2.思いがけない出会い


 フランに連れられてやって来たのは、ホテルの中のショップだった。

「これが明日の仕事着。この中からどれでも、好きなのを着ていいよ」

 そう言って、フランが指し示したのは――

「……水着?」
「そう、水着」

 唖然としたような声のユーリに、フランが笑顔で頷く。
 ショップには、華やかな水着がずらりと並んでいた。色合いもデザインも様々だ。
 島の気候的にも、店の場所的にも、水着で働いていても変ではないのだろうが……。

 しばらく、ぽかんとして水着を見つめていたユーリ達の視線が、
ゆっくりと、シェベットの方へと集まる。
「ええとだな」と、シェベットは曖昧に笑って、

「それが、その……親父がよ。
 フランさんが浜辺で茶屋やるって話を聞いて、嬉しそうに俺を呼ぶわけだよ。
 そんで、
 『お前の仲間に、可愛らしいお嬢さんが二人もいるだろ?』
 『彼女達が水着で働いてくれたら、客も増えるに違いねえ。ぜひ行ってやれ』
 ――って。俺はその通りだと思った」
「あのなあ」

 サニーが呆れきった声で言う。「そういうことは、せめて二人には、事前に言っておけよ」

「というか、ギルド長までその調子なんですね……」

 ラーフラがため息混じりに言うと、シェベットはなんだかしみじみと頷いた。

「その辺はやっぱ、血の繋がりがなかろうが、親子ってことなんだろうな……」
「なにをちょっといい話っぽく言ってるんですか。とんだ女好き親子ですよ」

 ばっさりと、ラーフラが言った。そこへユーリがおずおずと口を挟む。

「えっと、でも、フィオナとソラヤが嫌なら、やめた方がいいんじゃ……ないか?」
「そりゃまあ……残念だが、無理にとは言わねえさ」

 シェベットはちょっと眉を下げて、フィオナ達の方を見た。
 フィオナはふう、と軽くため息をつくと、

「あたしは、別にいいのだけれど……ソラヤは?」
「え、ええっと……」

 ソラヤはちょっと頬を赤くしながら、並んでいる水着をちらりと見る。
彼女の普段の服装に比べると、水着はだいぶ肌の露出が多い。

「ちょっと恥ずかしいですけど……。
 その、せっかくの海ですし。嫌ではないです」

 その言葉を聞くなり、シェベットはよっしゃ、と満面の笑顔で拳を握って、
それからすぐに慌てたように手を引っ込めた。
フィオナはそんなシェベットを横目で見やると、ぼそりと呟くように言った。

「でも、まあ、事前に言っておいてほしかったことではあるわね」
「……いや、すまん……」

 シェベットは、申し訳なさそうに肩をちぢこめた。
フランが「お礼は弾むから、勘弁してやってよ」と笑う。

 謝礼は茶屋の売り上げの三割。万が一、客が来なくても、一人三十銀貨。
それから、滞在中の宿は、このホテルの部屋を朝晩の食事つきで貸してくれるそうだ。
「ああ、あと、水着もそのまま持って帰っていいよ」と、
ついでのようにフランは付け足した。

 一行が了承すると、フランはこれから、茶屋で出す料理などの確認の仕事があるそうで、
また後でね、と告げて立ち去っていった。

「……じゃあ、どれを着るか決めましょうか」
「そ、そうですね」

 フィオナとソラヤは水着に向き直った。
 その後ろで、なんとなく手持ち無沙汰というか、少し気まずいような感じがして、
ユーリはサニーと顔を見合わせた。

「ええと……つまり、僕らも水着なんですよね?」

 と、ラーフラが訊ねると、
シェベットは「そりゃあ、もちろん」と頷いて、店の一角を指さした。
女性用のものより数は少ないようだが、男性用の水着が並んでいるのが見える。

「あっ、そうなのか? ……でも」

 ユーリはサニーの方を見た。
サニーは眉をひそめて、首巻きの布を口元まで引き上げると、低い声で言った。

「……私は嫌だぞ。全身傷だらけで、そんな格好はしたくない」

 宿の近くの公衆浴場へみんなで行ったときに、
サニーの身体を見て、ユーリ達は言葉を失った。
服を着込んでいて全くわからなかったが、サニーは身体にも手足にも、
バンダナで隠した額にまで傷があって、背中もまるで鞭を打たれた罪人のようだったのだ。
 その場に居合わせた、事情を知らない街のお爺さんには、
「お若いのに、歴戦をくぐり抜けて来たんじゃなあ」と、感心しきった声で言われて、
サニーは曖昧に笑い返していたけれど……。

「ああ。そうだったな。悪い、失念してた……」

 シェベットはすまなそうに眉を下げて、頭を掻いた。
サニーはそっぽを向いている。
ユーリとラーフラが、困ったように目を合わせていると――
そのとき、一行の背後から声がかかった。

「――ちょっといいかね、冒険者諸君?」

 落ち着いた、大人の男性の声だった。
 ふり返ると、そこには茶色のローブを着た、長い黒髪の、中年とおぼしき男が立っていた。
左目を、伸ばした前髪で隠している。

 その人を見た途端、ラーフラが、ひっ、と息を飲んで後ずさった。
 ラーフラは、やっとの様子で口を開いて――震える声で、言った。

「し……し、師匠……」
「へっ!?」

 ユーリはラーフラと、黒髪の男の顔を交互に見やった。
黒髪の波打つ様子と、真鍮色の鋭い瞳が、なんとなくラーフラと似ている気がした。

(師匠って、『黒い霧のアラカ』……でも、捕まって、処刑されたんじゃ?)

