7.水色のゆりかご


 ユーリ達は、一足先にホテルへ戻るというアルハンを見送った後、
茶屋の閉店準備を少し手伝った。

 そうして茶屋を出た頃には、
太陽が辺り一面を金と紫に染めながら、海に沈んでゆくところだった。
影絵のようなかもめ達が、夕暮れの空を舞っている。

「きれいだなあ……」

 一行はしばし佇んで、夕陽を眺めた。ユーリが仲間達をふり返る。

「ミリアンさんは、もう街に来てるかな」

 ユーリ達が砂浜の店にいることは伝えておいたのだが、
今日は結局、彼は姿を見せなかった。
「そうね……」と、フィオナが少し首をかしげるようにして、

「大戦以来の街でしょう。あちこち、見て回っているんじゃない?」
「お祭りを見たいって、言ってたもんな。俺も、広場の方に行ってみようかな」

 通りには篝火が焚かれて、赤い灯りの道が、竜の像のある広場の方へと続いていた。
そちらへ向かって歩いてゆく人の姿も多い。

「そんじゃ、こっから各自、自由行動にするか?
 祭りへ行くなり、ホテルに帰るなり」

 シェベットがそう言って、みんなは頷いた。

「僕は一旦、ホテルに戻ろうかと。夕食をいただいてきます!」

 ラーフラは、なんだか力のこもった声で言った。
シェベットは呆れたような顔でラーフラを見る。

「今食ったばっかりで、また食うのかよ?」
「あれじゃ足りませんよ!
 それにせっかくの朝晩食事つき、いただかないともったいないです」

 ラーフラはぐっと拳を握って力説すると、ホテルの方へと早足に歩いていった。
フィオナがその後ろ姿を見つめながら、

「あたしも、とりあえずホテルに戻ろうかしら。お風呂に入りたいわ」
「あっ、私も……。
 それと、クロシュに連絡もしてみますね」

 フィオナとソラヤもホテルに戻るらしい。ユーリは「ええっ」と声を上げた。

「みんなホテルに帰っちゃうのか?」
「俺達は行くぞ、祭り」

 と、シェベットががしっとサニーの肩に腕を回した。

「勝手に私を数に入れるな」

 サニーは顔をしかめて、シェベットの腕を振りほどいたが、
「……まあ、行く気ではあったが」とぼそりと付け足した。

「じゃあ、一緒に行こうよ!」

 にこにことユーリに言われて、サニーは思わずといった様子で頷き
――隣でにたにたしているシェベットに気がつくと、小さくため息をついた。


 ユーリ達はフィオナとソラヤと別れて(彼女達も後で祭りを見に来るらしい)、
広場へと向かった。
 すっかり陽も落ちて、空の端に残っていた茜も、だんだんと夜の色へ染まってゆく。
時折、火薬の炸裂する音がして、空に花火が打ち上がった。

 広場の竜の銅像の傍には、なにやらたくさんの人々が集まっていた。
 近付いてみると、そこには花で飾られた舞台が作られていて、
『竜の魔術師』の伝説の、人形劇が上演されているのだった。

 そして、古代の魔術師の活躍劇を見つめる人々の片隅に、マクシミリアンが立っていた。
彼はユーリ達に気がつくと、やあ、と片手を挙げて笑った。
辺りの篝火で照らされている以上に、頬が赤いのがわかる。

「ミリアンさん、来てたんだな! お祭り、楽しいか?」
「う……ん。思った以上に、盛大なお祭りだったよ」

 劇の邪魔にならないように、ユーリとマクシミリアンは小さな声で話した。

「顔を見るまで、全くわからなかった。魔力の気配を隠せるのか?」

 サニーが驚いたように訊ねる。

「ああ。魔力を遮蔽する結界を、自分の身体に張っているんだ。
 なんだか目立ってしまいそうだったからね」
「なるほど……」

 マクシミリアンの魔力の強さは、今の時代の魔術師達とは比べものにならない。
そのまま出歩けば、いくらこっそりと祭りに紛れようとしても、
他の魔術師からは、只者ではないことがわかってしまうだろう。

