6.ソラヤの決意


 一行が先程の集会場へ向かうと、ミラドやクロシュ、それに森のエルフ達が、
本当にたくさんのごちそうを作って待っていてくれた。
 森で採れた木の実から作った油で煮たキノコに、塩や香辛料で味をつけたもの。
ほんのりと甘い、芋や豆の入った粥。淡い金色の、あっさりとした玉ねぎのスープ。

 ラーフラは少し目を赤くしていたが、料理を見るとぱっと表情が明るくなった。
食べっぷりをエルフ達に感心されて、少し恥ずかしそうにしながらも、遠慮する気はないようだ。
 果物酒も出たが、ユーリはそちらに手を出すのはほどほどにして、お茶を飲むことにした。
茶葉の香りが強く、少し渋いけれど、後味のすっきりとしたお茶だ。

 シェベットは油のしたたるキノコをしげしげと眺めて、
「これ宿でも食いてえなあ」とか呟いている。
この料理のおかげでお酒も進んでいるようで、もう頬が赤い。

「……なんだか、遠慮がなくて申し訳ないわ」

 仲間達の様子を見て、フィオナが呟くと、クロシュが「気にするな」と首を振った。

「ダルヤの森は食べ物が豊かなわりには、住んでいるのは食の細い奴ばかりだ。
 むしろたくさん食べてもらった方がありがたい」
「そう。なら、良いのだけれど」

 話していると、ソラヤがやって来た。
最初に宿に駆け込んできたときとはまるで違う、明るい笑顔を浮かべて、
「今日は、本当にありがとうございました」と頭を下げた。

「ハスティは、しばらくこの森でお世話になるそうです」

 ソラヤがそう言うと、クロシュは頷いた。

「ああ。それがいいだろう」
「ソラヤはどうするの?」

 フィオナは訊ねた。
なんだか、ハスティ『は』というのを強調したように聞こえたのだ。

「それなんですが」

 少し緊張したように、ソラヤはきゅっと両手を握って、息をひとつつくと、

「私も、『妖精のとまり木亭』の冒険者にしていただけませんか?」
「えっ?」
「な……なんだって?」

 思わずフィオナもクロシュも目を丸くして、ぽかんと口を開けてしまった。

「冒険者は、依頼で色々な場所へ行くのでしょう?」
「まあ、そうね……」
「行く先々で、もしかしたら、他の仲間達の手がかりを見つけられるのではないかと思ったんです」

 頬を薄赤く染めて、ソラヤは話す。お酒も少し入っているのかもしれない。
フィオナとクロシュは、顔を見合わせた。

「それは……そういうことも、あるかもしれんが。
 それなら別に、冒険者にならなくても……」

 やんわりとクロシュが言うと、ソラヤは首を横に振った。少し悲しそうに笑って、

「私や、ハスティは、たまたま無事に逃げ延びられましたが、他のみんなはどうか……わかりません。
 だから、それだけを目的に旅をしたら、くじけてしまいそうで……」

 それを聞いて、二人とも黙り込んでしまった。
黒い竜と魔物達に、殺されてしまったエルフもいるかもしれないのだ。
逃げ延びても、傷ついて倒れてしまった者だって……。

「……でも、ソラヤ。冒険者は、命懸けの仕事よ。
 森の仲間を見つける前に、あなたが命を落とすことだって、あるかもしれないわ」

 フィオナが言うと、「わかっています」とソラヤは目を伏せて、

「これは、エルフの間に伝わる話なのですが……。
 命の長さは――運命は、生まれついた瞬間に、もう決まっているそうです。
 例えば私が冒険者になっても、ならなくても。
 どちらの人生を選んでも、同じ日に命が尽きるのだと」

 初めて聞く話に、フィオナが少し首をかしげていると、クロシュが付け足した。

「エルフ達の間では広く知られて、そして信じられている話だな。
 ――俺も、正直、それで森を出たというところはある。
 命の長さが決まっているのなら、森で静かに暮らすより、外へ出て色々なものを見て触れたいと……」

