4.霧の魔法


 山賊達が、おお、と雄叫びを上げて、どっと一行に襲いかかってきた。
 フィオナは近寄ってきた男を見上げる。

「女には傷を付けないでくださるんですって?」

 男は、持っていた片刃の剣を肩に担ぐと、
フィオナと目線を合わせるように少し背をかがめて、にやにやと笑った。

「そうさ、お嬢ちゃん。
 あんたがその物騒な剣を捨てて、大人しくしてくれればな」

 フィオナは小さくため息をついて、剣を持った手を下ろし――
それを見た男が「おっ?」と、嬉しそうな声を上げて、少し気を緩めた瞬間、

「――そうはいかないわ!」

 ぐるりと剣を回し、逆手に持つようにして、柄頭で思いきり男の顎を突き上げた。
のけぞった男の、がら空きになった腹に蹴りを叩き込む。
男はうめきながら身体を折った。
フィオナは男の腕から剣を叩き落とすと、遠くへ蹴り飛ばした。

 ラーフラは、素早く囲いを潜り抜けてこちらへ向かってこようとしていた男を、
稲妻の魔法で撃ち倒した。
ちらりと周囲の乱闘の様子を見回してみると、
どの山賊も、魔法を撃つと巻き込んでしまいそうな位置に味方がいて、ラーフラには手を出し辛い。

「はあ、なかなか怖い状況なのに、出来ることがないのは辛いですねえ」

 そう呟いて、ソラヤをかばうようにしていると、
痩せた山賊の男と短刀同士で切り結んでいたシェベットが、
ひらりと鳥のように跳んで距離を取り、二人の横に着地した。

「身を隠せるような幻術とか、ないのか?」
「ああ、そうですね……」

 ラーフラは小さく頷くと、杖を構えた。

「呪文が長いので、ちょっと時間はかかりますが」
「が、頑張って、ラーフラ」

 青ざめて手を握り合わせているソラヤに、ラーフラはにっこりと微笑んでみせる。
……と、なにやらシェベットの恨めしげな視線を感じて、

「あ、ついでにシェベットも応援してあげてください」

 親指でシェベットを指さすと、シェベットは「ついでとはなんだ!」と肩をいからせた。
ソラヤはしぱりとまばたきして首をかしげ、

「は、はい? えっと、シェベットも頑張ってください。
 もし怪我をしたらすぐに治しますね」
「よし、任せろ!」

 シェベットは力強く答えると、
痩せた男(今のやりとりを、ぽかんとした表情で見ていた)の方へと、再び向かっていった。
ラーフラはやれやれといった表情でそれを見送って、呪文を唱え始める。

 フィオナの前でうずくまっていた男は、
顎と腹を押さえながらよろよろと立ち上がった。

「こ……この女ぁっ!!」

 両腕を広げ、フィオナに掴みかかるような勢いで突進してくる。
 フィオナは男を引きつけて、ほとんど最小限の動きでそれをかわすと、
勢い余ってつんのめった男の後頭部を、剣の鍔で殴りつけた。
男はどうと地面に倒れ、動かなくなった。気を失ったようだ。

 クロシュは先程の弩を持った男を目で追っている。
他の山賊達が向かってくる中、この男だけは後ろに下がって距離を取ろうとしていた。
遠距離から撃ってくるつもりなのだろう。
それをクロシュが逆に狙い撃とうと矢を放ち、
弩の男はなんとか避けると、忌々しそうな表情を浮かべた。

 ユーリは、頭領らしい大男と手下の男の二人を相手に戦っていた。
人を斬るのは少し気が引けて、蹴りかかったり剣背や鍔で殴ったりと、
やりづらそうにしているユーリを見て、大男はにやっと笑った。

