6.本当の姿


「戦いが終わったあと……少しだけ眠って、休もうと思ったんだよ。
 それなのに、千年近く経ってしまったなんて……」

 竜の魔術師マクシミリアンは、額に手をあててうめいた。

「たぶん、竜の姿のまま眠ったせいだ。
 とても疲れていて、魔法を解くのも、億劫だったから……。
 竜にとっては、千年なんて、ちょっと寝て起きるくらいの時間なんだろうね」
「竜って、そんなに長生きなのか……」

 ユーリは呆然と呟いた。
ユーリには、千年どころか百年だって、途方もない長さのように思えるのに。

「今まで、一度も目が覚めなかったんですか?」

 ラーフラが訊ねると、
マクシミリアンは「ああ――いいや、」と、頷きかけて、かぶりを振った。

「時々、うとうとしながら、海鳴りの音や……街のざわめきも聞いたような気がする。
 戦いの後の、宴でもしているんだとばかり思っていたよ。
 島が今も賑やかなのは嬉しいけれど、
 そんな……僕の、お祭り? そんなことまでやってるだなんて」

 恥ずかしそうに、マクシミリアンは顔を両手で覆ってしまった。
 今も、ここにいてもかすかに、祭りの楽の音が聞こえてくる。

「せっかくだし、ミリアンさんもお祭りに行こうよ!
 本物の『竜の魔術師』が来たら、島の人達も喜ぶんじゃないか?」

 ユーリがそう言うと、マクシミリアンはさあっと青くなって、ぶんぶんと首と手を振った。

「だ――だめだよ!
 こんな僕が、伝説の魔術師本人です、なんて出て行ったら、みんながっかりする……」
「そうかなあ」
「そうだよ。
 僕は、そりゃあ、竜に変身することはできたけれど……。
 それ以外は、ねぼすけでいびきがうるさくて、いつも行動が遅いって怒られるような、
 さえない魔術師だったんだ。
 例えば……島の人に、『伝説の竜の魔術師』がどんな人だったと思うか、
 聞いてみたとして……。
 みんなが想像する『竜の魔術師』と、本当の僕とは、かけ離れてしまっていると思うんだ」

 そう言われてみれば……ユーリも確かに、島を救った伝説の魔術師、と聞いて、
非の打ち所がないような英雄の姿を、無意識にぼんやりと想像していたかもしれない。

 マクシミリアンの言葉を聞いていたサニーが、ふと思い立ったように言った。

「いびきがうるさい、って……。
 もしかして、あれは本当に『竜のいびき』だったのか?」
「えっ?」

 遺跡の中から時折聞こえてくる謎の音が、
島の人々に『竜のいびき』と呼ばれていたことを教えると、
マクシミリアンは今度は顔を真っ赤にして、頭を抱えてうずくまってしまった。

「ああ……もう、恥ずかしい」

 どうやら……島の人々が冗談のように言っていたことが、ずばり正解だったようだ。
ユーリ達は顔を見合わせて、ちょっと苦笑いした。
マクシミリアンも、よろよろと立ち上がりながら苦笑して、ため息をついた。

 ――彼だけではなく、伝説や歴史に名を残したような人達も、
みんなどこかに情けなかったり、ちょっと抜けたようなところがあったのかな、
と、こっそりとユーリは思った。
 伝説の中の人と考えると、とても遠い存在のような気がするけれど、
みんな普通に、笑ったり悩んだりしながら、同じ世界で生きていた人なのだ。

(選び取っていった道が、たまたま後の世に伝わるようなことになっただけで……)

 そう考えると、なんだか不思議な気もした。
 もしかしたら……ユーリ達も、
いずれ歌や伝説に語られるような冒険に出ることになったりするのかもしれない。

「あの、」

 と、口を開いたのはソラヤだった。

「私は……竜が怖くて。
 伝説を聞いても、広場の像を見ても、ずっと怖かったんです。『竜の魔術師』のことが。
 けれど、今、お話を聞いていて、ミリアンさんのことは怖くないって思いました。
 私は、『伝説の竜の魔術師』より、本当のミリアンさんの方が好きだなって」

