6.月夜に踊る


 その後しばらくして、冒険者達は妖精のとまり木亭に集まり、
それぞれ得てきた情報を交換し合った。

「それじゃ今夜は、
 怪しい魔力を探す組と、イザクの様子を見る組とで分かれましょうか」

 フィオナが言って、一同は頷いた。

 ラーフラとソラヤが怪しい魔力の出所を辿り、ユーリがその護衛につくことにして、
フィオナとシェベットとサニーは、菫青座の寄宿舎に泊まり込むことになった。
半々で分かれたのは、吸血鬼がまた一座の女性を狙ってやって来る可能性もあると考えたからだ。

「露店の方はよくわからねえが、夜中の視線ってのは、ちょっと気になるな。
 イザクと一緒に居たら、何かわかるかな」

 シェベットがそう言うと、ソラヤが心配そうに口を開いた。

「その視線のこと……何か、すっきりしないんです。
 そちらも気をつけてくださいね」


 やがて日が落ちて、夕食と準備を済ませると、もうずいぶん遅い時間になっていた。
一行はマスターに見送られながら、宿を出た。

 よく晴れた満月の夜だ。
少し冷たい夜の空気の中を歩いて、一行は街の中心の広場までやって来た。
 魔力の気配がどこに現れるかわからないので、
ユーリ達はひとまずここで待機することに決めたのだった。

 残りの三人は、そこから寄宿舎に向かう。
 フィオナは女性座員の部屋が集まる区画の廊下に張り込み、
シェベットとサニーは、ユーリ達が帰ってきたときにすぐ迎えられるよう、
広間の傍の談話室で、イザクと共に三人で過ごすことになった。
何かあれば、大声を上げれば聞こえる距離だ。

 イザクは談話室の椅子に座り、眠たそうな表情で、机に肘をついている。

「お前は寝てていいんだぜ」

 とシェベットが言ったけれど、イザクは首を横に振った。

「今夜、怪しい魔力とかいうのを探すんだろ。
 何か事件に動きがあるなら、オレも気になるから……」

 イザクはそう言いながらも、あくびをして、目をごしごしとこすっている。

「まあ、明日に響かないようにしておけ」

 サニーも、何でもないような風で椅子に座っているものの、少しまぶたが重そうだ。

「……あんたも、別に寝てもいいぞ」

 シェベットが言うと、睨むようなサニーの視線が返ってきた。
 ぽつりと、イザクが口を開く。

「――これで一晩何事もなくて、
 やっぱりオレが吸血鬼じゃなかったって、お前らが言ってくれても……
 それでも信じない奴がいたら、どうしたらいいかな」

 シェベットは一瞬きょとんとしたあと、ひらひらと手を振って、

「そうなったら吸血鬼を引っ立てて、お前と並べて見せりゃ、みんな文句はないだろ」

 と、軽い調子で言った。サニーも頷いて、

「結局、それが一番だな。今夜、向こうで何かしらわかることはあるだろうし……」
「ああ。事件解決は近いはずだぜ」

 二人がそう言うと、イザクは少しだけ笑って頷いた。

 それから、あれこれとくだらない話をしているうちに、いつの間にか夜半を迎えていた。
 サニーはふと首を巡らせて、窓の外へと視線を向けた。
街のどこかで、奇妙な気配が現れたのを感じたのだ。

(ラーフラ達は、うまくやるだろうか)

 そう考えていると――突然、背筋にぞわりと寒気が走った。

「……!?」

 サニーは椅子を引いて立ち上がり、きょろきょろと辺りを見回す。

「ん? どうした――」

 言いかけて、シェベットは何かに気がついたように表情をこわばらせ、
ばっと天井を見上げた。

 視線だ。じっとこちらを見つめている、悪意に満ちた視線を感じる。
 けれど、部屋の中には三人以外に、誰の姿もない。とても気味の悪い、嫌な気配だ。

 お前が言っていたのはこれか、と、イザクに訊ねようとしたそのとき、

「あ、」

 と、イザクが乾いた声を上げ、びくりと身体を震わせた。

 二人がイザクの方を見た瞬間、彼の足元から、赤黒い炎のようなものが噴き上がった。
それはイザクの身体を包み込み、イザクは椅子ごと後ろに倒れた。
 ――炎のような赤黒いものは、椅子や床を焦がすことはなかった。
どうやらそれは、目に見えるほどの強さの、魔力の流れのようだ。

