3.古道具屋からの依頼


「……そうだが」

 シェベットは少しだけ眉根を寄せて、低い声で答えた。
ユーリは心配そうな表情で、二人をかわるがわる見ている。

 サニーはしばらく、シェベットをじとりと睨むように見ていたが、
ふと視線を外すと、額に手をあててため息をつき、ゆるゆるとかぶりを振った。

「……いや、すまない。
 私の国にいた盗賊達とは違うんだよな。わかっている……」

 わかっているんだが、と、サニーはかすれた声で呟く。

「仕方ねえさ。さっきの話じゃあ……。無理に仲良くなってくれとは言わんよ」

 シェベットは優しい声で言って、
「それで」と、切り替えるようにフィオナとマスターを見た。

「うん。簡単に事情は聞いたよ。
 彼もしばらく、この宿で仕事をしてもらおうと思う」

 と、マスターは頷いた。
ソラヤが、少し安心したようにほっと息をついた。

「それでね。
 商店街の端に、古道具屋さんがあるでしょう。
 そこの店主さんから、依頼が来ているのだけれど、みんなでどうかって」

 言いながら、フィオナは持っていた依頼書をテーブルの上に置いた。

 内容は、ルアード郊外にある、主の亡くなった屋敷に棲み付いた魔物や幽霊を退治してほしい、
というものだった。
礼金は前払いで二十銀貨と、達成報酬で一金貨(つまり、銀貨百枚分だ)と五十銀貨。
その他詳細は、古道具屋まで来てほしい、と記載がある。

「あのお店は、マジックアイテムの類も扱っているし、
 店主さんも魔術的な知識をたくさん持っている方だ。
 解呪の手がかりも、あるかもしれないと思ってね」

 と、マスターは言った。
 四人は依頼書に目を通すと、顔を見合わせて、頷き合った。
シェベットがサニーの方をふり返り、

「俺達は構わないが……。
 あんたは、いいのか? 俺達が一緒で」

 サニーはシェベットと目が合うと、すぐに視線を逸らした。
気まずそうに、首巻きを口元まで引き上げ、顔を埋めるようにしてしまったが、

「……ああ。
 助けてもらった上に、仕事の世話もしてもらって、頼りっぱなしで申し訳ないが……。
 冒険者としての仕事も、久しぶりだ。共に行動させてもらえるとありがたい」

 と、頭を下げた。

「ええ。これも何かのご縁だわ。一緒に行きましょう」

 フィオナの言葉に、ユーリはなんとなく、熱がこもっているような響きを感じた。
表情はすっかりいつも通りだが、彼女も先程のサニーの話に心を揺さぶられたのだろう。

「なかなか、大所帯になってきたね」と、マスターはふふっと笑って、

「古道具屋さんの方へは、いつでも伺って大丈夫だそうだ。早速行くかい?」
「とりあえず、話を聞きに行ってみましょうか?
 解呪の手がかりも、もしあるなら、早い方が良いでしょう」

 ラーフラがそう言うと、一同は頷いた。

 残っていた飲み物を飲み終えたりしたあと、六人は宿を出て行った。

「――『サニー・サイドアップ』か……」

 ユーリ達を見送ると、マスターはひとり呟いた。
苦笑混じりに、顎に手をあてて、

「もう少し、かっこいい名前の料理を出すべきだったかなあ」


 古道具屋の前まで来ると、ラーフラは少しめまいを感じた。
 古い物には、想いや霊が宿りやすい。
そして、そういう物には魔力が寄りついてくるのだ。
 店内に満ちている、そういったものの気配が、外にいても伝わってきて、
ラーフラは外套飾りの魔除けを握りしめた。

