1.青い宝石の島


 丘陵の街ルアードの『妖精のとまり木亭』の六人の冒険者達は、
今、ルアードを離れ、『青い宝石の島』と呼ばれるキュストーレ島へとやって来ていた。

 大都市サンドリタ南東の沖合いに浮かぶこの島は、数多くの人が行楽や保養に訪れる場所。
『青い宝石』の呼び名の通り、島を囲む海も空も、
大陸の街で見るよりもずっと鮮やかに青く青く輝いている。
植物の緑も濃く、背の高い変わった格好の木――椰子の木が生い茂っている。
日差しも強いが、吹きすぎてゆく風は爽やかだ。

 六人は船から港へと降り立った。
空を泳ぐように大きく輪を描いて飛ぶ、かもめ達の鳴く声と、
船着き場に寄せるさざ波の涼しげな音が聞こえてくる。

「とうとう着いたなあ、キュストーレ!」

 一番に船から降りたシェベットは、
心地良い潮風をいっぱいに吸い込んで、大きく伸びをした。

 今回、この島へとやって来たのは、盗賊である彼の父親――
盗賊ギルドの長から持ちかけられた依頼のためだった。
 盗賊ギルド絡みとはいっても、怪しげな仕事ではない。
島で二日にわたって開かれる祭りの間、
ギルド長の『ちょっとした知り合い』だという人物が経営しているホテルの手伝いをしてほしい、
ということだった。
一行はこれから、街の中心にあるそのホテルへ向かうことになっている。

 ……と、その横に、どこかふらふらとした足取りで歩いてきたのは、
剣士の少年のユーリだった。
彼にしては珍しく、あまり元気がない様子だ。

「ちょっと、船酔いしたかも……」

 ユーリが力なく呟くと、魔術師の少年ラーフラも「……僕もです」と頷いた。
元々あまり顔色が良くないラーフラだが、今は一層青白い顔をして、
持っている魔術師の杖に寄りかかるようにして立っている。

「だ、大丈夫ですか……?」

 そんな二人を、ソラヤが心配そうに見つめている。
ソラヤはエルフの少女で、様々な魔法の使い手。
癒しの魔法も使えるのだが、どうやら船酔いを治す魔法はないらしい。

 船に乗るのが初めてだったユーリは、
同じく初めての船旅だったラーフラやソラヤと一緒に、船からの景色を眺めて、
波間に跳ねる魚の群れやイルカや、船の近くをのんびりと泳いでいる大きな海亀を見つけては、
わいわいとはしゃいでいたのだが……。

 うっぷ、と波打ったユーリの背中を、フィオナがさすってくれた。
赤毛に大きな緑の瞳がかわいらしい少女だが、彼女もまた冒険者。
ひとたび戦闘になれば、腰に括られた長剣を振るって戦う剣士なのだった。

「ソラヤは平気?」

 フィオナが訊ねると、「ええ」とソラヤは頷いた。
なんとなく、まだ波に揺られているような不思議な感覚があるものの、気分は悪くはなかった。

「ホテルへは、そう急いで行かなければいけないこともないんだろう?
 少し休んでから向かおう」

 二人を気遣うように、サニーが言った。
浅黒い肌の彼は、遠い砂漠の国から来た魔法戦士だ。
 サニーは初めてユーリ達と出会ったとき、わけあって武器も何も持っていなかったのだが、
今は腰に曲剣を差している。
前回、初めてユーリ達と一緒に請けた依頼の礼金で買ったものだった。

