頷いて、ソラヤは「おやすみなさい」とラーフラに手を振ると、宿の中へと戻っていった。

 ラーフラは、涼みにきたはずが何故か熱くなってしまった頬をごしごしとこすって、ため息をついた。

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