 ソラヤも何か感じるのか、不思議そうな表情で古道具屋の建物を見上げている。
サニーはさっき話していた通り、魔法への抵抗力が強いためだろうか、平気な様子だ。

 ユーリとシェベットは、店の飾り窓を覗いて、
「何に使うんだろう、この道具?」「これ綺麗だな」と、わいわいと話していたが、

「入るわよ」

 扉を押しながらフィオナが言うと、二人ははあい、と答えて飾り窓から離れた。

 店の中へ入ると、奥から「いらっしゃいませ」と声がして、ほっそりとした老人が現れた。
 フィオナが、自分達が『妖精のとまり木亭』の冒険者であることを告げると、
老人は「ああ」と表情を明るくして頷いた。深々と頭を下げる。

「おいでくださってありがとうございます。私がこの店の主です。
 ――依頼の話をさせていただいても?」

 店主の老人が手で示した先、店の隅に、
年季の入った、けれどぴかぴかに磨かれた木のテーブルと丸椅子が置いてあった。
 一行が椅子に掛けると、店主は熱い香草茶を出してくれた。

「依頼書には、お目通しいただけましたでしょうか」
「ええ。郊外の屋敷の、魔物と幽霊退治でしたよね」

 ラーフラが答えると、店主は頷いて、

「はい。
 その屋敷には、ドミニク・ライマンという男が一人で住んでいたのですが、
 彼は先日、亡くなりまして……。
 生前は、骨董品の蒐集が趣味だったそうで、屋敷には様々な品物が残されていました。
 ご家族――彼のご兄弟ですね――は、そういった物にはあまり興味がないとのことで、
 うちで買い取らせていただくことになったのです」

 そこで店主は少し眉を下げて、言葉を続けた。

「私が品物を拝見しに屋敷へ伺ったときは、何事もなかったのですが……。
 その後、少しだけ屋敷が無人になったその隙に、魔物や幽霊が入り込んだようなのです。
 品物は専用の部屋に厳重に保管されていましたから、
 無事だろうとは思うのですが、あれではとても運び出せません。
 どうか、みなさんに、屋敷をうろつくものどもを退治していただきたいのです」

 店主は深々と頭を下げる。

「どんな魔物がいたか、もしわかれば、教えていただきたいのだけれど」

 フィオナが訊ねると、店主は記憶を辿るように顎に手をやり、

「小さな……妖魔の類のようでした。
 屋敷の品物の中に、わずかですが魔力の篭った物がありましたから、
 それに惹かれてやって来たのかもしれません。
 幽霊の方も、私が気配を感じた限りでは、力の弱いもののように思いました。
 こちらは、魔術師さんもいらっしゃるようですから、さして問題にはならないかと」

 ラーフラとソラヤ、サニーの顔を見回して、店主は微笑んだ。三人は頷く。
実体がなく、普通の武器が通じない幽霊にも、魔法でなら対抗することができる。

「――そんなところでしょうか? 謝礼は依頼書の通りです。
 ……もし、万が一、品物が壊されていても、お支払いいたします」

 まあ大丈夫だとは思いますが、と付け足して、店主は笑った。
屋敷までの地図と、屋敷の内部の見取り図をフィオナに手渡す。
 フィオナは「ありがとう」と受け取った地図を眺めて、