 ソラヤはにこっと笑った。シェベットが腕組みして頷いて、

「いびきやら何やらは、むしろ親しみを覚える部分、って感じだが。
 ここに吟遊詩人がいたら、『竜のいびき』の話はいい歌になったんじゃないか」
「あ……ありがとう。歌は勘弁してほしいけど……。
 そうだね。そんな風に思ってくれる人もいるかもしれない。
 でも……やっぱり、名乗り出るのはやめておくよ。みんなの――
 夢を壊す、って言ったら大げさだけど、『伝説の人』の像に水を差すのも悪いし。
 なにより、お祭りの主役扱いされるのは、恥ずかしいからね」

 マクシミリアンは照れくさそうに笑った。

「だけど、お祭りは見てみたいな。今の島の様子も……」

 呟くように言って、マクシミリアンは遺跡の外を見た。
どこか、もっと遠くを見るようなまなざしで。


 ひとまず一行は舟で街に戻ることになり、
マクシミリアンも後からこっそり街へ来ることにした。
彼は竜に変身しなくても、空を飛ぶ魔法を使えるらしい。
そのことに、ラーフラ達が驚いていると、マクシミリアンもびっくりしたような顔をして、

「そうか。今では失われてしまった魔法もあるんだね……。
 何か君達の役に立つことがあれば、教えてあげたいけど」
「本当ですか?」

 ラーフラ達の表情が輝く。
古代の魔術師に出会っただけでなく、失われた魔法の知識も分けてもらえるなんて、
幸運なんて言葉では片付けられないくらい、とても貴重な出来事だ。
 マクシミリアンは笑顔で頷いた。

「もちろん。この建物の中も、よければまた改めて案内するよ」
「この建物といえば……入り口の扉は、どういう仕組みで開くようになっているの?
 今まで、誰にも開けなかったそうなのだけれど。
 どうして、あたし達には開けたのかしら? ……あたし達が開いたのかしら?」

 フィオナが聞くと、マクシミリアンは不思議そうにまばたきした。

「ここは、魔術師であれば自由に出入りできるようになっているはずだよ。
 ――戦が終わる頃には、島の魔術師は僕だけになってしまっていたけれど……
 でも、それからずっと誰にも開けなかった、っていうのは、どうしてかわからないな」

 と、マクシミリアンは言った。

 この遺跡は、元々は島の魔術師達の研究施設だったらしい。
部屋の壁をよく見ると、入り口の扉にあったものとよく似た紋様が刻まれた部分がいくつかある。
あれらも扉で、書庫や休憩室、倉庫などに続いていて、
それから……地下には、戦で命を落とした魔術師の墓所もあるそうだ。

「魔力に反応して開く、ってことでしょうか。
 ……じゃあ、もしかして」

 ラーフラはサニーとソラヤの顔を見た。

「私達三人でやっと、古代の魔術師一人分の魔力になったということか?」
「すごいですね……。あの強い魔力も、ミリアンさんのものだったみたいですし」

 サニーが呆気に取られたように言って、ソラヤも感嘆のため息をついた。
 マクシミリアンの魔力は――今は、竜の姿でいた時ほど強くはなくなっていたけれど、
それでも、並みの魔術師とは段違いだった。

「強ければいいというものでも……ないよ」

 と、マクシミリアンはなんとなくばつが悪そうに頭を掻いて、

「――書庫や倉庫にあるものは、自由に見てもらって構わないよ。
 古すぎて、だめになっているかもしれないけど……」
「おお。こりゃ、いよいよクロシュも呼ばないと、後でぶっ飛ばされるな」

