3.竜の魔術師の伝説


 フランが用意してくれたホテルの客室へ向かうと
(二部屋も貸してもらえたので、男女で分かれることにした)、
そこはいかにも高級そうな調度品がしつらえられた部屋で、一行は仰天した――
フィオナだけは、涼しい顔で、「良いお部屋ね」と言っていたが。
 窓からの眺めも良く、輝くような島の風景と海が一望できた。
 案内をしてくれた従業員いわく、このホテルで一番等級の高い部屋ではあるものの、
宿泊代もそれに見合ったものなので、祭りの時期でも埋まらないことが多いのだそうだ。

 部屋に荷物を置いたあと、一行は街を歩いてみることにした。
祭りを控えたキュストーレの街は、思いなしか、
そわそわと浮き立った雰囲気に包まれているようだ。

 街の中心の広場は、色とりどりの花で飾られていた。
 今はまだ火の入っていない篝火台に囲まれた、石造りの台座の上に、竜の銅像が立っている。
目の部分には、磨かれた青い石がはめ込まれていた。

「『竜の魔術師を称えて』……これが、お祭りの主役みたいね」

 フィオナが、台座に刻まれていた文字を読んだ。

 遥か昔、『古の大戦』と呼ばれる魔術師達の戦に巻き込まれたこの島に、
その身を竜の姿に変えて戦った、一人の魔術師がいたという。
 明日からの祭りは、ひとり戦い抜き、島と人々を守り抜いた、
竜の魔術師に感謝するためのものなのだそうだ。

「『古の大戦』って、こないだ読んだ本に書いてあったな」

 像を見上げて、ユーリが呟いた。フィオナが頷く。
「せっかく読み書きの練習をしたのだから、読んでみたら」と、
フィオナがユーリにどっさりと渡してくれた本の山。
その中に、『古の大戦』について書かれたものもあったのだ。

 遠い昔、今よりもずっとたくさんの魔術師達がいて、
彼らが築き上げた大きな国が栄えていた頃――
そもそも、魔術師は、人間とほとんど変わらない姿をしていたけれど、本当は別の種族だった。
強い魔力と、長い寿命を持つ、エルフに近い存在だったという。
 彼らは人々を守るために、より世界を豊かにするために、魔法の研究に勤しんでいた。
その頃の魔法は、今とは比べものにならないほど発達していたらしい。

 しかし、あるときから、自分のためだけに魔法の力を求める者達が現れはじめた。
 誰よりも強い魔術師にならんとして、他の魔術師やエルフの命を奪おうとする彼らと、
そんな彼らを止めようとする者達との間で、戦いが起こり……
たくさんの街や国を、そして人々を巻き込む戦争になってしまった。

 やがて戦いが終わった時には、多くの魔術師が命を落とし、
栄えていた国も滅び去ってしまっていた。
 わずかに生き残った魔術師達は、世界中に散り散りになってしまい――
今、魔法の才を持って生まれてくる人々は、彼らの血を引いているのだそうだ。

(竜の姿になって、この島を守った魔術師……)

 ソラヤは竜の像を見上げながら、かすかに体を震わせた。

 彼女は、竜という生き物の強さはよく知っていた。
故郷の森を、魔物の群れを引き連れて現れた、黒い竜に焼かれてしまっていたからだ。
 エルフの魔法でも傷付かない鱗。
美しかった森を、あっという間に灰に変えてしまった、炎の吐息……。

 竜の姿なら――竜の力なら、たくさんのものを守れるのかもしれない。
人の力では、庇いきれないものも。

 どっしりと立つ竜の銅像は、雛を包み込み庇おうとする親鳥のように、大きく翼を広げている。
青いまなざしも、どこか優しげな雰囲気だ。
 けれど……一瞬、竜の像に、あの黒い竜の姿が重なって見えたような気がして、
ソラヤは像から視線を外してうつむいた。


 そのあと、一行は広場を離れると、道に出ていた屋台で昼食を調達した。
挽き肉と、短い麺の入ったパイだ。トマトと香草のソースで味付けされている。

 みんなで石垣に腰かけて食べていたとき、ラーフラはふと、
周囲の人々の中に魔力の気配を感じて、顔を上げた。
 炎のような赤い髪の青年が、こちらをじっと見つめている。
青年はラーフラと目が合うと、かすかに微笑んで会釈をして、人混みの中へと歩き去っていった。