「そうね。依頼に関してはこれくらいかしら……」
「明日、一番に向かおうか。今から行ったんじゃ夜になる」

 シェベットが横から地図を覗き込んで、頷いた。

「ご主人。この依頼、請けさせていただくわ」
「ありがとうございます」

 店主はほっとしたような声で言った。
 少々お待ちを、と席を立つと、店主は小さな革袋を手に持って戻ってきた。
「こちらが前金の二十銀貨です」と、一行に差し出す。

 フィオナが中身を確認している間に、あのう、とソラヤが店主に声をかけた。

「依頼とは、別の話なのですが。
 解呪の道具や、呪文の書かなにか……このお店にありますか?」
「解呪、ですか?」

 きょとんとした表情を浮かべる店主に、一行がサニーのことを話すと、

「――なるほど。
 確か倉庫の方に、そのようなマジックアイテムがあったはずです。
 今すぐにはお出しできないのですが……」

 そうですね、と、店主は頷いて、

「では、謝礼の方に、その道具もお付けしましょう。
 みなさんが屋敷から戻られるまでには、探し出しておきます」
「いいのか?」

 サニーが驚いた表情で訊ねると、店主はにっこりと笑った。

「ええ、もちろん。
 物は、本当に必要としている方に使っていただいてこそですからね」

 優しい声でそう言って、サニーを見た。
サニーは少し戸惑ったように、下を向いてしまったが、かすかに頷いた。

「……ありがたい。依頼は必ず成し遂げよう」
「よろしくお願いいたします」


 古道具屋を出ると、サニーは、長い間水に潜っていたあとのように、大きく肩で息をついた。

「どうかした?」

 フィオナが訊ねると、サニーは「いや、なんでもない」と首を振った。

 サニーは、呪いをかけられて以来、ずいぶん久しぶりに、
自分に優しくしてくれる人……ユーリ達や、古道具屋の主人に出会って、
少し混乱してしまったのだった。
 そんな自分が情けないような気持ちになって、サニーは苦笑いすると、ぱっと顔を上げて、

「ところで……前金で、何か準備はしなくていいのか?」

 サニーが訊ねると、フィオナが小首をかしげて、呟くように言った。

「……二十銀貨だと、武器を買うには少し心もとないかしらね」

 ユーリも眉を寄せて、うーんとうなると、サニーをふり返り、

「サニーって、武器は何を使うんだ?」
「えっ? 剣だ……が」

 目をしばたたかせて、サニーは答えたが、
どうやら前金で自分の武器を買ってくれようとしているらしいと気がつくと、
慌てたように手を振った。

「あの、私なら、武器はなくても大丈夫だ……それにどうせ、幽霊は斬れない」

 フィオナは「そうね……」と頷いた。「武器のことは、達成報酬をいただいたら考えましょうか」

「サニー……は、魔法はどういったものを?
 なんだか、変わった魔力の気配をお持ちですよね」

 ラーフラが首をかしげて言うと
(サニーという名前を呼ぶのに、まだなんとなく違和感があるらしい間があった)、
サニーは「そうだろうか」と不思議そうにまばたきして、

「太陽や月や……星の、光の力を借りる魔法だ。
 流星を呼んで相手の頭上に落とすこともできるし、太陽の光で傷を暖めて癒すこともできる。
 ――エルナシムの民は古くから、天の星々の位置や巡りを読んで未来を占い、
 旅のしるべにして砂漠を渡り、星と深く関わりながら暮らしていた。
 それでいつしか、こういった魔法を使えるようになったらしい」

 ふむふむと、ラーフラやソラヤが興味深そうに頷く横で、
ユーリが驚いたように訊ねた。

「昼でも呼べるのか? 流れ星」

 それを聞くと、サニーはかすかに楽しそうな笑顔を浮かべて、

「ああ。昼の間も……太陽が明るすぎて見えないだけで、星は輝いているそうだ」
「へええ」

 ユーリは空を見上げて、星の光を探そうとするように目を細めた。
 そんなユーリを見て、サニーはくすっと笑った。
それからふと、はっとした表情を浮かべて、フィオナの方に向き直る。

「……そうだ。
 荷物袋と、薬と保存食あたりを買わせてもらってもいいだろうか?」

 サニーは今、身に着けている服や鎧や、装飾と
……それから、呪われた血から生まれる宝石の他には、本当に何も持っていないのだった。
 フィオナも他のみんなも、「もちろん」と頷いた。

