幕間 迷子の冒険者と死霊術師


 ユーリ達が依頼を終えたのと、ちょうど同じ頃。
 妖精のとまり木亭の冒険者、猫の獣人の男デュークとドワーフの少女クラリッサもまた、
行商人の護衛の依頼を無事に成し遂げて――

 帰り道に、迷っていた。

「いやあ、参ったな」

 クラリッサはがしがしと頭を掻いた。

 二人は今、鬱蒼と茂る森の中にいた。
クラリッサが、「地図を見た感じだと、この森を突っ切った方が近道だぜ」と言い出して、
デュークの反対を押し切り、森へと踏み入ってしまったのだった。

 デュークは不満そうに耳を伏せ、腕組みをしている。

「だから、森を突っ切るなんて無茶だと言ったろ?」
「すまんすまん」

 反省しているのかいないのか、クラリッサはアハハと笑った。
この少女を叱ったところで、大した効果はないとわかっているデュークは、
肩を落として小さくため息をついた。

「一旦、動くのはやめて、夜を待とう。星が出れば方角もわかる」

 クラリッサも、一応反省はしていないこともないらしく、素直にデュークの意見に従った。


 ――そして、日が暮れて。

「曇ってるぞ」
「……」

 木々の合間に見える夜空は、切れ間のない厚い雲に覆われていて、星は一つも見えなかった。

「こうなったらしょうがない。今日のところはここで休もうぜ。
 まあ、なんとかなるさ」

 なんだか励ますような声でクラリッサは言って、荷物を下ろすと野営の準備を始めた。

「……そうだな」

 デュークも、クラリッサを手伝おうと荷物袋を開いた、そのとき。
 ざあっと吹いてきた風に、かすかに木の燃える匂いが混ざっていた。
デュークは鼻をうごめかせて、風上の方を見た。
視線を上に動かすと、遠くに一筋の煙が立ちのぼっているのが見える。
焚き火か、それとも煮炊きの煙だろうか。

「誰か、いるのか……?」

 クラリッサも気がついたようで、デュークの隣に歩いてきて、

「あっちに家があるのかもしれないな。行ってみようぜ」

 と、嬉しそうに言った。

「ああ。こっそりだぞ」
「わかってるって!」

 二人は明かりを点けずに、慎重に森の中を進んだ。
デュークもクラリッサも、種族柄、夜目が利くのだ。

 藪道をしばらく行くと、木々の間がかすかに明るくなっているのが見えてきた。

「ちょっと、ここで待ってろ。様子を見てくる」

 小声でデュークは言った。クラリッサは頷いて、デュークの荷物を預かった。

 デュークは足音を殺して、明るい方へと足を進めた。
この二人で仕事をするとき、こうして静かに先の様子を伺うのはデュークの役目だった。
爪を仕舞った猫の足でそっと歩けば、足音はほとんどしない。
一方クラリッサは、どうにも振る舞いががさつなので、
こっそりと行動するのは非常に苦手なのだった。

 明かりの元は、焚き火だった。
灰色の外套を着込んだ、あまり大きくはないように見える人影が、その傍らに座っている。

(旅人……か?)

 この森を抜ける道を、この人は知っているだろうか。
……デューク達と同じで、迷っている可能性もあるかもしれないが。
 どうしたものか、ひとまず引き返してクラリッサに知らせようと、デュークが踵を返そうとすると、

「そこにいるのは、誰……?」

 灰色の人影が立ち上がり、デュークの潜んでいる方を、まっすぐふり返った。
その人の顔は、焚き火の明かりで影になって見えないが、声は女性のものだった。

(……バレてる)

 デュークはぎくりと身体をこわばらせる。
 気配はしっかり消していたつもりだったのに。
どうやら、相手はただの旅人ではなさそうだ。
逃げ出すべきか、デュークが考えていると、その人はじっとこちらを見たまま淡々と続けた。

「私は魔法が使える。
 もし野盗なら、やめておいたほうがあなたの身のため」

 なるほど魔術師ならば、気配や足音がなくとも、周囲の存在を看破できるのかもしれない。
そして、下手に逃げても魔法で追撃されてしまいそうだ……。
デュークは観念して、身を隠していた茂みから立ち上がった。
両手を挙げて、敵意がないことを示しつつ、そちらへと出て行った。

「野盗じゃない。通りすがりの冒険者だ。
 煙が見えたんで、家でもあるのかと思って見に来た」

 灰色の外套の人物は、人間の少女だった。
白い髪は短く切り揃えられているが、両耳際の部分だけは胸の辺りまで伸ばしてあった。
赤い目が、火を映して光っているように見える。

「……冒険者?」

 少女は何を思ったのか、かすかに目を細めた。

「ここで、冒険してるの?」

 その物言いがなんだか子供のようなので、デュークは少し警戒心を解いて、笑った。
「いやその」と髭を引っ張って、

「冒険から帰るところなんだが、道に迷ってしまったんだ。
 この森から出る道を知らないか?」

 デュークが訊ねると、少女は「ふうん。迷子なの」と口の端で少し笑って、

「教えてあげてもいいけど。
 代わりに……もし、何か食べ物を持っていたら、少し分けてほしい。
 私は旅の途中なんだけど、あまり食糧が無くて困ってた」
「ああ、それくらいなら」

 デュークは頷いて、来た方を手で指し示した。

「仲間が一人いるんだ。荷物もそいつが持ってる。呼んできてもいいか?」

 少女はこくりと頷いた。

 デュークは引き返してクラリッサと合流すると、訳を話し、再び焚き火まで戻ってきた。
クラリッサは「おっすー」と、くだけた調子で少女に手を振る。
少女も、ひらひらと手を振って応じた。