「どうした?」

 シェベットに声をかけられて、ラーフラは「いえ、」と、首を横に振った。

「魔術師らしい人がいて……。もう、どこかへ行ってしまいましたが」
「へえ。祭りの由来が由来だし、魔術師も結構来てるのかな」

 パイをかじりながら、シェベットは頷いた。
 ソラヤがちょっと照れたように笑って、

「他の魔術師から見たら、目立つんでしょうね、私達」
「思いきり、こっちを見てましたよ」

 と、ラーフラも笑う。
魔術師にエルフに、異国の魔法戦士。思わず気配を追ってしまうのも無理はないだろう。

「……ああ、そういえば」

 と、サニーが何か思い出したように口を開いた。

「この島に近付いたときから、気になっていたんだが。
 何か、この島の……どこかからはわからないが、強い魔力を感じないか?」
「あっ、はい。何か不思議な気配がしますよね」

 ソラヤはこくこくと頷きながらそう言って、

「最初に気がついたときは、それよりも二人が心配だったので……」

 と、ユーリとラーフラの顔を見て、少し遠慮がちに付け足した。
 強く、今まで感じたことのない魔力の気配だったけれど、邪悪な雰囲気ではなかったし、
そのとき二人が船酔いで気分を悪そうにしていたので、
ひとまずそちらを気にするのは後にしようと思っていたのだった。

「う。全然、気がつきませんでした――けど」

 ラーフラは顔を上げて、周囲に意識を向けてみた。
島のあちらこちらにかすかに感じる、魔術師達のものらしい魔力とはまた別に――
確かに、何か、とても大きな気配が漂っているのがわかった。

「言われてみれば……。
 なんでしょうね? 人の魔力ではない……ような、気がします」

 ラーフラ達が首をかしげていると、

「マジックアイテムとか? 何か、大戦以前のものが残っているのかしら」

 興味をそそられたように、フィオナが言った。
 シェベットがふーむ、と頷いて、

「竜の魔術師が守ってくれたってんなら、何かありそうだな。
 ――なあ、ご主人」

 と、パイの屋台の主人に声をかけて、そういった話を知らないか訊ねてみると、

「ああ、大戦前の遺跡があるんだよ。魔術師さんは、そういうの、わかるんだねえ」

 屋台の主人は感心したように大きく頷いて、「でも」と腕組みした。

「入り江の岩壁に開いてる洞窟の奥にあってねえ。
 小舟を出せば、行けないことはないんだけど……
 なんだか、大きな石の扉があってね。それがどうやっても開かないんだよ」
「じゃあ、遺跡の中がどうなってるかは、誰も知らないのか……。
 本当に、お宝、あるかもしれないな!」

 ユーリは声を弾ませて――ふと、フィオナと目が合った。
彼女の翡翠色の目が、いつもより輝いているように見える。

(遺跡とか、お宝とか、好きなのかなあ、フィオナ)

 けれど、フィオナはユーリの顔を見ると、はっと我に返ったように、
こほんと小さく咳払いをして、視線を逸らしてしまった。
ユーリは不思議そうな表情でまばたきして、少し首をかしげた。

「お兄さん達は……なるほど、冒険者なのかい。
 もし何かわかったら、教えてほしいねえ」

 と、屋台の主人は笑った。

 一行はホテルに戻る前に、遺跡があるらしい場所へと向かってみた。
 人々で賑わう砂浜から、少し北側へ進んでゆくと、
切り立った崖のような岩壁に丸く囲まれた、小さな入り江があった。