 ラーフラは幼い頃、『黒い霧のアラカ』という悪の老魔術師に拾われて、
その弟子として育てられていた。

 けれど、アラカは警備隊に捕まったはずで――
そのときふと、ユーリの頭に、アラカ捕縛の話を聞いたラーフラが言った言葉が浮かんだ。

  ――ふうん……。捕まえたってのも、幻じゃないといいですがね。

 そう、ラーフラは眉をひそめて言っていた。
アラカは幻術が得意な魔術師だったのだ。

(じゃあ、まさか、本当に……)

 捕まったと見せかけて、幻術で逃げおおせたのだろうか……。
 今、目の前にいる黒髪の男の姿も、老人と呼ぶほどの年齢ではないように見える。
これも幻術によるものなのだろうか。

 シェベットも、緊張した様子で男を見ている。
サニーは事情を知らないながらも、三人の反応を見て、少し警戒しているようだ。

「久しぶりじゃな、ラーフラ。冒険者稼業は順調かね」

 黒髪の男はラーフラを見ると、にっこりと笑った。
 ラーフラはびくっと肩を震わせて、目を丸くした。
冒険者になったことを、知られている……。

「な、何故、それを……」
「弟子のすることくらいお見通しじゃ」

 男はふふんと笑った。
はぐらかすようなその答えに、ラーフラは苦い顔をしたが、
諦めたように小さくため息をついて、

「……師匠は、どうしてここに?」
「もちろん、休養のために決まっておろう。昨日からここに泊まっておったんじゃ」
「そ……そうじゃなくて、その――ご無事、だったので?」

 声をひそめてラーフラが聞くと、男の笑顔が、にわかに冷たい雰囲気に変わった。
けれど、男はすぐにまた表情をやわらげると、
自分に警戒のまなざしを向けているユーリ達に、ちらりと視線を巡らせて、

「どうやら、お友達も儂のことは知っておるようじゃなあ」

 と、肩をすくめた。

「儂はアルハン。……今はそういう名じゃ。
 人に追われて隠れる生活も窮屈になったのでな、以前の儂は世間的には死ぬことにしたのよ」
「……じゃ、やっぱり、警備隊に捕まったってのは……」

 シェベットが口を挟むと、黒髪の男――アルハンは大きく頷いた。

「無論、幻じゃ。
 ――警備隊に居場所を知られたのは、想定外じゃったが……
 誰かが垂れ込みよったのかのう」

 アルハンはそう言って、一瞬、刃物のように鋭い視線を虚空に向けた。
「じゃが、まあ」と、アルハンは笑顔に戻ってひらひらと手を振り、

「今は、こうして保養地を巡ってのんびりしている、ただの老いぼれ――
 いや、もう、そんな姿でもなかったな。
 とにかく……『悪の魔術師』は引退じゃ。そう警戒してくれるな」

 そう言われても……どんな反応をしていいかわからなくて、四人は顔を見合わせた。

「……と、そんな話はいいんじゃ。そこの君」

 と、アルハンは、サニーの顔を見た。

「さっきの話、ちらりと耳に入ったのじゃが。傷がなければいいのかね?」
「……?」

 サニーは怪訝そうに眉を寄せたが、
ラーフラが「あ、」と何かに思い当たったように目を見開いた。
 アルハンは、口の端で薄く笑うと、何か呪文のようなものを唱え始めた。

「おい、何して……!?」

 シェベットが止めに入る前に、アルハンは呪文を唱え終わり、
すっと腕を上げてサニーを指さした。
ぼん、と、小さな破裂音のようなものとともに、白い煙がサニーの身体を取り巻く。

「!」

 サニーは思わず、ぎゅっと目を閉じた。
 白い煙はすぐに消え失せて――サニーはゆっくりと目を開けると、
自分の身体を確認するようにきょろきょろと見回した。
特に、何か変化が起きたような様子はないようだが……。
サニーは、アルハンの顔に視線を向けた。

「な……何をした?」
「腕を見てみい。気に入らなければすぐに解く」

 サニーは服の袖を捲ってみて――息を飲んだ。腕の傷が、綺麗に消えていたのだ。
ユーリも覗き込んでみて、「おおっ」と声を上げた。
 それを見て、アルハンは満足そうに笑い、

