5.主の願い


 先程のウィスプが逃げて行った、ちょうどその辺りであろう場所にあった部屋は、
見取り図によると屋敷の主ドミニクの私室だった。

 扉を開くと――部屋の奥に、一人の男性が立っていて、じっとこちらを見つめていた。
 きちんと撫でつけた髪と整えられた口髭が、品のある印象の紳士だ。
……しかし、その身体は透けて向こう側が見えていて、
ウィスプと同じ青白い色の光を纏いつかせていた。
生きている人間ではない。

 彼の周りを、ふよふよと何体かのウィスプが取り巻いている。
その中には、尻尾の先が斬れたままの妙な形になってしまった、先程のウィスプの姿もあった。

 武器や浄めの呪薬の瓶を手にしている一行を見て、その男は慌てた様子で手を振った。

『ちょ……ちょっと待ってください!
 何者ですか、君達は? 私の屋敷で何をしているんです?』

 ウィスプ達は怯えたように男の背後に隠れてしまっている。
どうやら、こちらに敵意があるわけではなさそうだ。ユーリ達はひとまず武器を下ろした。

「私の屋敷?」

 フィオナが聞き返すと、男は頷いて、

『私はドミニク。この屋敷の主です――正確にはその幽霊ですが』
「ドミニク……さん!?」

 ユーリ達は顔を見合わせた。
やがてフィオナが進み出て、自分達は冒険者で、
古道具屋から魔物と幽霊退治の依頼を請けてここへ来ているということを話した。

 ドミニクは相槌を打ちながら話を聞くと、ふーむ、と顎をさすった。

『そんな話になっていたとは。
 しばらくこの屋敷を空けていたので、知りませんでした。
 ……いや、いざ死んで幽霊になってみると、どこへでも自由に飛んでゆけて楽しくて、
 このウィスプ達と一緒に、ついあちらこちらへ足を伸ばしてしまいまして……。
 先日、ここへ戻ってきたばかりなのです』

 そう言って、ドミニクはほんの少し照れたように笑った。
彼が腕を広げると、木の枝に小鳥が集まるように、ウィスプ達がふわりと降りてきた。

『この子達は私が生きていた頃から、この屋敷に住み着いていた者達ですので……
 幽霊退治の方は、どうかご勘弁いただきたいです。
 古道具屋さんや君達を脅かしてしまったのは申し訳ないですが』
「わかったわ。
 古道具屋さんも、事情を話せばわかってくださるでしょう」

 フィオナがそう言うと、ドミニクはほっとしたように微笑んだ。
ウィスプ達も心なしか嬉しそうに、ドミニクの腕の上で跳ねるようにふわふわと飛んでいる。

「えっと、そのウィスプ達は……ドミニクさんの、友達?」

 おずおずとユーリが訊ねると、

『友達――ええ、そうですね。
 私は生前から、こういった者達と話をすることができたので、
 それなりに長い付き合いの友達、ですね』

 と、ドミニクは頷いた。
ユーリは、さっき斬りつけてしまったウィスプを指さして、
申し訳なさそうに肩を縮めた。

「あの、さっき……びっくりして、そこの奴、ちょっと斬っちまったんだ。
 ごめんなさい……」

 尻尾の切れたウィスプは、ユーリの周りをくるくると飛び回ると、
またドミニクの方へと戻っていった。ドミニクは笑って、

『こちらこそ、いきなり現れてごめんなさい、と言っていますよ。
 この子は好奇心が強くて……さっき下で物音がしたので、見に行ったんですね。
 尻尾はそのうち元に戻りますから、気にしないでください』

 そしてドミニクは少し背を屈め、ユーリの腰に下がった剣を覗き込むようにした。

『しかし、幽霊を斬れる剣とは!
 死んでからこんな珍しい物にお目にかかれるなんて、幽霊になって得をしましたね』

 目を輝かせるドミニクに、ユーリはあははと苦笑いして、
「――あ、」と、思い出したように言った。

「じゃあ、もしかして、インプも友達だったのか?」
『いや、違いますよ。
 そちらは私も困っていたところで……倒していただけるのでしたらありがたいです』

 どこかに入り込める穴でもあったのでしょうかねえ、と、ドミニクは腕組みをした。

『だいぶ昔のことですが、
 やはり蒐集物の中の魔力に惹かれてきたらしい魔物が現れたことがありました。
 それがあってからは定期的に、魔術師の方に依頼をして、
 魔力を遮蔽する結界を屋敷に張っていただいていたんです。
 その結界が私の死後に切れて、それきりになって……また魔物が寄ってきたのかと』
「なるほどなあ。
 下にいたインプは、多分みんな倒したと思うんだが、他にも魔物はいるのか?」

