3.追跡者


 翌朝、ユーリ達が起き出して一階への階段を下りてゆくと、
何か熱心な様子で話し込んでいる、ソラヤともう一人、男の声が聞こえてきた。

「クロシュの声だ。もう着いてたんだな」

 シェベットが言った。

 酒場に入ってカウンター席を見ると、ソラヤの隣に、
青い髪のエルフの男が、長い脚を組んで座っていた。彼がクロシュらしい。
 ゆるく波打つ長髪は、シェベットが言っていた通り鮮やかな矢車菊のような青で、瞳も揃いの色だった。
尖った耳に片方だけ、水の雫のような飾りを着けている。
 傍らには彼のものらしい荷物と、弓と矢筒が置いてある。

「おはようございます」

 ソラヤはユーリ達に気がつくと、微笑みかけた。
クロシュはこちらを見て、黙って会釈した。
 クロシュもソラヤに負けず劣らず美しい顔立ちをしていたが、
なにやら眉間に皺を寄せていて、気難しそうな印象を受ける。

「早速、風の精霊で連絡を取る方法を教えてもらっていたんです。
 とてもためになりました」

 頬を染めて、嬉しそうにソラヤは言った。

「ただ、居場所のわかっている相手か、
 目印になるマジックアイテムを持った相手にしか届かないそうなので、
 ラダンの仲間を探すのには使えないんですが……」

 少しだけ残念そうだが、落ち込んではいないようだ。隣でクロシュが口を開く。

「南の街道の森――ダルヤの森というんだが、緑の髪のエルフが歩いていたという話は聞かせてもらった。
 それでさっき、ダルヤの者に連絡を取ってみたら、怪我をした他の森のエルフを保護しているそうだ。
 そいつはまだ眠っていて、直接話はできなかったが」
「おおお。もう間違いないんじゃないか? 良かったな」

 シェベットが言うと、ソラヤは「はいっ」と明るく笑って頷いて、

「今日これから、ダルヤの森へ連れて行っていただくことになったんです」

 それを聞くと、フィオナがクロシュを見て、

「依頼を請けた立場としては、同行したいのだけれど。
 人間がお邪魔しても平気かしら?」
「ああ、もちろんお前達も来い。あの森は、深いところでは魔物も出る」

 クロシュは頷いた。むすっとしたような表情は変わらない。
彼は元々こういう顔なのかもしれなかった。

「私も、精霊や植物達の力を借りる魔法が使えます。
 戦いのお手伝いよりは、癒しの魔法が得意なのですが……少しはお役に立てると思います」

 ソラヤはちょっと緊張した様子で、鳴る胸を押さえるように手をあてながらそう言った。
ラーフラが眉を上げて、「それは助かりますね」と頷いた。
彼は魔術師だが、癒しの魔法の心得はないのだった。

 そして、クロシュと初対面だったユーリとラーフラが軽く自己紹介をしたり、朝食を取ったりした後、
一行は冒険の準備のためにそれぞれ自室へと戻っていった。

 ユーリが支度をして部屋を出ると、隣の部屋のラーフラも、
ちょうど準備を終えて廊下に出てきたところだった。

「ソラヤとクロシュと、並んでるとさ。
 綺麗すぎて、目の前の現実のことじゃないみたいだよ。
 『絵になる』っていうんだろ? ああいうの。俺は、絵って、あんまり見たことないけど……」

 並んで廊下を歩きながら、ユーリが感嘆のため息混じりに喋っていると、

「そう……ですねえ」

 なんだか面白くなさそうに、ラーフラは相槌を打った。
ユーリが首をかしげると、ラーフラははっとして、曖昧な笑みを浮かべた。

「い、いえ、すみません。ちょっと、考え事をしてました……。
 えっと、森にはどんな魔物がいるのかな、とか」
「何が出てきても心配ないよ。俺もフィオナも、たくさん稽古したし」
「そ……そうですね。僕も今回は、魔法の出し惜しみはしませんよ」

 ラーフラは笑ったが、なんとなく無理に明るくしたような声だった。

(心配性なんだなあ。ラーフラが安心できるように、もっと頑張ろう)