「他にも必要な物があるなら、遠慮しないで言ってね」

 六人はそのまま商店街を巡って、必要な物を買い揃えることにした。

 薬屋へ到着するや、シェベットは店員の女性となにやら熱心に話し込み始めたが……。
フィオナはそれを尻目に、サニーの分の薬と、呪薬をいくつか買い求めた。
呪薬は、彷徨う魂を癒し浄めると言われている薬草から作られたもので、
これを撒くと、幽霊を退散させることができる。
魔法を使えない三人も、念の為に、幽霊への対抗手段を持っておくことにしたのだ。

 その後、雑貨店でも買い物を終え、日暮れも近くなった頃に、一行は宿へと戻ってきた。


 夕食の後、ユーリとラーフラは、シェベットの部屋へ遊びに来ていた。
 先刻の古道具屋とまではいかないが、この部屋も、様々な物でごたごたしている。

 小さな宝箱。色ガラスのモザイクが美しいランプ。
光沢のある糸で、不思議な模様が刺繍された、クッションやタペストリー。
 壁に据え付けられた棚に、いくつも瓶が並べられていて、
星の形をした砂や、鉱石のかけらなどが詰め込まれていた。
書き物机には、綺麗なガラスペンと、変わった形のインク壜が置いてある。
並べられた本を支えているのは、きらきらと銀色に輝く鉱石だ。

「そういえばさ、結局、盗賊ギルドでは何もわからなかったのか?」

 ユーリは、なんとなく声を低めて聞いた。
空いていた隣の部屋に、サニーが泊まることになったのだ。

「ああ。ちょっと、予想が外れたな」

 ベッドに腰かけているシェベットは、月光琥珀を瓶に詰めながら答えた。
そうして少しの間、瓶を眺めて黙っていたが、やがて言い辛そうに付け加えた。

「――奴隷商から逃げてきた、奴隷かもしれないと思ってたんだ。
 まあ……似たようなもんなのかもしれないが……」

 クッションの刺繍の模様を、迷路を辿るように指でなぞっていたラーフラが、顔を上げた。

「買い手が決まっていた、と言っていましたね。
 小舟で逃げたあと、彼が死んだと思ってくれていればいいですが……。
 向こうの盗賊も、そう簡単には諦めないかもしれませんね」

 シェベットは、そうだな、と頷く。

「どの辺りから、小舟で逃げてきたのか、
 どこで取引する予定だったのかも、わからねえけど――これは、あいつも知らなそうだしな。
 追手が来る可能性は充分ある」
「追手が来たら……追い返すんだよな?」

 少し不安そうに、ユーリが訊ねると、

「もちろんだ。……万が一、あいつの話が嘘じゃあなければな」

 ないとは思うが、と付け足して、シェベットは大きく頷いてみせた。
 そして何か考え込むようにしながら、ベッドから立ち上がると、月光琥珀の瓶を棚に置いた。
二人をふり返る。

「もう一回、ギルドに行ってくるよ。
 もし、誰かがあいつのことを探しに来ても、情報を流させないようにしておく」
「できるのか、そんなこと?」

 ユーリは目を丸くした。シェベットはふふんと笑って、

「こう見えて俺は、次期ギルド長との呼び声も高いんだぜ」
「へえー……! 大丈夫なんですかね、あのギルドは……」

 ラーフラが大げさに心配そうな声色を作ると、
「どういう意味だ、こら」と、シェベットは笑いながら彼を小突こうとする。
ラーフラも笑って、クッションを盾に防御の姿勢をとった。


 三人で部屋を出て、階段を下りてゆくシェベットを見送ったあと、
ラーフラは、ユーリがなんだか浮かない表情をしていることに気がついた。

「どうかしました?」
「いや……。
 サニーも、シェベットが良い奴だってこと、わかってくれるといいなあって思ったんだ」

 呟くように言ったユーリに、ラーフラは「ははあ」と頷き、

「まあ、あの人柄です。そのうち通じると思いますよ」
「……うん」

 さらりと、そっけなくラーフラは言ったけれど、
その言葉の奥に温もりがこもっているのがわかって、ユーリは少し笑った。

designed by flower&clover