 イザクは、ああ、とか、うう、とか言葉にならないうめき声を上げながら、
苦しそうにもがいている。

「イザク!? ――うっ……!」

 シェベットはイザクの元に駆け寄ろうとして――足が動かなかった。
 禍々しい色の炎から放たれる、むっとするような邪悪な気配に、
体がそちらへ近づくのを拒んでいるようだった。
 その邪悪な気配が空気にも溶け出しているような息苦しさを感じて、
思わず、腕で口元を庇う。

「どうなってんだ、こりゃあ……!」
「魔法だ――イザクが使ったものじゃない。
 おそらく、もう一つの魔力の元が、何かして……。今の視線もそうだ」
「これは、止めらんねえのか?」

 サニーは唇を噛むような表情で、かぶりを振った。
 もう、魔法は発現してしまっている。
魔法をかけた者でもかけられた者でもない、第三者が止められた状況があったとすれば、
先程の視線を感じた瞬間までだっただろう。あとは、イザク自身が抵抗するしかない。

 イザクは床の上で身体を丸め、両手で顔を覆っている。
 その髪が、赤黒い炎に煽られてなびきながら、
さあっと鮮やかな菫色に染まって、二人は息を飲んだ。

 そうして、不意に炎は収まり、イザクはゆっくりとまぶたを開いた。
 二人に向けられたその双眸は、赤く赤く輝いていた。


 その少し前。
 広場で待機する三人の傍には、赤い光の玉がふわふわと漂っていた。
ソラヤが呼び出した炎の精霊だ。明るいし、暖かい――のだが、
どういうわけか、さっきからずっと、炎の精霊はユーリの近くばかりを飛んでいる。

「……ちょっと、暑くなってきたよ」

 ユーリがそう言うと、ソラヤは笑って、

「ユーリの剣が気になるみたいですよ」
「そうなのか?」

 ユーリは剣を抜いてみた。
この剣は、精霊銀という、精霊達の魔法の力と親和性の高い鉱物で出来ている。
 炎の精霊は、素早い動きで剣の周りをくるくると飛び回りはじめた。

「なんだか嬉しそうですね」

 と、ラーフラが言って、
ユーリは「そう……みたいだな」と、ちょっとあえぐように言った。
 炎の精霊ははしゃいでいるのか、さっきよりも熱くなっているように感じる。

 ソラヤに精霊をいさめてもらって、ユーリは剣を鞘に収めた。
 炎の精霊は、心なしか申し訳なさそうに、ユーリから少し離れた場所に浮かんでいる。
ユーリはそれを見て苦笑して、気にすんなよ、という気持ちで手を振った。

(俺にも、魔法の才能があったらなあ)

 今日だって、怪しい魔力の気配を探るのは二人に頼るしかない。
自分だけ何も感じられずついて行くだけ、というのは、なんだかもどかしいと思った。

 ユーリがそんなことを考えていると、
ラーフラとソラヤが、はっと目を見開いて顔を上げた。

「……ん? 出て来たのか、怪しい気配!」

 ユーリが訊ねると、二人は頷いて、

「あっちです!」

 と、声を揃えて言った。市場へ続く道の方を指さす。

「よし、行こう!」

 ユーリもそう言って、三人で走り出し――
少しも行かないうちに、ラーフラとソラヤは足を止めた。
驚いたような表情で、揃って後ろをふり返る。視線の先は、芝居小屋や寄宿舎のある方向だ。

「ど、どうしたんだ?」

 ユーリも立ち止まって、二人の顔を交互に見やる。

「いえ……もしかして、吸血鬼は……」

 不安げな表情で、ソラヤは夜の闇に沈む広場の向こうを見つめた。

 もう一つの――おそらく吸血鬼の気配が、現れたのだ。
 ここからでは、その正確な位置はわからないけれど、もし寄宿舎だとしたら。
寄宿舎の中で、吸血鬼が目覚めたのだとしたら、その正体は――