 シェベットが訊ねると、ドミニクはまばたきして、

『本当ですか? ありがとうございます。私達が見かけたのはインプだけでしたね』
「おっ、そうなのか。じゃあ、まだ残ってないか見て回ってこようか」

 シェベットが言って、一同は頷き合った。

「もし、他にインプがいなければ、もう依頼達成ですか」
「私達、まだほとんど何もしてませんね」

 と、ラーフラとソラヤが苦笑混じりに言う。

「私も明かりを出して……インプに襲われただけか」

 うーむ、と、サニーも眉根を寄せてうなった。シェベットは笑って、

「まあ、たまにはそんな冒険もあるだろ。平穏無事に終わるに越したこたない」

 そんなことを言い合いながら、一行が部屋を出ようとすると、
ドミニクが『あの』と呼び止めた。

『ちょっと……一つ、お願いしたいことがあるのですが、よろしいですか?』
「ん?」
『この引き出しを開けていただけませんか?』

 ドミニクは、部屋の奥の書き物机を指し示した。
彼の幽霊の身体では物に触れられないのだ。
 ユーリが引き出しを開けると、中には手紙や、ペンやナイフなどのこまごまとした道具と、
それから、木製の小さな剣のようなものが入っていた。

『その、木のペーパーナイフなのですが』

 ドミニクが指さしたその小さな剣のようなものを、「これか?」と、ユーリは手に取った。
つややかな刃に、彫刻と色付けがしてある。
眺めていると、仲間達も近くにやって来た。シェベットがユーリの手元を覗き込む。

「綺麗だな」
『あ……ありがとうございます』
「ドミニクさんが作ったのか?」

 ユーリが目を丸くする。ドミニクは、ええまあ、と照れくさそうに頭に手をやって、

『私にはトーマという甥がいるのですが、
 それをその子に渡すよう、伝えていただけないでしょうか』
「甥っ子さんに?」

 シェベットが聞き返すと、ドミニクは頷いた。

『私は、絶えず人の気配が傍にあると、どうも落ち着かないたちでして。
 それでひっそりと、ここで暮らしていたのですが、あの子は――
 トーマは、なんだか私に懐いてくれていましてね。よくここへ遊びに来てくれていたんです。
 蒐集物の埃を払ってくれたり、私がこういった工作をしていると飽きずに眺めていて、
 まあ……私も、トーマがいるととても楽しかったんです』

 そう言って、ドミニクは懐かしそうなまなざしで微笑み、

『もうすぐあの子の誕生日なんです。それを贈る約束をしていたのですが……。
 なんとか、完成はさせたんですけどね。
 この通り、私から渡すことはできなくなってしまいまして』

 と、少し寂しげに笑った。

「わかった。必ず伝えるよ」

 ユーリは力強く答えた。みんなも頷く。
ドミニクは嬉しそうに手を握り合わせ、頭を下げた。

『ありがとうございます。よろしくお願いしますね』
「古道具屋さんに預けて、渡してもらおうか」

 シェベットはドミニクの手巾を借りると、
それにユーリから受け取ったナイフをくるんで仕舞った。

「あの、ドミニクさん」

 まっすぐドミニクを見つめて、話を聞いていたフィオナが、不意に口を開いた。

「その、誕生日……。直接贈り物を渡すことはできなくても、
 お祝いしに行ってあげると、甥っ子さんはとても喜ぶと思うの」

 ドミニクはそれを聞くと、何か考え込むように、ゆっくりと頷いた。

『ふむ。しかし、お祝いの場に幽霊が紛れ込むのも……。
 あの子も、めでたい日に死人に会って、どう思うやら』

 フィオナはかぶりを振って、

「甥っ子さんは、贈り物ももちろんだけれど、ドミニクさんに会うのも楽しみにしていたと思うわ。
 幽霊でも、一目でも会えたら、きっと嬉しいわ」

 きっぱりと、そう言った。
ドミニクはちょっと驚いたように眉を上げ、それから、ふっと微笑んだ。

『……そう……ですね。
 こっそりと、顔を出しに行ってみましょうかね』

 その言葉を聞いたウィスプ達が、なんだか嬉しそうに、跳ねるようにドミニクの周りを飛び回る。
 フィオナもほんのりと笑い返し――
ユーリと目が合うと、「ちょっとね」と肩をすくめた。

「小さい頃に、似たようなことがあったから」

 言い訳をするように言って、フィオナはふうと息をついた。
表情からはよくわからないが、なんだか照れているのか、
しきりにぱちぱちとまばたきをしたり、髪を撫でつけるように触ったりしている。