 顎に手をやって、シェベットが言った。「遺跡が絡むと、怖いんだよな、あいつ……」

 クロシュに黙って『抜け駆け』はできないということで、
遺跡を見たり昔の話を聞かせてもらうのはまた今度にすることにして、
一行は遺跡を後にした。


「あっ、おかえりなさい! 二人とも、無事でよかった……!」
「――えっ!?」

 茶屋に戻ってきて――ユーリは自分の目を疑った。
 ソラヤがもう一人いて、茶屋で忙しそうに働いていたのだ。

 もう一人のソラヤは、こちらに駆け寄ってくると、
ユーリとフィオナを見て安心したようにため息をついた。

「もういいですよ、師匠」

 冷めきった表情と声で、ラーフラが言った。

(師匠? じゃあ、まさか、こっちのソラヤは――)

 ユーリが改めてもう一人のソラヤを見ると、彼女はにやりと口の端を歪めて笑った。
ソラヤらしくない表情だ。

「結構、雰囲気が出ていたと思わんか? 今の台詞」

 そう言った声は、もうソラヤのものではなく……
昨日ホテルで出会った、ラーフラの師匠アルハンの声だった。
幻術でソラヤの姿に化けているのだ。
 本物のソラヤが、うんうんと頷いて、

「言いそうです。というか、そんな感じのこと、言ったような気がします」
「そうじゃろう」

 ソラヤの姿のアルハンは、得意そうに胸を張って笑った。

「……そっくりだなあ」

 ユーリは目を丸くして、二人のソラヤの顔を見比べた。
声と表情の雰囲気の差がなければ、どちらが本物か見分けがつかない。
 ラーフラが「ああもう」と足を踏み鳴らすようにして、

「いいから、もう戻ってくださいよ! ものすごく目立ってます……!」

 小声でそう言って、ちらりと茶屋の中に視線を走らせた。
客達がこちらを見て、「双子?」「美人の双子だなあ」と、ざわついている。
 アルハンはちょっと肩をすくめると、厨房の裏へと引っ込んでいった。
向こうで魔法を解いてくるのだろう。

「さっき、お前達を迎えに行く準備をしていたときに、アルハンが来てな。
 客として来てくれたんだが……
 ちょうどよかったから、私達の代わりにここを手伝ってもらうことにしたんだ」

 と、サニーが教えてくれた。

 手伝いを頼むと、アルハンは少し驚いたようだったが、事情を話すと頷いて、
「どうせ給仕をするなら、華のある方が良いじゃろう」と、
幻術でソラヤの姿になってみせたのだという。

「俺も、ソラヤが二人いるところ、ちょっと見てみたかったな。さぞかわいかろうよ」

 シェベットがぼそりと言った。彼にはやはり、アルハンの幻術は効いていないらしい。
ラーフラは口を尖らせて、

「見た目が変わったところで、中身は結局あの人ですよ。
 ソラヤは一人で十分……、」

 かわいいですよ、と言いかけて、ラーフラは言葉を飲み込んだ。
「十分……なんだ?」と、シェベットがなんだかにやにやしながら顔を覗き込んできて、
ラーフラは無言でシェベットの背中をはたいた。
ソラヤは不思議そうに二人のやりとりを見ている。

 そこへ、元の姿に戻ったアルハンが帰ってきた。

「そっちのお嬢ちゃんとは、初めましてじゃったな」

 と、アルハンはフィオナを見た。

「ええ。色々と、お話は伺ってたわ。あたしはフィオナよ」
「フィオナか。ラーフラが世話をかけるじゃろうが、よろしく頼む」

 にっこりと笑うアルハンに、フィオナは頷いて、

(なんだか……本当に、師弟というより親子のよう。
 顔も似ているから、余計にそう感じるのかしら)

 似ている、と言うとラーフラが嫌がりそうな気がして、口にするのはやめておいたが、
何も知らずに二人が並んでいるところを見たら、間違いなく親子だと思ってしまうだろう。

「ところで。一働きした分、儂には報酬か何か……ないのかのう?」

 アルハンにちらりと視線を向けられて、ラーフラは観念したようにため息をついた。

「……わかりました、奢りますよ。
 新鮮な蛸とか、活きの良い蛸とか、捌きたての蛸とかの料理がお勧めです」
「……他にないのか? まあ、蛸で構わんが」
「はい、かしこまりました。じゃあ、仕事に戻るとしましょうか」