 二人の様子に、ユーリも何か嫌な予感を覚えて、表情を硬くした。
 ラーフラは首を横に振って、

「――向こうのみんなに任せましょう。僕達は僕達で、役目を果たさないと」

 頷き合って、三人は再び駆け出した。

 意外なことに、ソラヤがまるで風が吹き抜けてゆくような足の速さで、
二人をぐんぐんと引き離してゆく。
エルフは、人間とは身体能力にもかなりの差があるようだ。

「うわ! 速いよ、ソラヤ!」

 ユーリがソラヤの背中に声をかける。

「先に行ってますっ!」

 ソラヤの姿はみるみる遠ざかってゆく。
 ラーフラも同じ魔力を追っているのだから、
いずれ追いつけはするだろうけれど、その先には何があるかわからない。

「ソラヤ! 気をつけて――!」

 ラーフラが走りながら叫ぶと、
ソラヤはちらりとふり返って微笑み、また風のように駆けていった。

「――って、炎の精霊、お前はソラヤと一緒に行きなよ」

 また炎の精霊が自分の傍にいるのに気がついて、ユーリがそう言うと、
炎の精霊はソラヤを追いかけて飛んでいった。

「おお。一応、言葉は通じるのかな」
「……?」

 ラーフラはその様子を見て、何か違和感を覚えたけれど、今はそれどころではない。
謎の気配に意識を集中しながら、足を動かした。


 昨晩出会った吸血鬼そのものの姿になってしまったイザクは、ゆらりと立ち上がった。

「……これでわかったか。オレが吸血鬼だって」

 青白い顔に笑みを浮かべる。
 月の光を背負うその姿はどこか、照明を浴びて凛と立つ、舞台の主役のようにも見えた。

 シェベットはゆっくりとサニーの方に顔を向けて、
「ええと、つまり……」と、イザクを指さしつつ、首をひねった。

「イザクは人間だけど、今は魔法で、吸血鬼にされちまってる、と?」
「そんな魔法は、私は聞いたことがなかった……が、おそらく、そうだろう」

 吸血鬼に血を吸われたり、殺されたりした人間が吸血鬼になってしまうことはあるが、
そうして魔物になってしまった人は、二度と元に戻ることはできない。
 けれど、イザクは……今までの様子を見た限りでは、夜が明けると人間に戻っている。
取り返しのつかない状態ではないはずだと、サニーは思った。
――そうであってほしい、という気持ちもあったけれど。

「向こうをなんとかすれば、イザクは元に戻る――かもしれない。
 私達はここで時間を稼ぐしかない」

 シェベットは「かもしれない……ね」と苦笑して、

「時にあんた、俺と二人でこいつを止めておける自信はあるかい?」

 と、腰の短刀に手をかけながら、ちらりとサニーと目を合わせた。

 フィオナをこの場に呼べば、危険な目に遭うかもしれない。
その考えがわかったのか、サニーはかすかに眉根を寄せつつも、頷いた。

「……自信があるとは言いきれないが」

 呟きながら、剣を抜く。

「オレを止める?」

 二人の台詞を聞いて、イザクがぴくりと眉を動かした。

「ふうん。やってみろよ。
 昨日は腹が減ってたから逃げたけど、今日は遊んでやるよ」

 イザクは面白そうに笑顔を浮かべたが、その目は笑ってはいなかった。
 すっ、と、宿の中庭で見せた舞の続きのような、優雅な仕草で腕を上げ――
その手のひらから、紫色の稲妻が放たれた。二人に向かって矢のように飛んでくる。
「危ねっ!」二人はすんでのところでそれを避け、イザクから距離を取った。

「呪文もなしに、そういうことをするか」

 恐ろしい奴、とサニーが呟く。

「そういやさ、あんたにはあの魔法があるじゃん。
 吸血鬼の弱点っつったら、『あれ』だろ」

 シェベットがそう言うと、「『あれ』か……」とサニーはゆるく首を振って、

「あの魔法は、陽が沈んだ後に使うのは難しいんだぞ。
 ……だが、やってみよう」

 胸元で手を握りながら呪文を唱え、その手を高くかかげて開くと、
手のひらに小さな太陽の光のかけらが灯った。
 小さいけれど暖かくまぶしい光が、部屋中を明るく照らし出す。
 イザクは悲鳴を上げて、顔を両腕でかばった。

「や、やめろ! 熱い……! 焼ける!」

 苦しそうにうめいて、何歩か後ずさったが、腕の隙間からサニーをきっと睨むと、
彼の方に向かって、人間離れした恐ろしい速度で駆け出した。
 光の維持に集中力を要するためか、サニーは咄嗟に動けなかった。

