5.再会と過去


 森のだいぶ奥の方までやって来ると、出発前にクロシュが言っていた通り、
ちらほらと魔物の姿が現れるようになった。
ゴブリンや、二足歩行の犬のような姿の魔物のコボルト、それに大きな毒蛇。
幸い、どれもそう苦戦するような相手ではなく、
一行は襲ってくる魔物を倒しながら進んでいった。

 クロシュは何かを確認するように、辺りの木に視線を向けながら歩いている。
最初の木と同じように、目印になる木が――やはりユーリ達にはわからなかったが――
点在していて、それを辿っているらしい。

「ここだ。この木の間を通った先が、ダルヤの森の領域だ」

 そう言って二本の木の間を指さし、さっさと歩いてゆくクロシュに続いて、
ユーリ達もそこを潜り抜ける。

 と、その先は相変わらず森の中なのだが、ふっと空気が変わったのを一行は感じ取った。
 密に生えていた木が少しまばらになり、日差しが降り注いできていた。
あちらこちらに、ぽつぽつと光が灯るように、
色とりどりの花が咲いていて、蝶達が舞っている。
 地面は絨毯のような苔で覆われていて、歩くとふかふかと心地良い。

「……クロシュ?」

 苔むした木の陰から声が聞こえて、ひょこっと誰かが顔を出した。
明るい水色の髪をした、エルフの少年だ。
見かけはユーリよりもいくらか幼いように見える。
少年はクロシュの顔を見ると、ぴょん、と木の陰から飛び出してきた。

「クロシュ、おかえり! お友達のみなさんも!
 遅いから心配していたんだよ」

 少年は笑顔を浮かべて、一行の顔を見回した。
その声は、さっき山賊達に出会ったとき、風の精霊を通じて聞いた声と同じだった。

「ああ、ただいま、ミラド。
 あのとき、実は、ちょうど件の賊と出くわしたところだったんだ」
「えっ!?」

 クロシュの言葉に、ミラドと呼ばれた少年は目を丸くした。
一行が、道中で起きたことを話すと、ミラドは青ざめたり笑ったり、
くるくると表情を変えながら話に耳を傾けた。そして、

「――そうだ。その、他の森から来た子なんだけど。
 ラダンの森の、ハスティさんっていう女の人だよ」
「本当ですか!」

 ソラヤが声を上げる。ラダンの森、と聞いて、一行もわっと沸いた。
ソラヤの赤い瞳は、今にも泣き出してしまいそうに揺れている。

「よく知っている人なの?」

 フィオナが訊ねると、ソラヤは何度も頷いて、

「はい。私の友人で……無事で良かった……」

 声を震わせてそう言って、ソラヤは目をしばたたかせ、目尻を指で拭った。

「ハスティさんは、今、あっちで休んでいるよ。行こう」

 ミラドは優しく微笑んで、人懐こい様子でソラヤの手を引き、歩き出した。

 時折、エルフ達が顔を出して、
「おかえり、クロシュ」「冒険者仲間さんも、ようこそ」と声をかけていった。
人間がやって来るのは珍しいことのようで、
木の上から興味深そうにユーリ達を見ているエルフもいる。
 シェベットはエルフ達の顔を見回して、
「……美人ばっかりだ。楽園か、ここは?」と、半ば呆然としたように呟いた。

 森の所々には、蛋白石で出来たような、不思議な虹色の枝葉を持つ木が立っていた。
どうやらこれが月光樹らしい。
名前の通り、月明かりに似た優しい光を、幹の内側からほわりと放っている。
 ソラヤは、月光樹に懐かしそうなまなざしを向けた。

 やがて、何か巨大なものが見えてきた。
横倒しになった、それでも人の背丈よりもずっと大きな、木の幹だ。
 真ん中辺りに、ちょうど入り口のように、ぽっかりと大きなうろが開いている。
幹の上に広がる蔓草が、うろに暖簾のように垂れ下がって、さらさらと風に揺れていた。

 近くには、横たわる幹と同じ樹であったのだろう、巨大な切り株がある。
周りを花で囲まれ、明るく日が差していて、なんだか野外劇場のような雰囲気だ。

「うわあ。なんだ、あれ!?」

 ユーリが目を輝かせる。
フィオナやシェベットも、それから、ダルヤの森に入るまではずっとうつむいていたラーフラも、
物珍しそうに目の前の光景に見入っている。
ミラドは楽しそうに笑った。