『そうだ。みなさんは冒険者でしたね。
 依頼をするなら、謝礼をお渡ししないといけませんよね』

 ドミニクははたと手を打った。

『お金は……家族の方で、どう扱うか決めてしまっているかもしれませんので、
 物で良いでしょうか?』
「そりゃ、ありがたいが……いいのか?」

 シェベットが遠慮がちに聞くと、ドミニクはいたずらっぽく片目をつぶってみせた。

『この部屋の物なら、一つや二つなくなっても気づかれないでしょう。
 さて、何か良い物は――……』

 ドミニクは顎に手をあてて、部屋を見回した。
 やがて、何か思い付いたように頷くと、書き物机の脇に置かれた飾り棚を指さした。

『その棚の、上から二段目の……奥の方に、小さな白い箱があると思うのですが。
 ――ええ、それです』

 ドミニクに言われた場所を探すと、標本のように箱に入れられた鉱石があった。
<庭園>と記された札が添えてある。
手のひらほどの大きさで、透明な石の中に、土や苔のようなものが入っているように見える。
どこかの森か草原の小道の風景を、小さく閉じ込めているかのようだ。

『庭園水晶と呼ばれる石です。石自体はそれほど珍しいものではないのですが』
「これって……マジックアイテムですか?」

 ソラヤが訊ねた。
 とても深く繊細な魔法が篭められているような、静かで力強い気配が伝わってくる。
ラーフラとサニーも、息をこらしてその石を見つめていた。

『おお、わかりますか? その通りです。なかなか面白い品なんですよ。
 詳しいことは、その札の裏に書いてありますので……
 お仕事のない日などに、よかったら使ってみてください』

 ふふふ、と、ドミニクはなんだか含みのある雰囲気で笑った。
「気になるなあ」石から漂う不思議な力をさっぱり感じられないユーリは、
首をかしげてわくわくと石を覗き込んでいる。

「じゃあ、ありがたく頂戴しましょうか」
「ありがとう、ドミニクさん」

 フィオナとソラヤが頭を下げ、ユーリ達もそれに倣うと、
ドミニクは優しい目でにっこりして、一行を見つめた。

『いえ、こちらこそ。気を付けてお帰りください』

 幽霊達に見送られて、一行は部屋を出た。

(ドミニクさんは――ウィスプ達や、甥っ子さんもいて……。
 寂しく暮らしてたわけじゃ、なさそうだったな)

 ユーリは、なんだか嬉しいようなほっとしたような気持ちになって、こっそりと笑顔を浮かべた。


 そして、見取り図を手に、二階の部屋を一通り見て回ったものの、
魔物の姿は見当たらなかった。

「――うん。依頼達成だな」

 シェベットは頷いて、見取り図をたたんで懐に仕舞った。

「平穏無事に終わってしまったというわけですね」

 どこか残念そうな声で呟くラーフラに、「そういえばさ」とユーリが声をかける。

「さっきドミニクさんが言ってた……魔力をナントカする……結界?」
「遮蔽ですか」
「そうそれ。その結界って、張れないのか?」

 訊ねると、ラーフラもソラヤもサニーも、揃って首を横に振った。

「結構、規模の大きな魔法なので……マジックアイテムやら何やら、準備が要りますね。
 今ここで張るのは、ちょっと無理です」
「そっかあ……」

 ユーリは頭を掻く。ソラヤがうーん、と考え込むようにして、

「でも……このままにしておくと、また魔物がやって来るかもしれないですよね。
 このことも、古道具屋さんに伝えておきましょう」

 話しながら、一階の大広間まで戻ってきたとき、
ごとっ、と、玄関の扉の外で何か物音がした。

 足を止めた一行の前で、ゆっくりと扉が開き始める。
 虫のように節がある、爪の生えた長い脚が、扉の隙間からにゅっと伸びてきて――
屋敷に入ってきたのは、ユーリ達よりも一回りも二回りも大きな身体を持つ、蜘蛛の魔物だった。

「な……なんだ、こいつ!?」

 ユーリは剣の柄に手をかけた。サニーが大蜘蛛を睨んで、

「これは――多分、魔力を餌にする類の魔物だろう」
「ああ、噂をすればなんとやら、ですね……」

 ソラヤが呟くように言った。

 大蜘蛛の、赤く輝く八つの目が一行をとらえた。
獲物を見つめる、飢えたまなざしだった。
口から生えた牙と、四対の長い脚の先の爪が、魔法の明かりに照らされて鋭く光る。

「……どうやら、何もせず終わりにはならなそうだぞ。良かったな」

 シェベットがぽんとラーフラの肩に手を置いた。

「い、いやあ……できればその、平穏無事に終わってほしかったんですが……」

 ラーフラは引きつった笑顔で答えた。
ソラヤもちょっと青ざめて、こくこくと首を縦に振っている。

「そんなこと言ってる場合か、来るぞ!」

 サニーが叫んだ瞬間、大蜘蛛がこちらに向かって、口から矢のように糸を吐き出してきた。
 六人は散り散りに走ってそれを避け、
ユーリとフィオナは、そのまま大蜘蛛に向かって斬りかかっていった。

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