「――ところで……この劇の出来は、どうなんだ?」

 と、シェベットがささやくと、マクシミリアンは苦笑して、

「ええと、まあ、さすが伝説の人って感じだね。
 とてもかっこいいと思うよ。僕もあやかりたいくらいだ」

 やはり、劇の中の『竜の魔術師』と、本当の彼とでは、
違う部分が少なからずあったようだ。

 劇の終わりで、島を救った『竜の魔術師』は、いずこかへ飛び去っていった。
 自分がここにいることで、また魔術師達の争いに巻き込まれてしまうかもしれない、と、
一人きり島を離れて、どこか遠くへ行くことに決めた――という筋書きだった。

  ――けれど、僕はいつでもこの島を見守っている。だって、ここが僕のふるさとなのだから。
  どんなに離れていても、どんなに時が経っても、この島と、島のみんなを想っているから……。

  ――そう言って、竜の魔術師は翼をうち、遥かな遠い空に向かって飛び去っていったのでした。

  ――ありがとう。私達もずっと忘れないよ。
  あなたのことを、あなたが守ってくれたものを、これからもずっと!

  ――いつでも帰ってきてね。あなたのふるさとに! いつまでも、待っているよ!

  ――島の人々は大きく手を振って、いつまでもいつまでも、彼の姿を見送っていました。

 劇の台詞を聞いて、マクシミリアンは、はっとした表情を浮かべた。
歓声と拍手の中、下りてゆく幕をじっと見つめていた。

 観劇していた人々がぱらぱらと立ち去りはじめた頃、
マクシミリアンは涙をぬぐうように目元に手をやると、
ユーリ達を見て照れたように笑った。

「やっぱり、嬉しいな。
 キュストーレが今もこんなに賑やかで、僕がしたこともみんな忘れないでいてくれて。
 僕の間抜けな人となりはともかく……、
 島とみんなを守りたかった気持ちは、伝わってるみたいだ」

 花火が上がり、空に大輪の光の花を咲かせた。
 ユーリ達もマクシミリアンに笑い返してみせた。
シェベットが、食べ物の屋台の並ぶ方を指さして、

「何か奢るぜ、ミリアンさん。ふるさとの味でも、新しげなうまいもんでも」
「いいのかい? 助かるよ。
 ……実はお金を持ってくるのを忘れて、一旦帰ろうかと思ってたところだったんだ」


 屋台で挽き肉や海老の包み揚げを買い込んで、
マクシミリアンと一緒に食べたりしていると、フィオナ達三人がやって来た。
 フィオナはマクシミリアンに軽く会釈して、
包み揚げをぱりぱりと頬張るユーリ達を見回した。

「結局、あなた達も食べてるんじゃないの」

 と、フィオナは呆れたような声色で言った。
シェベットが笑って包み揚げを一つ差し出す。

「買い食いは祭りの醍醐味だぜ。フィオナもどうだ?」

 フィオナが「今はいいわ」と言った横から、ラーフラがそれをかすめ取って口に入れた。

「美味しいですねえ」
「ラーフラ、ホテルで夕飯食ってきたんじゃ? まだ食えるのか?」

 ユーリが訊ねると、ラーフラは包み揚げを飲み込みながら、

「ええ、もちろん。見くびってもらっては困りますよ」
「うん。すごいと思う……」

 苦笑するユーリと、なんだか得意げなラーフラを横目に、フィオナが言った。

「クロシュもこっちに来るそうよ。すぐ向かうって」

 ね、と、ソラヤの方を見る。ソラヤは頷いて、眉を下げて笑った。

「はい。到着まで、まだ何日かかかるみたいなんですが……。
 ええと、『俺が行くまで、絶対に勝手に探索するなと伝えておけ』とのことでした」

 キュストーレ島に遺跡があったことを教えると、彼はすぐにそっちに行くと即答して、
念を押すように、低い声でそう付け加えたのだった。
 シェベットは楽しげなような、どこか呆れたような笑顔を浮かべた。