「たまに、森中のみんなでご飯を食べたりするときに使う場所なんだけど、
 お客さんが来たときは、ここに泊まってもらうんだ」
「まあ、集会所みたいなものだな」

 クロシュが付け足して、ユーリ達はなるほどと頷いた。
 ちなみに切り株の方は、お祭りのときなどにあの上で歌をうたったりするのだと、
ミラドが教えてくれた。

 蔓草を手でよけながら、一行はうろの中へと入っていった。
爽やかな木の香りがする。
 ところどころに小さく開いたうろから光が入ってきていて、中は思ったよりも明るかった。
左手には、長い木のテーブルと椅子が並んでいる。

 右手を見ると、奥の方に、草を編んだものらしい布で仕切られている一画があり、
その前に一人、切り株を椅子にして座っているエルフがいた。
 エルフは一行に気付き、ソラヤの顔を見るとにっこりと微笑んで、
長い衣を揺らして立ち上がった。

「よくいらっしゃいました。ハスティさんがお待ちですよ」

 そう言って仕切りの布を開け、どうぞ中へ、と手招きする。
ソラヤは頭を下げると、走り出しそうな勢いで仕切りを潜った。

「ハスティ!」
「……ソラヤ!?」

 ユーリ達も中へ入ってゆくと、いくつか並べられたベッドのひとつに、
緑色の髪――ソラヤよりも濃い、夏の葉のような色だ――のエルフの少女が腰かけていた。
この少女がハスティらしい。
 駆け寄っていったソラヤと手を取り合い、二人とも泣き笑いしながら喜んでいる。

「よかったなあ」

 と、シェベットが笑った。フィオナもうんうんと頷いている。
ユーリがちらりとラーフラを見ると、
彼もほんのりと微笑んで、再会の様子を見つめていた。


 しばらくソラヤとハスティを二人にしてあげよう、と、一行は外へ出た。
日差しはもう、傾きかけた淡いオレンジ色になっている。

 今日はこの森に泊まっていくことになり、そのことと、
ソラヤの仲間が見つかったことを、クロシュが宿へ伝えてくれた。

「それじゃ、食事の準備をしてくるね。クロシュも手伝ってよ」

 ミラドがそう言って、クロシュの袖を引く。
「久しぶりに帰ってきたのに……働けと?」と渋い顔をしたクロシュに、
ミラドは笑顔で頷いた。
問答無用といった様子で、クロシュの腕を引っ張って、駆け去っていってしまった。

 ラーフラは、黙って一人でふらりとどこかへ歩いてゆく。
ユーリは、その背中に何か声をかけようとして……
どんな言葉をかけたら良いのかわからなくて、
助けを求めるように、フィオナとシェベットを見た。

「俺……さっきの話、よくわからなかったんだけど……」
「あたしも、曖昧にしか。
 ――でも、もしかしたら、彼のお師匠って……」

 フィオナはそこで言葉を切って、何か考え込むように口元に手をあてた。
シェベットは頭をがしがしと掻いて、ため息をつき、

「ちょっと様子見て、声かけてくるよ。待っててくれ」
「あ、ああ……」
「お願いするわ」

 そうして、静かにラーフラの後を追うシェベットを見送ったものの、
ユーリはただ立っているのも落ち着かなくて――
フィオナもそう思ったのか、二人はどちらからともなく、森の中を歩きはじめた。

(ラーフラの、師匠?)