 ううむ、とうなって腕組みをするクロシュを見て、ソラヤは嬉しそうに笑った。

「私も、じっとしているよりは、少しでも仲間の手がかりを見つけたいんです。
 それに……みなさんが私を助けてくれたように、
 私も冒険者として、誰かの助けになれるなら、とても嬉しいことだと思うんです」

 ソラヤの言葉に、クロシュは首を振った。

「わかった。俺はもう反対せん。
 癒しの魔法も、精霊魔法も、冒険者には重宝がられるだろうしな」

 フィオナも、少し考えたあと、頷いた。

「そうね……。ソラヤ自身が、どうしたいかが一番だわ。
 明日、一緒に帰って、マスターに話してみましょう」
「ありがとうございます」

 ソラヤは微笑んで、両手を握り合わせて指を組んだ。

「とりあえず、みんなにも話を――今、できるかしら……」

 フィオナは、ちらりと仲間達の方を見やった。
ラーフラはすっかり酔いつぶれてしまっているし、
シェベットは……なんだかご機嫌な様子で歌をうたっている。
料理がよほど気に入ったのか、でたらめな節と歌詞のキノコの歌だ。
周りのエルフ達も面白そうに笑ったり、一緒にうたったりしている。

(……まともに話ができる状態ではなさそうね)

 フィオナは静かに、シェベットから視線を外した。

 ユーリはミラドやハスティと、なにやら楽しそうに話している。
フィオナはそちらに近付いていった。
 声をかけて、ソラヤが冒険者になりたいらしいということを話すと、
ユーリは冒険者仲間が増えることを素直に喜んだ。
 横で話を聞いていたハスティが、困ったような顔であははと笑って、

「無理を言ってごめんね。
 ソラヤって、言い出すと聞かない子なのよ。ああ見えて、結構おてんばだし……」
「そうなのか?」

 ユーリがちょっと目を丸くすると、ハスティは頷いた。

「昔、森に冒険者さん達が迷い込んできた時も、
 あの子が一番真剣に、外の話を聞いてたなあ。
 あの頃から、素質みたいなものはあったのかもね」

 ハスティがしみじみと話していると、頬を赤くしたソラヤがやって来て、

「ちょっと、ハスティ。何か変な話、してないでしょうね?」
「別に」

 くすくすと笑うハスティに、ソラヤはむうっと膨れた。
 そんな二人を見ていると、ユーリの胸の中は、光が灯ったようにほんのりと温かくなった。

(会わせてあげられて、よかったなあ)

 その光を抱くように、ユーリはそっと胸に手をあてがった。


 次の朝早く、エルフ達に見送られて、一行はダルヤの森を後にした。

「また、いつでも遊びに来てよ!」

 ミラドは、伸び上がって大きく両手を振っている。

「やるからには、頑張ってよね。冒険者」

 そう言って、ハスティはソラヤに笑いかけた。
ソラヤも笑い返して頷き――少しだけ視界が滲みそうになって、
ソラヤはそれを気取られないように、ぱっと踵を返した。

「……さあ、行きましょう」

 ソラヤがそう言って、ユーリ達は頷くと、歩き始めた。

 森の中は、朝もやに包まれてうす青く染まり、少しひんやりとしている。
どこからか、鳥達の鳴き交わす声が響いてきた。

「いやあ、しかし、ソラヤもうちの冒険者になってくれるなんて、嬉しいなあ」

 そう言って、シェベットはにたにたと笑った。
ソラヤは緊張しているのか、ぎこちなく口を開いた。

「ま、まだ、していただけるか、わかりませんけど……」
「大丈夫だと思うけどな。ぜひ俺達と一緒に仕事しようぜ」

 シェベットの言葉に、ラーフラも、明後日の方向を見るようなふりをしつつ、頷いている。
ソラヤは「はい、それはぜひ」と、嬉しそうに、ちょっと肩をすくめた。

 そんな話をしながらしばらく進んでゆくと、昨日、山賊達と戦った広場が見えてきた。
 山賊達は、縄を解いて逃げることはできなかったらしく、まだそこにいた。
森の夜の寒さに耐えるためか、身を寄せ合って、ひとかたまりになって座っている。