「いかがかね。まあ、見せかけだけじゃが」
「え――あ、」

 サニーは目をしばたたかせながら、自分の腕とアルハンの顔とを交互に見やった。

「……見せかけでも、ずいぶん気が楽だ。ええと……ありがとう」
「うむ。全身、消せておるはずじゃ。十日ほどは持つじゃろう。
 せっかくのキュストーレ島じゃ。海遊びも皆でした方が楽しかろう」

 頷きながら、アルハンは言った。

 ユーリはなんだか……この人が悪名高い魔術師とは思えなくて、
ちらっと目だけを動かして、ラーフラを見た。
ラーフラは、困ったような表情を浮かべている。

 アルハンは「用事は、まあ、これだけじゃ」と言うと、
くるりと踵を返して――顔だけ一行の方をふり向いた。

「ラーフラよ。お前はしばらく、冒険者を続ける気かね?」
「そのつもり、ですが」

 ラーフラは、声の調子をかすかに強くして答えた。
この人が現れたときからずっと、「儂の元へ戻って来なさい」と言われたらどうしよう、と、
密かに身構えていたのだが……。

「儂は、今は『三の隠れ家』に住んでおる。もし何かあったら訪ねて来なさい」
「えっ……わ、わかりました」

 どうやら、無理に連れ戻す気もないらしい。
しかし、アルハンが口にした場所は――各所にある彼の隠れ家の一つで、ルアードの街の中だった。
『妖精のとまり木亭』からもそう遠くない。
ラーフラは複雑な気持ちで、浅く頷いた。
 アルハンはふと、ラーフラを見つめる目を細めた。

「久しぶりに顔を見れて、安心したぞ。元気そうで何よりじゃ」

 そう言ったアルハンの声は、やけに優しかった。
なんだかむずがゆいような、変な感じがして、ラーフラはうっと息を詰まらせた。
その横で、ユーリが頭の後ろで手を組んで笑う。

「来るとき、船酔いしたけどな」
「そ、そんなことは言わなくていいんですよ! 一緒に酔ってたくせに!」

 ラーフラは真っ赤になってユーリの背中を叩いた。
アルハンはそれを見て声を上げて笑うと、「ではの」と手を振り、
今度こそ一行に背を向けて、ホテルを歩く人々の中に紛れていってしまった。

「……ええと、」

 アルハンの姿が見えなくなると、サニーが少し遠慮がちに口を開いた。

「詳しい事情は知らないが……。悪い人ではないんじゃないか?」
「あれで、外で酷い事をしているから、気味が悪いんです――でも……」

 ラーフラは首を――横に振りかけてやめたように、少し傾けた。
「……『悪の魔術師』は引退、か」低い声で呟く。
 サニーは、うーん、とうなって、

「まあ、どんな人であろうと、この魔法のことは、私は感謝するよ」

 と、傷の消えた腕を撫でて、かすかに微笑んだ。
 そんなサニーを、シェベットが何かすっきりしないような表情で見ていることに、
ユーリは気がついた。

「シェベット? どうかしたのか?」

 訊ねると、シェベットは「ん……いや」と笑顔になって、

「じゃ、改めて俺達も水着を選ぶか」
「仕方がないな」

 サニーはため息をつきつつも、ちょっとだけ楽しそうな声で言った。

 彼の気持ちが少しでも明るくなったのなら、それは、そのことは、間違いなく良いことだ。
ラーフラはユーリと顔を見合わせて、笑った。

(……僕も、今回はとりあえず、あなたに感謝することにしますよ。師匠)


 各々、水着を選び終えて合流すると、ユーリ達は先程の出来事をフィオナとソラヤに話した。

「ラーフラのお師匠が?
 そう……。ちょっと、姿を見たかったわね」

 フィオナは、少し驚いたように目を丸くして、ちらっとホテルの中へ視線を巡らせた。
けれど、それらしい黒髪の男の姿は見当たらなかった。
ソラヤも、興味がありそうな表情で頷いている。

「このホテルに泊まってるらしいし、また会う機会もあるかもな」

 シェベットはそう言って、「そういや」とラーフラを見た。

「さっきアルハンが言ってた、『三の隠れ家』ってのは?」
「ああ。あの人は、色々な場所に隠れ家を持っているんです。
 『三の隠れ家』は……ルアードにあるんですよ。
 宿からも、そんなに遠くないんです……」

 ラーフラが答えると、ソラヤがにこにこと笑って、

「じゃあ、いつでも遊びに行けますね。
 私も会ってみたいです、ラーフラを育ててくれた人に」

 悪気のない様子でそう言われて
(ソラヤはサニーの傷を消してくれた話を聞いて、アルハンに対して悪い印象はないらしかった)、
ラーフラは「そう……ですね」と、かすかに引きつった笑みを返し――
ふと、先程、シェベットが言っていたことが頭に浮かんだ。

(血の繋がりがなかろうが、親子……)

 あの育ての親に似ている部分が、自分にもあるのかもしれないと思うと、
ラーフラは心の中でがっくりと肩を落とした。

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