 歩きながら、ユーリはフィオナの言葉を思い出していた。
ユーリも、さっきのラーフラと山賊のやりとりを聞いて、何かが引っかかっていたのだが、
それがなんなのかは、まだわからなかった。

(確か……師匠が、捕まったとか、なんとか……)

ユーリは、山賊の言っていたことをよく思い返そうとして――
ふと聞こえてきた水音と、ぱちぱちと薪のはぜる音に、顔を上げた。

 そこには、きらきらと澄んだ水をたたえる泉があった。
泉からは川が流れ出て、森を横切るように伸びている。
そのほとりに、石を積んだかまどがあって、傍にミラドが座っている。

 ミラドは火にかけた大鍋を、なんだか緊張したような面持ちでかき混ぜていた。
鍋の中身はぐつぐつと音を立てて煮えていて、
美味しそうな匂いを漂わせている。

 二人が近づいてゆくと、ミラドは顔を上げて「やあ」と微笑んだ。
そして、すぐにまた鍋の様子を見て、

「普段はあまり、火を使った料理って、作らないから……ドキドキするんだよね」
「そうなのか?」
「お祭りや、お客さんが来たときの、ごちそうなんだ。
 身体も温まるし、美味しいよね。君達が来てくれて、嬉しいよ」

 ミラドはにっと笑って、ユーリも笑い返した。フィオナもちょっと口角を上げて、

「何か手伝えることがあったら、言ってね」
「ありがとう。
 他のことは、クロシュにやってもらってるから、大丈夫だよ。ゆっくりしてて」

 そう言って、「……そういえば、」とミラドは少し眉を下げて、二人を見た。

「君達の仲間の、銀色の髪の子。
 なんだか元気がなかったようだけど……大丈夫かな?」
「……」

 ユーリはちらりと、フィオナと目を合わせた。

「道のりが長かったし、賊にも出くわしたしで、疲れたんだと思うわ」

 なんでもないような顔でフィオナは答えて、ね、とユーリを見た。
「そ……そうだな」と、ユーリも笑顔を浮かべて頷いて、

「あいつ、ああ見えてたくさん食べるから、よろしくな」

 そう付け足した。ミラドは「そっか」とにっこりする。

「じゃあ、美味しい料理をいっぱい作るから、楽しみにしててね」

 張り切った様子でまた鍋をかき混ぜはじめたミラドに、
よろしく、と笑いかけて、二人はその場を離れた。

 顔を見合わせて頷き合うと、
二人はラーフラとシェベットが向かった方へと歩き出した。


 ラーフラは、人気のない川べりに、ぼんやりと座っていた。

「――ラーフラ」

 シェベットが声をかけると、ラーフラはふり返った。
けれど目が合うと、気まずそうに視線を外してしまった。
シェベットは気にせずラーフラの隣に歩いてゆくと、
どかっと腰を下ろし、「なあ」とラーフラの顔を見た。

「さっきの、山賊が言ってたことなんだが。あれ、本当の話か?」

 シェベットが訊ねると、ラーフラは一瞬、息を詰めて、
それから小さくため息をつきながら頷いた。

「お前の師匠っていうのは……」

 ラーフラはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「『黒い霧のアラカ』……です」

 その答えは、シェベットも予想していたが……
いざ本人から聞くと、やはり、いくらか衝撃的だった。

 先日の新聞に、捕縛されたという記事が載っていた、悪の老魔術師。
幻術を悪用して人を騙し殺し、時には自分で手を下さず、
幻を見せて殺し合いをさせることさえあったとか……。
そんな話が盗賊ギルドにも流れてきて、胸が悪くなったのを、シェベットはよく覚えていた。

「一体、なんで、また……?」

 そんな奴の弟子に、と、シェベットは言葉を飲み込んだ。
ラーフラのこの様子だと、喜んで弟子になったという風でもなさそうだ。

「あの人は……僕の、育ての親で……。
 言い訳をするつもりじゃないんですが、僕の話、聞いてくれますか」

 シェベットが頷くと、ラーフラは、ぽつぽつと話しはじめた。

「僕は小さい頃、母と二人でサンドリタの貧民街で暮らしていました。
 母は――父と何かあって、生まれたばかりの僕を連れて、
 家を飛び出し、そこへ流れ着いたそうです。
 たくさん働いて、僕を育ててくれていましたが、
 僕が七つのとき、疲れから病気になってしまい……亡くなりました。
 それから少しして、あの人がやって来たんです。
 その時は、幻術で、少し若い男の姿に化けていましたね。
 母を尋ねて来たと言いました」
「お袋さんと、知り合いだったのか?」