 一行の足音に気付くと、山賊達はやけに怯えたような様子で、こちらをふり向いた。

「お……お前らか……」

 少しほっとしたような、けれど真っ青な顔で、山賊の男は口を開いた。
声も身体も震えている。

「なんだ……? 何かあったのか?」

 シェベットが訊ねると、痩せた男が、こちらへ身体を向けようとして、地面に倒れた。
それでも芋虫のように身体を動かし、すがるようにシェベットを見上げた。

「あ……ああ、兄貴が……。死神に、連れて行かれちまった」

 泣き出しそうな声で、男は言った。
ユーリ達は顔を見合わせ、改めて山賊達を見ると――大男がいない。
手下の五人だけだ。

「死神? ……レイスですか?」

 ラーフラは眉をひそめた。
 レイスは強いアンデッドだ。
強い魔力と呪いの力を持った幽霊で、相手に触れるだけで魂を奪うことすらできるという。
しかし実体を持たないため、普通の武器では傷つけることができず、
戦うとなれば厄介な魔物だ。

「わからねえ……けど、黒い翼が生えていて、大きな鎌を持って……!
 あ、あれが死神じゃないってんなら、なんなんだよお」

 そう言って、男は首をぶんぶんと横に振る。
山賊達の話によると、夜中に突然、黒い衣に黒い翼の、鎌を持った何者かが現れて、
大男を連れて行ってしまったという。

 それを聞くと、ラーフラは何か考え込むように、男から視線を逸らした。
「しかし、アンデッドが出るような場所じゃないんだが……」と、
クロシュも難しい顔で、顎に手をあてている。

「連れて行かれたって、つまり……その、殺されたということ?」

 少し言い辛そうに、フィオナが訊ねた。男はまた首を横に振って、

「いいや、本当に、どこかへ攫われてっちまったんだ……でも……」

 それがレイスであるなら、どの道助からないだろう――
痩せた男は、それを口には出さなかったが……顔を一層青くして、ぶるぶると震えた。
ソラヤも少し青くなって、気の毒そうに山賊達を見ている。

「レイスって、幽霊だろ? 今はもう……出てこない、よな?」

 おずおずとユーリが訊ねると、

「日の光を嫌うそうですから、出てこないはずです、レイスなら……。
 でも、早めに森を抜けてしまった方がいいかもしれませんね」

 眉根を寄せた表情のまま、ラーフラが答える。
シェベットはそれに頷くと、山賊達に向き直った。

「とりあえず、お前らはルアードまで連れて行って、警備隊に引き渡す。
 いいな?」

 山賊達は「ああ、そうしてくれ」「もう懲り懲りだ」と口々に言いながら、首を縦に振る。
シェベットは山賊達を数珠つなぎにして、
彼らの足を縛っていた縄を解いて歩けるようにすると、
縄の端はユーリに持たせた。


 そうして、一行は森を出た。
 街道を進んでゆくと、そのうち、後から馬車がやって来た。
シェベットが手を振ると、馬車は停まってくれたが、
御者は縛られた山賊達を見るとぎょっとしたように目を剥いた。

 なんとか御者を説得して馬車に乗り込み
(他の乗客は、行商から帰るところの商人が二人だけだった)、
一行は、昼前にはルアードに着くことができた。

「ふう、やっと我が宿だな」

 警備隊の詰所に、山賊達の身柄をあずけ……
宿のある通りまで来ると、シェベットは大きく伸びをした。
 妖精のとまり木亭の看板が見えたとき、ユーリはなんだかほっとした。
他のみんなも、張りつめていた気が緩んだようで、小さくため息をついたりしている。

 一行は、カランカランと扉のベルを鳴らして、宿の中に入った。

「おかえり、みんな」

 マスターがにっこりと笑って出迎える。
ユーリ達はただいま、と答えて、カウンター席に並んで座った。
力が抜けたように、ユーリはだらりとカウンターに突っ伏して、大きく息を吐き出した。
マスターは「お疲れ様」と笑うと、ソラヤの方を見て、