 と、ユーリは思った。
 そんなユーリに聞こえないように、ラーフラは小さくため息をついた。


 一同が改めて酒場に集まると、フィオナは昨日の外套をソラヤに手渡した。

「今日も一応、これを着ていって」
「ありがとうございます」

 それを見ていたシェベットが、ふとソラヤの首元に目を留めた。
青い魔除けの石の首飾りが光っている。

「それ、綺麗だな。昨日は着けてなかったよな」
「あっ、はい。昨晩、ラーフラにいただきました」

 ソラヤがにっこりと答える。シェベットはへえ、と頷き――
一拍置いてから、「はあっ!?」と声を裏返らせた。ぐるっとラーフラをふり返る。
ラーフラはぎくりと体をこわばらせ、一歩後ろに下がろうとしたが、
その瞬間、シェベットが風のような素早さで詰め寄ってきた。
がっとラーフラの両肩を掴んで、がくがくと揺さぶる。
ソラヤには聞こえないような小声で、

「お前、人を美人に弱いだのなんだの言っておきながら、何をちゃっかりと!」
「違っ……! ま、魔除けを渡しただけですっ!」
「魔除け?」

 ぴたりとシェベットは腕を止めた。
ラーフラがくらくらする頭を押さえつつ訳を話すと、
シェベットは「なるほどなあ」と感心したように腕を組み、

「誤解というか、早とちりだった。悪い」

 と、申し訳なさそうに笑いながら、ラーフラに謝った。

「そうよ。あなたの下心だかなんだかと一緒にしたらかわいそうだわ」

 ばっさりとフィオナに言い放たれて、シェベットはぐっと詰まったあと、肩を落とした。
ラーフラは苦笑いして手を振り、

「いえあの、わかっていただけたのなら、いいです……」

 ユーリとソラヤは、なんの話だろうという表情で顔を見合わせている。
 クロシュは呆れ半分といった顔で笑って、カウンター席から立つと、

「本当に、いつ来ても賑やかだな、この宿は。
 ――戯れはその辺にして、そろそろ出発していいか?」
「あ、ああ、行こうか。クロシュも一緒に騒いでいいんだぜ」

 シェベットが言うと、クロシュは荷物を背負いながら、
「横で見てるのが楽しいんだ」と首を振った。


 街の広場でちょうどよく、南の街道を通る馬車に乗り込めて、揺られること数時間。
一行は森の中で、馬車から降ろしてもらった。

「……なんか、見られてたなあ」

 小さくなってゆく馬車の後ろ姿を見送りながら、ユーリが呟いた。
 乗っている間、他の乗客達の視線が、気のせいではなくちらちらとこちらを向いて、
なんだかずっと落ち着かなかったのだ。

「まあ、ちょっと……目立ってたかもな」

 ちらりと二人のエルフを見て、シェベットは言った。
自分が他の乗客達の立場で、こんな美男美女が同乗していたら、やはり見てしまうだろうと思った。
 クロシュが眉根を寄せてうなる。

「なんというか、すまん。一人旅の時は気にしないんだが……。
 俺もフードつきの外套を着てくるべきだったか」
「仕方ないわ。気を取り直して行きましょう」

 フィオナがそう言って、一同は頷き、街道を歩き始めた。
ダルヤの森へと続く道の、目印になる木がどこかにあるらしい。

 しばらく進んで、不意にクロシュが「ここだ」と立ち止まった。
指し示された木を見ても、ユーリ達には他の木との違いがよくわからなかったが、
ソラヤはなにやら頷いている。

 そこから森に踏み入ると、獣が通ったような跡もほとんどないような道なき道を、
クロシュは迷う様子もなく歩いてゆく。
辺りは身を寄せ合うように立つ木々で薄暗く、見通しも悪い。
少し進んでふり返ると、もう街道は見えなくなっていた。
案内がなければ、行く道も帰る道もわからなくなってしまうだろう。

「どのくらい歩くんですか?」

 ラーフラが訊ねると、クロシュは少しだけふり向いて、

「まだまだだ。もう少しで半分くらいか……。疲れたのか?」
「なるほど、ありがとうございます。大丈夫です」

 頷いて、ラーフラは「待ち遠しいですね」とソラヤに顔を向けた。
ソラヤは「ええ、本当に!」と目を輝かせている。

 そんな二人を、フィオナは横目で見て、ちらりとシェベットの方に視線を移し――
なにやら彼が張り詰めた表情をしていることに気がついた。

「シェベット? どうかしたの?」
「……ああ、」

 シェベットは少し気がかりなことがあった。
 先刻からずっと、一行の背後で、遠くかすかに、かさかさと下草を踏む音がしている。
最初は森の獣かと思ったのだが、どうも様子が違うようなのだ。

「尾けられてるかもしれない」

 シェベットは前を向いたまま、低い声で言った。
「魔物か?」と、クロシュもふり返らずに歩きながら訊ねる。

「どう、だろうな……。とりあえず、もう少し、気付いてないふりで行こう」

 さりげなく、ソラヤをかばうように中心に囲みつつ、一行は歩き続けた。
注意して耳をすませていると、確かに、
距離を計りながらついてくるような足音がユーリ達にも聞こえた。