「いかにも秘密の場所、って感じだな」

 辺りを見回しながら、シェベットが言った。
 洞窟は――岩の陰影に紛れて、少しわかりにくかったが、
海に向かってぽっかりと口を開いているのが見えた。

 ユーリはふと、以前一緒に冒険をした、宿の仲間のことを思い出した。

「クロシュは、ここのことは知ってるのかな」
「あんまり、人のたくさんいる場所は好きじゃないらしいから、
 来たことないかもしれないな。教えてやったら喜びそうだ」

 シェベットが笑う横で、「クロシュ?」と、サニーが首をかしげた。

「サニーは、まだ会ったことがなかったわね。
 うちの宿の冒険者で、そういう人がいるの」

 クロシュは、遺跡の探索や調査が好き……というか、
それ以外の仕事には興味がないらしい、エルフの弓使いの男だ。
『妖精のとまり木亭』を拠点にしてはいるけれど、あちこちの遺跡を巡って旅をしているので、
あまり宿に帰ってくることはないのだった。

 フィオナの言葉に、サニーがふむふむと頷いていると――
 そのとき、洞窟の方から、かすかに何かが聞こえてきた。

 ごう……ごう……と、低く低く、ゆっくりと、空気を震わせる音。

 六人が洞窟の方をじっと見て、耳をそばだてていると、やがてその音は不意に途切れた。
見える限りでは、洞窟に変わった様子はない。

「……今の……なんだろう?」

 ユーリがぽつりと呟く。
 波や風の音が洞窟の壁に跳ね返って、あんな響きになっていたのだろうか?
……それにしては、突然聞こえ出し、そして止んでしまったのが不思議だが……。
 歯がゆそうに、シェベットが足を踏み鳴らした。

「調べに行きてえなあ。すぐそこに見えてるのに」
「……絶対、何かありそうですよね」

 ラーフラがささやくように言って、一同は頷き合った。

 それからしばらく、その場で様子を見てみたが――
洞窟はそれきり静まり返ったままで、
なんだかもどかしさを感じながらも、六人はその場を離れた。


 ホテルの中のレストランで、六人はフランと一緒に夕食の席を囲んだ。
 テーブルには、イカとハムのパスタや、魚と茸の酢漬け、
エビがたっぷり入ったサラダなど、新鮮な魚を使った料理がずらりと並んでいる。
ルアードの街では、港のあるサンドリタが近いとはいっても、
ここまで新鮮な魚はなかなか食べられない。

 みんなでおいしくいただきながら、洞窟で聞いた音のことを話すと、フランは笑った。

「ああ、『竜のいびき』を聞いたんだね」
「竜の……いびき?」

 シェベットが聞き返すと、フランはひらひらと手を振って、

「いや、本当のところはなんの音なのか、わかっていないんだけどね。
 でもなんだか、いびきみたいな音だったでしょう。
 今も竜の魔術師があの中で眠っていて、時々いびきをかいてるのかもね、って、
 島の人はそう呼んでるんだよ」
「なあるほど」

 確かに、いびきのような音だったかもしれない。みんなは笑いながら頷いた。

 でも、『古の大戦』があったのは、千年近く前のこと。
エルフの寿命だって、五百年ほどなのだ。
長く生きたという古代の魔術師でも、さすがにもう生きてはいないだろう。
きっと島の人々も、それはわかっているけれど、そんな風に呼んでいるのだ。

「洞窟が気になるのなら、舟を貸すよ。
 せっかく来たんだ。ぜひ、色々、見て回って行きなよ」

 フランの言葉に、六人はわっと沸いた。
 どうやっても開かないという石の扉や、不思議な音の謎を解く自信があるわけではないけれど、
やはり一度、自分達の目で遺跡を見てみたかった。

「仕事が終わったら、行ってみようぜ。ありがとう、フランさん!」

 ユーリがテーブルに身を乗り出して言うと、フランは楽しそうに微笑んだ。

「どういたしまして。仕事の方も、よろしくね」


 夕食のあと、六人はホテルの地下の広い浴場に入って、部屋へと戻ってきた。
 びっくりするくらいふかふかのベッドの上で、転がってはしゃいでいたユーリが、
ふと静かになったと思って見てみると、もうすやすやと寝息を立てているのだった。
シェベットは苦笑して、ユーリに布団をかけてやりながら、ちらりとサニーの様子を覗き込んだ。
いつの間にか、彼も眠ってしまっている。

「……あのさ」

 と、シェベットが呟くように言った。
ランプの明かりで本を読んでいたラーフラが、顔を上げた。
 シェベットは、頭を掻きながらラーフラの方をふり返り、ちょっとサニーの方に目線を動かして、