「お友達が見つかったそうだね」
「はい! みなさんのおかげで、本当に、なんとお礼を言ったらいいか……。
 この宿と、みなさんに出会えて、よかったです」

 ソラヤは満面の笑顔でそう言って、
それから、何かを思い出したように「あっ」と手を打った。

「そうだ。これをお渡ししないとですよね!」

 報酬の月光琥珀が入った袋を取り出し、中身を五人に均等に分けてくれようとしたが、

「ソラヤもこれから、お金が必要になるかもしれないわ。
 自分でも持っておいたら?」

 そうフィオナが言って、五人は少しずつソラヤに琥珀を返した。

「綺麗だなあ。売っ払うの、勿体ないなあ」

 シェベットは目を輝かせ、うっとりと琥珀を眺めている。
「でも、売らないと金がなあ……」と、ぶつぶつと呟いていると、

「山賊から取り上げた物を売ってしまったらどうだ?
 がらくた屋にでも持って行けば、いくらかにはなるだろう」

 小声でクロシュがささやき、シェベットはにやりと笑って、なるほどと頷いた。

 ソラヤは月光琥珀の袋を仕舞うと、ひとつ息をして、カウンターを振り返った。

「あの、マスター。もうひとつお話があるんです」

 マスターは、きょとんとしてまばたきした。

 ソラヤが、この宿の冒険者になりたいと告げると、
マスターは少し驚いた様子だったが、真剣な表情でソラヤの話に耳を傾けた。

 話が終わると、マスターはゆっくりと頷いた。
それからユーリ達の顔を見回して、

「この話は、みんなはもう聞いていたのかい?」

 訊ねられて、一同は頷いた。

「一応、色々と話はしたつもりよ」
「ああ。承知の上でやりたいそうだ。だから連れて来た」

 フィオナとクロシュがそう言うと、ユーリもカウンターに身を乗り出して、

「マスター、ソラヤの魔法はすごいんだ。身体の痺れも傷もあっという間に治してくれて!」
「そ……そうです。
 僕の目眩ましに、音を消す魔法を合わせてくれて、山賊なんか一方的にのめしてしまいました」

 ラーフラも、ユーリの後に言葉を続けた。
シェベットもうんうんと頷く。

「なにより、こんな美人がいたら、冒険がより楽しくなるに違いない!」

 クロシュが無言でシェベットの後頭部を掴み、カウンターに倒した。
ごん、といい音がして、シェベットは額を押さえてうめいた。

 マスターは一同の言葉に圧倒されたように、目を丸くして――
ふっと微笑んだ。

「わかったよ。みんながそう言うなら、きっと上手くやっていけるだろう。
 今日からソラヤも、うちの冒険者だ」

 ユーリ達とソラヤは、やった、と沸きあがって、手を打ちあった。

「改めて、よろしくね、ソラヤ。
 ――その外套は冒険者になったお祝いに、あげるわ」

 フィオナはそう言って笑った。

「ありがとう。実はちょっと、気に入っていたんです、これ」

 ソラヤは頬を薔薇色にして、外套を着た自分の肩を、ぎゅっと抱くようにした。


 こうして、妖精のとまり木亭に、また新たな冒険者が加わり――。

 クロシュは、昼食を取って少し休んだだけで、また自分の旅へと戻るために、宿を出発していった。
 ルアードの街の、石畳の広場まで歩いてきた辺りで、
クロシュははたと立ち止まった。宿の方角をふり返る。

(そういえば。ユーリに、『あれ』の話を聞くのを忘れていたな……)

 それに気がついたのは、山賊達と戦いになったときだった。
後で訊ねてみようと思いつつ、その後色々なことがあったので、
すっかり忘れてしまっていたのだ。

(随分、珍しいものを持っていたが。どういう由来の品なんだろうな)

 今になって、ふと思い出したが……。
わざわざそれだけを訊ねに、宿に戻るほどのことではないような気がした。

(……まあ、またそのうちに会うだろう。その時に聞いてみるとしよう)

 再び前を向いて、クロシュは歩き出した。




(エルフの森・おわり)

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