「人を斬るのが怖いのかい? 坊主。
 それとも、俺達の命を案じてくれてるのか?」

 手下の男も「優しいねえ」とけらけらと笑う。
 大男はちらりと、ユーリの後ろ、ソラヤやラーフラのいる方に視線を動かした。

「そんな場合じゃ、ないと思うがなあ」

 ユーリがはっとして止めるよりも早く、
大男はもう一本腰に差していた、ひと回り小ぶりな剣を抜き放ち――
呪文を唱えているラーフラめがけて、ぶんと投げた。
 一拍遅れてユーリが大男を殴り倒し、「ラーフラ!!」ふり返って叫ぶ。

 ラーフラも、まっすぐこちらへ飛んでくる剣に気付いたが、避けようとしない。
……いや、集中力を要する魔法の呪文を唱えている間は、動くことができないのだ。

 と、ソラヤと、ユーリの声にこちらをふり向いたクロシュが、
聞いたことのない響きの、けれど不思議と意味を理解できる言葉で、
声を合わせて唱えた。

『風の精霊よ! 見えざる盾となりて刃を逸らせ!』

 ラーフラの周りに、きらきらと光を含んだ風が渦巻いて、
飛んできた剣をすんでのところで受け止めた。剣は勢いを失い、地面に落ちた。
風の盾が、さらさらとほどけて消えてゆく。

(……助かりました)

 ラーフラは二人に目配せして、呪文の続きを唱える。

 ほっとしたのもつかの間、背後で弩の男が矢を放つ気配を感じて、クロシュは身をかわした。
しかし反応が一瞬遅れて、矢じりに腕を浅く切られた。
クロシュは顔をしかめて、再び弩の男の方に向き直り――
突然、傷を受けた腕が痺れて力が入らなくなり、弓を取り落とした。

(これは……痺れ薬か……!? さかしらな――)

 矢じりに、痺れ薬が塗られていたらしい。
瞬く間に痺れが身体中に広がって、クロシュはがくりと膝をついた。
 その様子に気がついて、クロシュの方をふり返ったユーリを、
起き上がった大男が跳ね飛ばした。

 山賊の手下がクロシュに近付いていって、腕をねじり上げて強引に立たせた。

「う、……!」

 クロシュは小さくうめいて、歯を食いしばった。
手下の男はへらへらと笑いながら、大男の方を見た。

「貴重な痺れ薬、使ってよかったなあ、兄貴」
「ああ、しっかり捕まえておけよ。
 その綺麗な顔の兄ちゃんだけでも、上手くすりゃ金貨百枚以上になるだろうからな」

 大男の言葉に、手下の男はひゅーっと口笛を吹いた。
 ユーリは体勢を立て直し、クロシュを捕らえている男に向かって走った。
フィオナも駆け寄ってきて隣に並ぶ。
剣を振り上げた二人の前に、大男が立ちはだかった。

「どきなさい!」
「クロシュを離せ!」

 二人は今度こそ、剣背ではなく刃を向けて、大男に斬りかかっていった。
 ところが、

「――うわっ!」

 弩の男が後ろから放った矢が鋭く飛んできて、ユーリの剣にぶつかった。
バランスと、振り下ろすタイミングが狂って、大男は軽々とユーリの剣を避けた。
続いて斬りかかってきたフィオナの長剣を、自分の剣で受け止める。
ギィン、と、骨まで震えるような音が響いた。
大男は切り結んだ刃を、力任せに弾くように受け流した。

 一旦、後ろに下がったユーリとフィオナを見て、大男は笑った。

「チビッコ冒険者に後れをとる俺様じゃあないぜ」

 ユーリが歯噛みして、もう一度剣を構えたそのとき、
ラーフラが呪文の最後の言葉を唱え終わった。

 辺りに魔法の気配が満ちる。
さあっと濃い霧が湧き出てきて、森を白く浸してゆく。
木々も地面も、真っ白く塗りつぶしたように見えなくなり、
しかし不思議なことに、人々の姿だけは、白い景色の中にくっきりと浮かび上がっていた。