 少女はモルガナと名乗った。
旅の死霊術師で、色々な街を巡って、仕事を探しているらしい。
「冒険者とは、ちょっとだけ似たようなものかも」と、モルガナは言った。

 デュークとクラリッサも、せっかくなので一緒に夕食にすることにして、
パンやら干し肉やら、保存食をあれこれと鞄から取り出すと、
なんとなくモルガナの目が輝いた。

「……誰かと一緒に食事をするのって、久しぶり。しばらく、旅続きだったから」
「ふーん。最近はどの辺を旅してたんだ?」

 クラリッサは、モルガナにパンを手渡しながら訊ねた。
モルガナは「ありがとう」と受け取って、

「ちょっと外国に行っていて、この間、やっと帰ってきたところ。
 ……向こうで、ちょっと面倒なことに巻き込まれたから、
 しばらくは簡単な仕事だけして、ゆっくりしようと思って……」

 焚き火の明かりに揺れる陰影のせいか、
モルガナの顔が、ふと一瞬、歳と疲れを重ねた人のように見えた。

「それで、これから、グリザールに行くつもり」

 そう言って、モルガナは硬いパンにかじりついた。

 グリザールは高級なガラス細工や装飾品が有名な、華やかな街だ。
その街で死霊術師が仕事をするというのは、デューク達にはいまいち想像がつかなかった。
二人がそう思ったのを見て取ったのか、モルガナはかすかに笑って、

「あの街は、お金持ちがたくさんいるから。
 死んでしまった人と話をするとか、そういう簡単な仕事でも、結構礼金を弾んでくれる」

 死霊術師ではない普通の人にも姿が見え、声が聞こえて、
更に生きていた頃のそのままの姿を取れる幽霊になれるのは、実はかなり限られた人だけ
――魔術師や死霊術師、もしくはその素質があった人や、
よほど強い意思や大きな思い残しがあった人など――だ。
 けれど、普通の人には存在を感じ取ってもらえないような儚い魂も、
死霊術師の手助けがあれば、生者と声を交わすことができるのだ。

(死者と話をするって、簡単なことなんだな、この子にとっては……)

 死霊術師なのだから、当たり前といえばそうなのだが……。
モルガナと自分達とでは、見えている世界もずいぶんと違うのかもしれない、
と、デュークはぼんやりと思った。


 分けてもらった保存食を仕舞うために、モルガナが自分の荷物袋を開くと、
その中には、紐で縛って束にした魚の干物がたくさん入っていた。

「なんだ、結構食う物持ってるんじゃないか?」

 クラリッサが覗き込んで言うと、モルガナはうーん、と眉を寄せて、

「これは食糧でもあるけど……
 簡易ゾンビとして使えるから、なるべくとっておきたくて」
「簡易ゾンビ……」

 初めて聞く言葉に、クラリッサはかすかに引きつったような笑みを浮かべて、魚の干物を見た。
まあ、確かにこれも、魚の死骸ではあるわけで。

(だからって、しかし……こんなもんまで武器になるのか。死霊術師恐るべし)

 死霊術師は『妖精のとまり木亭』にはいないし、
今まで冒険中にも出会ったことがなかったが、
これからもなるべく、少なくとも敵には回したくないとクラリッサは感じた。

「……えっと、でも、少しなら……食べていいよ」

 モルガナは魚の干物を一束取り出して、おずおずと差し出した。
クラリッサの後ろで、デュークがこちらを見て目を爛々と輝かせているのに、気がついてしまったのだ。

「モルガナ……! お前、いい奴だな。ありがとう!」

 デュークはクラリッサを押しのけてモルガナの前に駆け寄り、干物の束を受け取った。
尻尾が嬉しそうにまっすぐ伸びている(でも、あまり長くはない)。
 そんなデュークの様子を横目で見て、クラリッサはモルガナに頭を下げた。

「な、なんか、悪いな……」
「いいよ」

 モルガナは笑っている。
なんだか楽しげなので、それなら良かった、と、クラリッサはほっとした。

 三人は焚き火で炙った魚の干物を分け合って食べると、
交代で見張りをしながら休んで、夜を明かした。
モルガナは普段はゾンビか幽霊を呼び出して、何かあったら起こすよう命じて休んでいるらしく、
「こんな風に、『生きた仲間』がいるのって、新鮮」と、なんだか嬉しそうに語っていた。


 そして、次の日の朝。
 約束通り、モルガナに森を抜ける道を教えてもらうと、デュークとクラリッサは荷物を背負った。
モルガナも旅立つ準備を整えている。

「道、わかりそう?」
「ああ、たぶん……大丈夫だろう。世話になったな」

 デュークが笑うと、モルガナは名残惜しそうに二人の顔を見やった。

「私も、ありがとう。食糧も、だけど……楽しかった」

 そう言って、モルガナは少し寂しそうに顔をうつむけた。
デュークはクラリッサと顔を見合わせ、またモルガナの方に向き直ると、

「俺達はルアードの街の『妖精のとまり木亭』で仕事してる。
 機会があったら、寄ってみてくれよ。うちの宿は飯も美味いし」

 それを聞いて、モルガナの目がぱっと輝いた。

「今度、きっと遊びに行くね」
「ああ。待ってるぜ」

 モルガナは、少し背を屈めてクラリッサと握手をして、
それからデュークの手を取り――肉球を揉みはじめた。
「……おーい」デュークが声をかけると、モルガナははっとして手を離した。

「あ……ごめん」

 と、眉を下げて笑う。「気持ちはわかる」とクラリッサがうんうんと頷いた。
 デュークは気を取り直すように、軽く咳払いをして、

「それじゃあ……またな」
「うん。ありがとう」

 デューク達とモルガナは、手を振って別れると、またそれぞれの行く道を歩きはじめた。

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