「そうだな。その辺、座ってろよ」

 シェベットは船着き場から街へと向かう階段に二人を座らせると、
「ちょっと待ってろ」と街の人混みの中へと姿を消した。

 そして、少しして戻ってきた彼は、なにやら手に淡い緑色の葉を二枚持っていた。

「これ、そこの市場にあったんだ。船酔いに効く薬草らしい。
 やっぱり多いらしいぜ、船酔いする奴」

 と、ユーリとラーフラに一枚ずつ手渡す。
 ユーリがもらった薬草を噛むと、薄荷のようなすうっと爽やかな香りが広がって、
なんとなく胸が軽くなったような気がした。

「あっ。なんか、効きそうな気がする……ありがとう」

 その隣でラーフラも、もそもそと薬草を口に入れて、頷いている。
少しだけ表情が和らいだようだ。

 そうしてしばらく休んでいると、気分もだいぶ良くなってきて、
ユーリは立ち上がると、ちょっと肩をすくめた。

「ごめん。もう治ったよ」
「僕も……大丈夫です。いやあ、ちょっとはしゃぎすぎましたかね」

 ラーフラも照れたように頭を掻きながら立ち上がり、ユーリと顔を見合わせて笑った。
フィオナは二人を見て頷いて、

「それじゃあ、ホテルへ向かいましょうか」

 と、街の方へと歩き出した。

 賑やかな市場の脇を通って進んでゆくと、不意に、ぱあっと視界が明るくなった。
 日差しを受けて光るような、白い砂浜がある。
打ち寄せる波の音が、一層大きく聞こえてきた。
青い海は、波間に砕ける陽の光が絶えずきらきらと煌めいて、本当に宝石が光っているようだ。

 ユーリは目を細め、右手をひさしのように目の上にあてて、そちらを見た。
砂浜や、海の中にも、人々の姿が見える。
祭りが近いこともあってか、なかなかの人出だ。
それから、舟小屋だろうか、小さな家のようなものが、浜辺にひとつ建っているのも見えた。

「あんな綺麗な海で泳いだら、気持ちいいだろうなあ」

 ユーリがわくわくと微笑んで言うと、前を歩いていたシェベットがふり返って、

「ホテルで水着を貸してくれるらしいから、
 仕事の合間か終わった後にでも、ちょっと遊んで行こうぜ」
「本当か!」
「ユーリは、泳ぐの得意なんですか?」

 ソラヤが首をかしげて訊ねる。ユーリはぷるぷると首を横に振った。
 ユーリの故郷は寒冷地帯。
村のそば近くを流れる川はあったけれど、一年のうち半分以上は氷が張っているような所だ。
とても水遊びができる場所ではなかった。

「泳いだことないけど、楽しそうだからさ。ソラヤは?」
「私は……森の泉や川で泳いだことはありましたが、
 波があると、また違うんでしょうね」

 ソラヤは眩しそうに海の方を眺めた。
細めた赤い目は、どこかとても遠くを見ているようにも見えた。


 砂浜と、石畳の道を挟んで反対側に、ホテルはあった。
真っ白い石造りの、大きな建物だ。きっと、客室からは島の景色がよく見えるのだろう。

 入り口の脇に植え込まれている、色とりどりの花を見て、サニーが呟くように言った。

「ルアードの街の花も綺麗だったが。
 この島の植物はなんというか、生命力に満ち溢れているようだな」

 植物の力を借りる魔法が得意なソラヤも、その言葉にうんうんと頷いている。
 そのとき、ちょうど風が吹いて、ふわりと花の甘い香りがした。
揺れる花たちが、なんだか得意げに見えて、サニーはふっと花に笑顔を向けた。
砂漠で生まれ育った彼にとっては、
こうして街中のいたるところに草木や花がある様子は物珍しいようだった。

 その横で、ラーフラがホテルを見上げて、なんとなく肩を縮めている。

「……なんだか、いい感じのホテルですね。
 こういうお金持ちっぽい雰囲気、苦手だなあ」
「別に、気にすることはないと思うけれど。
 仕事で来ているんだし、堂々としていればいいと思うわ」

 フィオナはさらりとそう言うと、さっさとホテルへ入って行ってしまった。
ラーフラは慌てたようにフィオナを追いかけ、
ユーリ達四人もその後に続いてホテルへと入った。

(フィオナって……なんだか、頼もしいというか――)

 この子には怖いものはないのだろうか、と、ふとラーフラは考えた。

 ホテルに入ってすぐのホールは吹き抜けになっていて、
見上げると、ガラスの飾りを滝のように連ねた、豪華なシャンデリアが輝いていた。
ぴかぴかに磨かれた床は、花や葉のようなモザイク模様が描かれている。
ホールの中央には、赤や黄色の鮮やかな花々が飾られた、大きな花瓶があった。
 花瓶や柱の傍に、天鵞絨のソファがいくつか置かれていて、
そこでくつろいでいる様子の人達の姿もちらほらと見える。

 と、ソファの一つに腰かけていた人物が、一行の姿を見ると立ち上がり、
笑顔で手を振りながらこちらへと歩いてきた。
日に焼けた肌と、島の花のように色鮮やかな衣装がこの島の住人らしい雰囲気の、
背の高い金髪の女性だ。