 シェベットが間に割り込んで、イザクの振り下ろした腕を――
長く伸びた鋭い爪を、短刀で受け止める。
刃物同士がぶつかったような、高い音がした。
 素早く突き出されたシェベットの短刀の追撃を、イザクはとんぼ返りをうってかわし、

「邪魔だっ!!」

 咆えるように叫ぶと、
その細い腕からは想像もつかないような力で、シェベットを張り倒した。
 その勢いのままサニーに飛びかかり、床に叩き伏せる。魔法の光が霧散した。
 サニーはイザクの身体の冷たさに気がついて、ぞっとした。
魔法の太陽の光を受けたせいか、ほんのわずかに熱を持っていたけれど、それだけだ。
その手から、体温らしい温もりは感じられない。まるで死人だ。

「……男の血なんて吸いたかねえけど、また使われちゃ面倒だからな」

 イザクはそう呟いて、サニーの首巻きを引き剥がすと、その首筋に噛みついた。
「うあっ……!」サニーが小さく悲鳴を上げる。

「しまった……!」

 シェベットはなんとか立ち上がったが、
止めに行こうにも、床に叩き付けられた身体は鈍く痛み、思うように動かない。

 イザクは赤く光る目を細め――
そのとき、イザクの口元で、がりっ、と何か硬いものを噛んだような音がした。
 イザクは顔をゆがめて、サニーから離れると、口から何かを吐き出した。

 ――宝石だ。血の宝石。
 効ききらなかった死の魔法が、呪いになってサニーに降りかかった、その証だった。
その宝石を見てしまうと、並みの精神力の持ち主はたちまち心を狂わされてしまう。

 イザクは手の甲で口を押さえて、もう片方の手で宝石を拾い上げた。

「……ッ、なんだ、これ……石!? どうなってるんだ。
 こんなもの飲み込んだら、どうしてくれる! ふざけんなよ!」

 イザクは腹立たしげに、宝石を投げ捨てた。宝石はどこか部屋の隅へと転がってゆく。
 どうやら、宝石の魔力はイザクには通用しなかったらしい。

「ふ……ふざけてなどいない! 呪われているんだ!」

 よろよろと立ち上がりながら、サニーは言い返した。
床に落ちた首巻きを拾って、イザクから距離を取る。
 その横で、シェベットが微妙な笑みを浮かべた。

「いや、まあ、そうなんだが、その返しもなんか不思議だな。
 えーと……あんた、なんともないのか?」

 サニーは首を押さえながら、横目で睨むようにシェベットを見た。

「なんともなくはない。気は確かだが」

 サニーは早口気味に癒しの魔法の呪文を唱えると、首巻きを巻き直した。
 シェベットは、ふーむ、と顎に手をあてて、

「呪いのおかげで、ってのもなんだが、吸血されずに済んだってことか。
 ……宝石の魔力も、あいつには効いてないみたいだし、良かったな」
「……素直に喜びたくない……」
「あっ、ちなみに、俺も平気だぞ。
 精神力が強靭だかららしい――って、ラーフラが言ってた」

 シェベットの言葉を聞いて、サニーは目を見張り、それから困惑したように眉を下げた。
 一瞬、その目に、様々な感情が渦巻いたような複雑な色が浮かんで見えたが、
サニーはすぐに目を背けてしまった。

「……そうか」

 そう言って、それから小声でぼそりと、

「精神力の話は眉唾ものだが」
「今なんつった、おい!」

 シェベットが声を上げると、サニーは少しだけ笑った。
 イザクは眉をひそめて、「そういうことなら――」と、
ちらりとシェベットを見たけれど、ふと視線を外してため息をついた。

「お前の血はもっとまずそうだしなあ」
「さっきから失礼だぞ、お前ら……」

 少し傷ついたように、シェベットは言った。

 ――と、なんだか緊張感に欠けるやりとりをしていると、
談話室の外、廊下の向こうから、ぱたぱたと近づいてくる足音が聞こえてきた。

 ばん、と扉が開き、現れたのはフィオナだった。

「フィオナ!」

 シェベットの声には焦りの色が滲んでいた。
 相手は女性ばかりを狙う吸血鬼だ。
できればフィオナのことは巻き込まずに済めば、と思っていたけれど……。
どたばたと騒ぐ音を聞きつけて、彼女も異変に気がついたのだろう。