 が、山賊達はうろたえた様子で、「なんだ!?」「何も見えねえぞ……!」と、
きょろきょろと辺りを見回している。
 そんな山賊達を見て、ラーフラは笑った。

「これは『幻惑の霧』。
 今、山賊達からは、僕達の姿は見えていません」

 痩せた男も、目の前のシェベットを見失って驚いているようだ。

「おお、こりゃすごいな……」

 呟いて、シェベットはさっと男の後ろに回り込んだ。
手刀で男の手を打って短刀を落とし、懐から縄を取り出すと、
あっという間に男を縛り上げてしまった。

「うお!? 何しやがる!」
「なんかどうやら、お前ら殺さない方針みたいだからな。大人しくしててくれ」

 もがく男の後頭部を、シェベットが短刀の柄頭で殴ると、男は昏倒した。

 クロシュを捕らえていた男も、霧に気を取られて、少し腕の力が緩んだ。
その隙を突いて、クロシュは身をよじり、なんとか男の手から逃れた。

「あっ……! エルフが逃げたぞ! どこ行きやがった!?」

 クロシュは、辺りを探る山賊の腕を避けながらよろよろと数歩歩いたが、
やはり身体がいうことを聞かないようで、足をもつれさせて地面に倒れた。
シェベットが飛ぶようにその傍に駆け寄り、
肩を貸して立ち上がると、素早く山賊達から離れた。

「さあ、今のうちに。結構、気力を使うので、長くは持たないんです」

 そう言うラーフラの額には、わずかに汗が浮いている。
「おう!」と、ユーリが威勢よく応え、フィオナも頷いて、二人は山賊達に向かって走った。
大男は下草を蹴る二人の足音に気付いて、そちらへと剣を向けた。

「落ち着け! 見えなくても、足音と気配を探れ!」

 大男が叫ぶと、手下達は少し平静を取り戻したようだ。
 それを聞いたソラヤが、何かひらめいたように、ぽむと手を打った。

『風の精霊よ。つかの間、その足を止めて、この地に静寂をもたらせ』

 ソラヤが唱えた瞬間、ふっつりと辺りの一切の音が聞こえなくなった。
風の精霊の力で、音を伝えるのを止めさせてしまったらしい。

 大男と手下はいよいよ混乱して、やみくもに武器を振り回したりしている。
弩の男は矢を撃つわけにもいかず、なにやらわめき散らしているようだが、何も聞こえない。
 ラーフラは思わず吹き出して、ソラヤと手を打ちあったが、
二人の手のひらも音を立てなかった。

 フィオナは長剣を振りかぶって、剣背で手下の男を思いきり打った。
吹き飛んだ男は、その先にいた弩の男にぶつかって、二人とも地面に倒れた。

 ユーリは、大男の振り回す剣を避けて、剣を振り上げ――
ほんの一瞬だけ迷った後、剣の鍔で、大男の頭を叩きのめした。


 倒れた山賊達もシェベットが素早く縛り上げてしまうと、霧は晴れていった。
同時に、ざわざわと周囲の音も戻ってくる。

「この魔法……そうか……」

 大男が、ぜえぜえとあえぎながら、ラーフラを見た。

「思い……出したぜ。坊主……。
 どうも、どっかで見たような顔だと……思ってたんだ。
 ――こないだは、災難だったなあ。お師匠さんが捕まっちまってよ……」

 びくっとラーフラの肩が震える。大男はにやにやと笑って、

「一人で、逃げてきたのかい? あんな爺さんを置いて? 薄情だなあ、おい……」
「……うるさい!」

 ラーフラは半ば悲鳴のような声で叫んで、稲妻の魔法の呪文を唱えた。
稲光が空を裂いて走り、大男を貫いた。
森は眩しく照らされ、大男が叫び声を上げる。
遠くで、鳥達の驚いたような鳴き声と、ばさばさと木から飛び立つ音が聞こえた。

 大男は意識を失ったようだ。
ラーフラは青ざめて、はあはあと肩で息をしている。

 突然のことで、ユーリは二人の会話の意味もよく理解できなかった。
しかし、大男の言葉は、なんだか以前にどこかで聞いたことがある話のような気がした。
どこで聞いた話だったかは、思い出せなかったけれど……。