「やあ、来たね、ちびのシェヴィ。それに妖精のとまり木亭のみなさん」

 ちびのシェヴィ、と、その女性はシェベットを見て言った。
シェベットは「どうも」となんだか少し照れたように軽く頭を下げた。

 女性はこのホテルの経営者で、フランと名乗った。
「あっちに酒場があるから、話はそこで」と、ホールの奥の方を手で指し示して、
フランは歩き出した。

「『ちびのシェヴィ』?」

 フランの後について歩きながら、ユーリが小声で聞くと、
「ああ、うん」とシェベットは苦笑いした。

「親父の名前が、シェヴロレっていうんだけど。
 親父も俺も、愛称がシェヴィで、俺がちびの方ってわけさ」
「へええ。親父さんの名前をちょっともらってるのか?」

 シェベットは頷いた。
それから肩をすくめて、「まあ、どっちもギルドでの呼び名で、偽名だけどな」と呟いた。

 ホールの先に、色ガラスをはめ込んだ扉があり、一行はその向こうの酒場へ通された。
ブランデーのような琥珀色の明かりがひそやかに灯る、落ち着いた雰囲気の空間だ。

 カウンターの中から、若い男のバーテンダーがこちらを見て微笑んだ。
フランはバーテンダーに、何か適当に持ってきて、と声をかけると、
店の奥の丸いテーブル席に一行を招いた。
テーブルを囲んで並ぶ一人掛けのソファに、一同が座ると、
「じゃあ、改めて」と、フランは六人の顔を見回した。

「シェヴィからも、聞いてるかもしれないけど。
 明日と明後日、この島ではお祭りをやるのさ。
 島の外からのお客さんもたくさん来る。書き入れ時なんだ」

 フランは胸の前で両手の指を組んだりほどいたりしながら話した。

「でも、私が言うのもなんだけれど、このホテルって結構、堅っ苦しい感じでしょう?
 それでも、お客さんは来てくれてるけどね……。
 この酒場なんか、本当は泊まりのお客さんじゃなくても入ってくれていいんだ。
 けど……入りにくい雰囲気って言われてるみたいでね」

 ラーフラは曖昧に頷く。
宿泊客でないのにこのホテルへ立ち入る度胸は、自分にはないな、と思った。

「それで、もっと気軽に立ち寄ってもらえるような小さいお茶屋さんを、
 浜辺でやろうと思ったんだ。お祭りの間だけ、ね。
 もう使われていない舟小屋を借りて改装して、準備はできてる。
 みんなにはそこの手伝いをしてほしいんだよ」
「あっ。さっき、浜辺に小さい家みたいなのがあったけど……」

 ユーリが言うと、「そうそう、それ」とフランは頷いてユーリを指さした。

 そのときバーテンダーがやってきて、細長いグラスをみんなの前に置いた。
海の色によく似た、澄み通った水色のカクテルだ。
氷と一緒に、薄荷の葉や黄色い果物が沈んでいる。
 フランは「ありがとうね」とバーテンダーに告げて、

「『水色のゆりかご』っていうんだ。美味しいよ」

 微笑んで、ユーリ達にカクテルを勧めると、自分もグラスを口に運んだ。

 ユーリは、初めて見る綺麗な水色の飲み物に、ちょっとこわごわと口を付けた。
柑橘風の、すっきりとした味だ。ほのかに薄荷の香りと、果物の甘さが混ざっている。
フィオナやシェベットは慣れた様子で飲んでいるが、
他の三人はカクテルにあまり馴染みがないのか、ユーリと同じように少しずつ飲んでいる。
「美味いな」「うん」「ですね」と六人が頷き合っていると、フランは嬉しそうに笑った。

「――でも、お店の手伝いを何故冒険者に?」

 グラスを置いて、フィオナが訊ねると、フランはきょとんとしてまばたきして、
シェベットの方を見た。

「そこ、話してなかったのかい、シェヴィ?」
「あれ? 言ってなかったっけか?」

 シェベットは腕組みして、首をかしげた。
「聞いてないわよ」と、フィオナが言って、ユーリ達もそれに頷く。
フランは「なるほど」とか「ふーむ」とか、なにやらぶつぶつと呟き、

「……じゃあ、実際に見てもらった方がいいかな。
 ちょっと、ついて来てくれる?」

 と席を立つと、一行に手招きして歩き出した。

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