 シェベットが訊ねると、ラーフラは首を横に振った。

「さあ。でも、そういう男は、珍しくありませんでしたから」

 どこか投げやりにラーフラが答えると、
シェベットはなにやら納得した様子で、少し目を逸らして頷いた。

「母は死んだと告げると、その人はひどく驚いていました。
 その時、僕も死にかけていて……。僕のような子供が働ける場所はなかったですし、
 母が亡くなって悲しくて、自分の命も、もうどうでもよくなっていましたから。
 そんな僕を見て、哀れに思ったのかなんなのか、『私の弟子になって、一緒に暮らさないか?』
 そう、あの人は言い出しました。『私は魔術師だ。君には魔法の才がある』と」

 魔術師や魔法がなんなのか、その時のラーフラにはよくわからなかったが、
もちろん食べ物もお腹いっぱいあげよう、とアラカが付け足した瞬間に了承したのを思い出して、
ラーフラは苦笑いした。

「まあ、ついて行ったら、とんでもない人だったわけですが。
 出て行こうにも、他に行くあてもありませんでしたから、そのまま……。
 幸い、というか、あの人の『仕事』に駆り出されるようなこともなかったですし」

 実際に、食べ物に困ることはなくなったし、
魔法の勉強も、やってみるとそれなりに楽しかったのだった。

 アラカも、ラーフラには優しかった。
弟子というよりは、実の子供のように接してくれていた。
しかし他所で働いている悪事との落差が不気味で、
ラーフラはそんなアラカに反感を抱いていたが……。

「さっきの山賊は、たぶん、あの人と一緒に『仕事』をしたことがあったんでしょう。
 その相談か何かに来た時にでも、僕も顔を見られていたんだと思います。
 『幻惑の霧』は……あの人も得意な魔法でしたから」
「そうか……」

 シェベットはゆっくりと頷いて、

「俺もさ、盗賊ギルドの長に拾われて育ててもらったんだ。
 みなしごに手を差し伸べてくれる奴ってのは、結構、暗い世界の人間が多いのかもな」

 そう言って笑った。
 ラーフラはちょっと目を丸くして、それから、
「そんなものなのかもしれませんね」と頬を緩ませた。

 シェベットは、ラーフラに初めて会ったときから、
暗い世界で育った自分と、どこか似た匂いのようなものを感じていたのだった。

(なんかありそうだな、とは思ってたが。話が聞けて良かった)

 シェベットは、はあ、と笑い混じりのため息をついて、

「――と、いうことらしいぞ」

 と、背後の木立ちに向かって呼びかけた。
ラーフラが後ろをふり返ると、木の陰からフィオナとユーリが現れた。
「……ごめん。聞いてた」と、ユーリが申し訳なさそうに頭を掻く。
ラーフラは苦笑して、

「ああ。いえ、あの……隠していて、すみませんでした。とても、言い出せなくて」
「無理ないわ。あたしだって、そうするわ」

 フィオナが首を振る。「……子供は、生みの親も育ての親も、選べないものね」
そう言って一瞬だけ、やるせないような顔をしたように見えたが、
彼女はすぐにいつも通りの表情に戻った。

 ラーフラは少し黙って、ふと真剣な――
けれどどこか怯えているような表情で、三人の顔を見回した。

「それで、その。悪人の弟子だった僕ですが……。
 これからも、冒険の仲間にしておいていただけますか?」

 緊張した声色で、ラーフラは言った。
ローブの裾を、手でぎゅっと握りしめている。

「あ……当たり前だろ!」

 ユーリはすぐにそう答えて、

「師匠が誰でも、ラーフラはラーフラで、俺達の仲間で、友達だ!」

 勢い任せに、そうまくし立てて――
なんだか照れてしまい、ちょっと頬を赤くしながら、
なっ、とフィオナとシェベットの顔を見た。二人は大きく頷く。
「悪人ってんなら、正直、俺の親父もそこそこいい勝負だろうしな」とシェベットが笑った。

(ありがとう)

 と、ラーフラは口を開こうとして、喉が詰まったようになって声が出ず、頷いた。
辺りはもう夕暮れ時で薄暗く、うつむいたラーフラの顔はよく見えないが、
今にも泣き出しそうなのをこらえているように見える。
 フィオナはふっと優しく微笑んだ。

「ミラドが、美味しい料理をたくさん用意してくれるそうよ。
 そろそろ、行ってみましょう」

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