「ラーフラ――」

 とにかくラーフラに何か声をかけようと、ユーリが口を開いたそのとき、
木に寄りかかって座っていたクロシュが、うめき声を上げた。
身体を動かそうとすると、びりびりと全身に痺れが走って、勝手に声が出てしまうのだった。

「ソラヤ、この麻痺は抜ける?」

 フィオナが訊ねると、ソラヤは頷いた。
クロシュの腕の傷に手をかざして、撫でるようにしながら、短い言葉を繰り返し呟く。
新緑色の淡い光がふわりとソラヤの手のひらに灯って、クロシュの傷を温めた。
痺れが抜けてゆく。

「すまん……助かった」

 クロシュは表情をやわらげて、立ち上がった。
少しだけふらついたが、もう一人で動けるようだ。
 ソラヤは笑顔で頷いて、一同の顔を見回した。

「みなさんは大丈夫ですか?」
「苦手な接近戦やったわりには、無傷だよ」

 何故か残念そうなシェベットを、フィオナは横目で見やり、ユーリの方へ視線を動かした。

「ユーリ。腕、擦りむいてる」
「えっ? ああ……」

 さっき、大男に跳ね飛ばされたときの傷だ。
でもこれくらい別に、と言う前に、ソラヤがやって来て腕を取ったので、ユーリは口をつぐんだ。
温かな魔法の光が、ぴりぴりとかすかに痛んでいた傷を癒やしてゆく。
ユーリは「おお……!」と感嘆の呟きを漏らし、ぱっと顔を上げてソラヤを見た。

「すごいなソラヤ! ありがとう!」
「いえ、これは植物達の生命力を分け与えてもらう魔法ですから……
 すごいのは私ではなくて、植物ですよ」

 少し照れたように、ソラヤは笑った。

 ラーフラは、両手でぎゅっと杖を握って、ずっとみんなに背を向けている。
シェベットが小さくため息をついて、ラーフラの方をすっとふり返り、

「ラーフラ」

 呼びかけると、ラーフラは一瞬、かすかに肩を縮めて、
それから弾かれるようにこちらをふり向いた。

「――はいっ! え……ええと……おかげさまで、怪我はありませんよ」

 ラーフラは笑顔になろうとしたが、どこか怯えたような表情を隠しきれていない。
声も、ひどく震えている。
シェベットはラーフラの隣に歩いてゆくと、その肩にがっと腕を回した。

「ああ、無事で何よりだな。
 ――なんの話をしてたのか、知らねえけど……。
 ともかく、まずは、ダルヤの森へ向かおうぜ」
「は……、はい」

 うつむいたのか、頷いたのか、ラーフラは顔を下に向けた。
ユーリもソラヤも、心配そうにその様子を見ている。

「こいつらはどうする?」

 クロシュが忌々しそうな表情で、縛られてのびている山賊を爪先でつついた。
フィオナは首をかしげるようにしてそちらをふり返ると、

「放っておいていいんじゃない?
 帰りにまだいたら、警備隊にでも突き出しましょう」
「持ってる物は没収しちまおうか」

 シェベットがなんだか楽しそうに言って、
一同は山賊達の懐を漁り、武器や道具を取り上げてしまった。

「……なんか、俺達の方が追いはぎみたいだな」

 とユーリが呟くと、シェベットは「気にすんな」と笑った。
クロシュは改めて山賊達を見回したあと、シェベットをふり返って、

「しかし、よくこんなに縄を持っていたもんだな……」
「縄は多少かさばっても、たくさん持っておくと便利だからな、色々と」

 シェベットは得意げにそう言って、びっと親指を立てた。
クロシュは「覚えておく」と頷いた。

「それじゃ、そろそろ出発する?」

 フィオナが訊ねて、一同は頷くと(ラーフラも、浅くこくりと首を動かした)、
再びダルヤの森へ向かって歩き始めた。

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