 一行は厨房の方へ向かおうとして――シェベットが、ユーリとフィオナを止めた。

「二人は飛ばされたり流されたりで大変だったろ。休んでな」
「……そうするわ。少し疲れたかもしれない。悪いわね」

 フィオナはそう言うと、近くの空いていた席に、すとんと腰を下ろした。
ユーリもその隣に座ると、シェベットを見上げる。

「俺は、ちょっと腹減ったよ。何かあったかいものが食いたいな」
「わかった。蛸のスープでも持ってくるか」
「やっぱり蛸なのね。……あたしにもいただける?」

 シェベットは「よしきた」と頷くと、注文を伝えに厨房の方へと歩いていった。

 アルハンが「ここ、良いかね」と、二人のテーブルの向かいの椅子に手をかけて、
どうぞ、と二人が頷くと、アルハンは椅子を引いて席についた。
テーブルに肘をついて、組んだ両手の上に顔を乗せるようにして、二人を見ると、

「君達は、ラーフラと歳が近そうじゃな」
「あっ。俺とラーフラ、同い年だよ」

 同じ日に冒険者になって、歳も一緒なんて、と、
なんだかとても嬉しく思ったのを、ユーリはよく覚えていた。
ちなみに、フィオナはユーリ達より一つ年上だ。

「ほう、そうか。
 あの子は――儂のせいで、世間から隠れるような生活じゃったから、友達がおらんでの。
 よかったら、仕事仲間としてだけではなく、仲良くしてやってくれると嬉しいんじゃが」
「もちろん!
 俺も、故郷では同い年くらいの友達っていなかったんだ」

 ユーリが明るく答えると、アルハンは嬉しそうに頷いた。

「さっきも思ったのだけれど、あなたとラーフラは本当に親子みたいね」

 フィオナが言うと、アルハンは驚いたように眉を動かして、
それから、「そうかね?」と楽しげに笑った。
 そこへシェベットが戻ってきた。
「ほい、お待ち」と、ユーリとフィオナの前にスープの皿を置く。

「ありがとう」
「やった。――変な色の蛸だったのに、美味そうになってるな」

 温かく湯気の立つ、トマトのスープだ。
小さく切られた蛸の身と一緒に、香草や豆も入っている。
蛸の色も毒々しい紫から、赤みがかった色に変わっていて、普通に美味しそうだ。
 シェベットは笑って、

「蛸はまだまだあるから、もっと食ってくれていいぞ。
 そっちはもうちょっと待っててくれ」

 後半はアルハンに向かって声をかけて、アルハンは、うむ、と頷いた。
 シェベットはふと、アルハンの顔をじっと見た。

「……そういや、ひとつ聞きたいことがあるんだが。
 あんた、ひょっとして――」

 言いかけたとき、ラーフラが料理をお盆に載せてやって来て、シェベットは口をつぐんだ。
ひらひらと手を振る。

「まあ、また今度でいいや」
「ふむ……?」

 少し怪訝そうに頷くアルハンの前に、ラーフラがどかっと料理の大皿を置いた。
米に、肉や野菜と一緒に、ぶつ切りにした蛸の身や脚を混ぜて炊き込んだらしいご飯だ。
 アルハンはぎょっとしたように目を剥いた。

「美味そうじゃが、なんだか……多くはないか?」
「僕らも軽く食べますので」

 そっけなく答えて、ラーフラは取り分けるための大匙と小皿を置いた。
そしてラーフラはアルハンから少し離れたところに座り
(アルハンがほんの一瞬、寂しそうな表情をしたのを、ユーリは見た)、
シェベットも席についた。

「今日の仕事はもう上がりでいいって、フランさんが。
 『蛸狩り』で疲れたろうから、って」

 ソラヤとサニーも、飲み物などを持って来て、

「それじゃあ、今日は――波乱の一日だったけれど。とりあえず、お疲れ様でした」

 フィオナの言葉に続いて、一同はお疲れ様、と、グラスをぶつけ合った。

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