「ははは。さすがだなあ、クロシュは……。
 ――ミリアンさん。そんなわけで、ちょっと変な奴が来るが、よろしく頼む」
「うーん。遺跡として面白いかどうか、わからないけど」

 と、マクシミリアンは苦笑混じりに笑った。

「私達は、それまでここにいていいのか?
 依頼はとりあえず、明日で終わりだろう」

 サニーがそう言うと、シェベットが頷いて、

「ああ。滞在費なんかは、何日か分くらいならウチで持てるしな。
 せっかくだし、俺達も遺跡の中を見させてもらって行こうぜ」

 ウチ、というのは盗賊ギルドのことだ。
祖国の盗賊ギルドにあまりいい思い出がないサニーは、
なんだか複雑そうな表情を浮かべたが、小さく頷いた。

「よし、それじゃあ、もう少し屋台巡りでもするか?」

 シェベットはぱしっと腿を叩き、弾みをつけて立ち上がった。
「ぜひとも!」と、ラーフラが力強く頷く。
 一同は、祭りの人波の中へと歩き出した。


 そして、次の日も、ユーリ達は茶屋で慌ただしく働いていた。
 昨日の『海の悪魔』こと蛸を退治した冒険者達が働いているということと、
ついでに蛸自体も美味しく食べられるらしい、という話が広まったようで、
茶屋には昨日以上にたくさんの人々が訪れている。

 そんな中、マクシミリアンが姿を現した。

「ミリアンさん。いらっしゃいませ。来てくれたのか」

 手の空いていたサニーが、彼の元へ向かった。

「昼食、いただこうと思って。今日はちゃんとお金も持って来たよ」

 マクシミリアンは笑ってそう言って、店の品書きを眺めると、
「……蛸の料理が多いんだね」と呟いた。

「昨日、砂浜に、大きな蛸のような魔物が上がってきたんだ。
 街に向かって行きそうだったから、私達が倒して……こういうことに」

 サニーがマクシミリアンに昨日の出来事を説明すると、
彼はふと真面目な表情で腕組みをして、

「それは……操獣術かもしれないね」
「操獣術?」

 初めて聞く言葉だった。サニーが聞き返すと、マクシミリアンは頷いた。

「魔力を込めた『声』で、動物や……魔物なんかにも、呼びかけて、命令したりできるんだ。
 自分の『声』にかける魔法だから、
 動物の方には、魔法の痕跡が残らないのさ」

 確かに、前回の冒険で出くわした大蜘蛛と違って、蛸から魔力は感じなかった。
 マクシミリアンはほんの少しだけ表情を暗くして、低い声で付け足した。

「――だから、事故に見せかけて人を襲ったりだとか、そういうこともできるんだ」
「……」
「でも……その様子だと、操獣術も今は知られていないのかな?
 たまたま、魔物が来てしまっただけかもしれないね」

 僕は今の時代の魔物のことはよくわからないし、と、マクシミリアンは頭を掻いた。
 海の悪魔を見たとき、フランは
「こんなところまで出てくるなんて、聞いたことがないよ」と言っていたけれど、
偶然迷い込んできた……ということも、まあ、あるだろう。

(それか、腹を空かせていたとか……。
 船を襲ったりもするようだし、あんな大きさなら、もしかすると、人だって――)