 そして、比較的木のあまり生えていない、少しだけ開けた場所までやって来たとき、
ふと風もないのに頭上で枝が揺れた。

「ユーリ!」

 シェベットが叫んで、ユーリの頭と肩を掴んで引き倒し、伏せさせた。
枝の揺れた木の方から音高く何かが飛んできて、
今までユーリが立っていた辺りをかすめて地面に突き刺さった。
 矢だ。ユーリはさあっと青ざめて、

「あ……ありがとう、シェベット」
「おう。待ち伏せもされてたみたいだな……」

 シェベットに立たせてもらって、ユーリは剣の柄に手を添えた。
 その横で、クロシュが素早く背中から弓を下ろして構え、矢をつがえて弓を引いた。
放たれた矢は揺れていた枝めがけて飛び、
茂った葉の向こうで、ばしんと何かに命中したような音を立てた。

「ちっ」と、樹上から舌打ちが聞こえて、人影が木から跳び降りてきた。
小型の弩を手にした男だ。
クロシュの矢がかすったのか、右腕を押さえている。

「――やっぱり、ここはエルフの通り道だったみたいだなあ」

 背後から低い声がした。ねっとりとした、薄気味悪い喋り方だ。

 その声を合図にしたように、周囲の茂みから、木の陰から、
がさがさぞろぞろと人影が現れて、一行を取り囲んだ。
山賊らしい風体の、旅衣の男達が六人。
みんな揃っていかにも悪人といった面構えで、にやにやとこちらを見ている。

「こないだ通ったのは逃しちまったけど……張ってた甲斐がありましたね!」

 背中の丸い、痩せた男が、ひひっと笑って隣の大男を見上げる。

「エルフ二人に、冒険者のおまけつきか。
 女子供だし、こっちもまあまあ良い値になるだろうよ」

 頭領格らしいその大男は頷いて、値踏みするように一同の顔を見回し――
ラーフラの顔に目を留めると、うん、と首をかしげた。

「そこの銀髪の坊主……」
「どうした、兄貴?」
「――いや、なんでもねえ」

 そう言いながら、大男はまだラーフラをじろじろと見ている。

「……?」

 ラーフラは嫌そうに大男をねめつけた。大男は「まあ、いい」と首を振った。

「とにかく……まとめて捕まえて、人買いに売っ払ってやるよ!」

 山賊達は一斉に武器を取り出した。
 ソラヤは怯えた様子で、隣のフィオナを見つめる。
フィオナは「大丈夫よ」と、薄く笑って長剣を抜いた。

「そうそう。
 ソラヤの森に来た、竜とか魔物とかに比べたら、なんてことないって」

 ユーリも頷いて剣を取り、フィオナと背中合わせに立った。
その横では、シェベットが不服そうに、

「女子供だと。俺は結構、いい大人のつもりなんだけどなあ」

 と、口を尖らせてぶつぶつ言いながら、帯に差していた短刀を手にした。

 一同が構えたそのとき、森の奥の方から、淡く緑がかった光が、すーっと尾を引いて飛んできた。
「あっ、風の精霊……」と、ソラヤが呟く。
その光は、クロシュの前でふわりと光の玉のようになって留まった。
山賊達も、なんだなんだ、と様子を見ている。

『クロシュ、クロシュ、聞こえるかい? 今どこだい?』

 ふわふわと浮かぶ光の玉から、子供のような声が聞こえてくる。
遠いような近いような、不思議な響きの声だ。
どうやら、これが連絡用の精霊らしい。

「ああ、森の中だが……」

 クロシュがちらと山賊の方に目をやりつつ答えると、声は焦った様子で、

『あのね、さっき、怪我をしていた子が目を覚ましたんだけど。
 来る途中、森の中で、賊らしい奴らに追われたと言っていたよ。
 クロシュも気を付けて、ね』

 それだけ告げると、光の玉はぱっと弾けて、
きらきらと光の粒を散らしながら消えてしまった。

「……もう少し、早く聞きたかったな」

 クロシュは苦笑して首を振る。

「兄ちゃん、もしかして、こないだここを通ったエルフのお友達かい?
 そいつらの居場所も教えてくれると嬉しいんだけどなあ」

 大男が猫なで声で言う。
「勿論断る」とクロシュが笑うと、大男はへっと唇の端をつり上げて、剣を一行に向けた。

「やっちまえ! エルフと女はなるべく傷を付けるなよ――!」

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