「俺、あいつの傷……普通に、見えたんだけど」
「本当ですか?」

 ラーフラが驚いたような声を上げる。
 シェベットは頷いた。
アルハンが魔法をかけた後も、シェベットには、前と同じにサニーの腕の傷が見えていた。
サニーもみんなも喜んでいたから、水を差してしまいそうだと思って、
あの場では黙っていたのだが……。

「あの人の幻術が効かないなんて。
 そんなの、相当強靭な精神力の……持ち主でもないと……」

 言いながら、ラーフラはなんだか胡乱げな視線をシェベットに向けた。

「なんだよ、その目は?」
「いやあ……とても、その、強靭な精神力の持ち主には見えないというか……」

 シェベットはラーフラの頬を掴んで、横に引っ張った。
「じょ、冗談! 冗談れす!」とラーフラがじたばたすると、
シェベットは手を離してくれた。

(普段の雰囲気からは、わからないものですねえ)

 少し赤くなった頬をさすりながら、ラーフラはこっそりと思った。
そんなことを口に出すと、また頬を引っ張られてしまいそうだ。

 幻術は、相手に幻を見せる魔法。
幻に惑わされないような、強い精神力の持ち主には通じないのだ。
それから、そもそも精神――心を持っていない、ゾンビなどにも効果がない。

「サニーの――あの宝石を見ても大丈夫だったのも、それでかもしれませんね」

 思い出したように、ラーフラは言った。

 サニーは、身体から流れ出た血が宝石になってしまう、という呪いにかけられている。
しかも、それはただの宝石ではなくて、
見た者の欲望を煽り狂わせる魔力を宿す、恐ろしい代物なのだった。
その宝石のせいで、サニーは以前の冒険者仲間達を失い、
故郷から遠く離れたルアードに流れ着くことになった。

 けれども前回の冒険の最中、シェベットはその宝石を見てしまっても、けろりとしていた。
もしかすると、血の宝石の魔力も、精神力の強さで抵抗できるものなのかもしれない。

「そう……か。
 精神力、なあ。いまいち、ピンと来ねえけど」

 シェベットは腕組みして、首をひねった。

「でもまあ、効いてないのは事実ですし、そういうことなんでしょう。
 ……ってことは、あの人の姿も、小さい爺さんに見えました?」
「ん? いや、黒い長い髪の……せいぜい、おっさんってとこだったが」
「えっ?」

 今度は、ラーフラが首をかしげる番だった。

「じゃあ、あれは――幻術で姿を変えてるんだと、ずっと思ってましたが……」

 小柄な老人の姿の『アラカ』、長い黒髪の男の姿の『アルハン』――
他にも別の姿と名前を持っているのかもしれなかったが、
ラーフラが知っているのはこの二つだった。

 元々が『アラカ』の姿で、幻術で『アルハン』になっているのだと、
ラーフラは思っていたのだが……。
どうやら、シェベットの目にも、『アルハン』の姿が映っていたようだ。

「幻術じゃなくて、『変身』してるんじゃないのか?
 古代の魔術師が、竜になったのとかと一緒で」
「たぶん……違います。
 見せかけだけじゃない、本当の『変身』って、竜に限らず、とても難しい魔法なんですよ。
 今の魔術師には……例えあの人でも、できるかどうか……」

 ラーフラは難しい表情で、首を横に振った。

(じゃあ……小さい爺さんの方が、幻の姿なんじゃないのか?
 さっき見たのが、本当の姿で――……)

 そこまで考えて、シェベットは、ふと、あることを思いついたけれど……。
それを口にするのは止しておいた。
なんとなく、ラーフラが喜ばなそうな考えのような気がしたのだ。

(……また、アルハンに会ったら、聞いてみるかな)

 そして、まだぶつぶつと何か呟きながら考え込んでいるラーフラの頭を、ぽんぽんと叩いた。

「まあ、なんだ。
 ひときわ念入りに魔法をかけてて、俺にも効いてるのかもしれねえさ。
 ――そろそろ、俺達も寝ようぜ」

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