 食べたりするのかもしれない。
そう考えて、フィオナが捕まった瞬間を思い出し、
サニーは背中が寒くなったような気がした。

「……って、ごめん。忙しかったよね。注文していいかい?」
「――あっ、ああ。どうぞ」

 そんなこんなで――今日は魔物が現れたりすることはなく、
蛸料理もすっかり売り切れて、茶屋は大盛況のうちに閉店を迎えた。

「いやあ……やりきったね。
 想像以上の盛り上がりだったよ。みんな、本当にありがとう」

 くたくたになりながらも、フランが笑顔でそう言って、
ユーリ達や店員のみんなを労ってくれた。

 ユーリ達への報酬は、一人七十銀貨にもなった。
フランが「海の悪魔を退治してくれたお礼も入れといたよ」と、
本来の報酬に少し上乗せしてくれたのだ。

 一行が、夕暮れの中をホテルへ戻ろうとすると、
砂浜から道へ続く階段に、マクシミリアンが座り込んでいた。

「ミリアンさん? どうしたんだ、こんなところで?」

 ユーリが声をかけると、マクシミリアンは顔を上げた。なんだか頬が赤い。

「今、広場で吟遊詩人が……『竜の魔術師』の歌をうたってるんだ」

 小さく、リュートの音と歌声が聞こえてくる。
どうやら、マクシミリアンは歌を間近で聞くのが恥ずかしくて、ここにいたらしい。
 ユーリ達は笑って、彼をホテルの酒場へ誘ってみた。

 バーテンダーに出された『水色のゆりかご』を、マクシミリアンはしげしげと眺めて、

「綺麗だね。海の色みたいだ」
「はい。キュストーレの海に想を得て作られたカクテルなんです」

 バーテンダーが微笑んで言った。
「キュストーレの海……」と、マクシミリアンはグラスを見つめながら、呟くように繰り返す。

「へえーっ……。そっくりだな!
 それに、ミリアンさんの目の色とも、同じ色だ」

 ユーリがそう言うと、マクシミリアンは照れくさそうな笑顔を浮かべた。

「……そうかい? 嬉しいな。僕はこの島の海も大好きなんだ。
 繰り返し、寄せて返す波の音を、じっと聞いていると……
 それがだんだん、誰かの息遣いのように思えてきて。
 大きくて懐かしい誰かが、優しく包み込んでくれているような」

 ソラヤがにっこりと笑った。

「そういう、ことなのかもしれませんね。
 『水色のゆりかご』という名前は」
「――ああ。そうかもしれないね」

 ひどい戦いの後の、永い永い眠りの中で、
悪い夢を一つも見なかったのは――深く眠りすぎていたこともあるだろうけれど、
海鳴りの音が聞こえていたからかもしれない……と、マクシミリアンは思った。
 優しい水色のゆりかごに、揺られていたから。


 酒場を出たあと、マクシミリアンは笑顔で一行をふり返った。

「これからは、また、この街で暮らしてみるよ。
 ……千年経っても、『ここが僕のふるさとなのだから』ね」

 人形劇の『竜の魔術師』の台詞を真似てそう言って、
それじゃあまた、と、手を振って去っていった。
 一行は彼を、その後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。

 そうして、しばらく黙って立っていると、ふとサニーがあくびをした。
「……ん、失礼」と、涙の浮かんだ目をまばたきさせる。

「今日のところは、そろそろ休む?」

 フィオナが訊ねると、サニーはゆっくりと頷いた。もう、かなり眠たそうだ。

「一昨日も思ったが、あんた、わりと早寝か」

 そう言ったシェベットを、サニーはじろりと横目で睨んだ。

「……悪いか?」
「そんなこたねえけどさ」

 その横で、ソラヤがあの、と口を開く。

「明日は海で遊びませんか?
 ミリアンさんのお話を聞いていたら、海へ行きたくなっちゃいました」
「いいですね。色々あって、まだ遊べていませんでしたしねえ」

 と、ラーフラが頷いた。

「俺……泳ぎの練習しようかな」

 ユーリは頭の後ろで手を組んで、苦笑しながら言った。
それを聞いて、フィオナがかすかに口元を緩ませた。

「練習、付き合いましょうか」
「あっ。頼むよ。というか、教えてくれ!」

 フィオナはふっと楽しそうに笑って、わかったわ、と頷いた。

 海で遊んで、クロシュが来たら遺跡の探索に行って――
マクシミリアンに、古代の話も聞かせてもらえるだろう。
 キュストーレでは、まだまだたくさんの冒険が待ち受けてくれていそうだ。




(水色のゆりかご・おわり)

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