 部屋の中の状況を見回して、フィオナは眉をひそめた。

「どうしてすぐに呼ばなかったの?」

 シェベットとサニーに向かって、少し怒ったような声で言った。
「そりゃあ、その――」シェベットが口ごもるその後ろで、イザクがにやりと笑う。

「こうなるからじゃないのか!?」

 イザクはひと足で扉の前まで跳躍し、フィオナに飛びかかった。

 フィオナは手の中に持っていた呪薬を、迫ってくるイザクに向かって素早く振り撒いた。
 呪薬が触れた途端、じゅうっと肉が焼け焦げるような音がして、
イザクはぎゃあっと悲鳴を上げて顔を押さえた。天井を仰ぐように首を反らしてのけぞる。

「……効いたわね」

 と、フィオナがついでのように投げつけた空の薬瓶が、イザクの頭に命中した。
イザクはよろめきながら、フィオナを睨みつけた。
 彼の顔の、呪薬を被った部分は焼けただれたようになっていて、
元の顔立ちが整っている分、よりおぞましい容貌になってしまっている。

(あれ、跡が残るんじゃないか……?)

 もしこの件が解決できても、後々の彼への影響が、シェベットは心配になったけれど……。
 ふ、と、イザクは口の端で笑った。見る間に顔の傷が再生してゆく。

「……昨日は血にありつけたからかな。調子が良いみたいだ」

 イザクがそう言っているうちに、顔はあっという間に元に戻ってしまった。傷跡もない。
 シェベットはなんだか少しほっとしてしまって、いやいや、と首を振った。

(時間を稼ぐにしても、あんな、すぐに回復しちまうんじゃなあ)

 シェベットも呪薬は持っていたけれど、今の様子では、
本当に一瞬の隙を作るくらいしかできないだろう。

 再び遅いかかってきたイザクの腕を避けて、フィオナは談話室の中に飛び込んだ。
 シェベットは、フィオナの傍に走り寄りながら、言った。

「とりあえず、すぐ呼ばなかったのは謝る!
 詳しく説明してる暇はなさそうだが――ラーフラ達が探してる方が、鍵みたいなんだ。
 こっちは時間を稼げば、なんとかなるかもしれない……んだが」
「苦戦中というわけね。流石に、吸血鬼なだけあるわね」

 と、イザクの指先から、また紫の稲妻が走った。
「――やべ!」まっすぐこちらに向かって飛んできた稲妻を、
シェベットはフィオナを抱いて転がるようにかわしたが、避けきれずに肩を裂かれた。
顔をゆがめてうずくまるシェベットに、イザクはためらいなく稲妻の追撃を放つ。
 サニーが炎の呪文を唱えながら、その前に出た。
稲妻は炎にぶつかって弾けたが、わずかに相殺しきれなかった分が、
サニーの身体を突き刺した。

(だめだ、防戦一方では……!)

 サニーが歯を噛みしめる、その横をすり抜けて、フィオナがイザクに駆け寄っていった。
 長剣を振りかざし、イザクが反応して動くよりも素早く、勢いよく斬りつけた。
イザクは、談話室のテーブルやら椅子やらを巻き込みながら吹き飛んでゆく。

「何を考えているのよ!
 あたし達のこと、忘れたわけじゃないんでしょう? 殺す気なの?」

 フィオナは声を荒げて叫んだ。
 イザクはゆっくりと、テーブルと椅子の山の中から起き上がった。

「……そっちこそ、本気で斬りかかっておいて、何言ってやがる!
 まあまあ痛かったぞ。人間だったら死んでたところだ!」

 そう言い返すイザクに、
「うーん、それは確かに……」と、シェベットが肩を押さえながら頷いた。
 イザクの夜着は、袈裟懸けに真っ二つになっている。
そこから覗く身体には、打撲痕のような赤い痕がついていたけれど、
それはあっという間に消えていってしまった。

 ――と、そのとき、外で強い風がびゅうびゅうと音を立てて吹きはじめた。
談話室の窓ががたがたと揺れ、やがて勢いよく開いた。
 冷たい夜風と一緒に、何か黒い影が部屋の中に飛び込んできて――
三人とイザクの間に降り立ったそれを見て、一同は、イザクまでが、目を丸くした。

 烏のような黒い大きな翼を背から生やし、黒い衣を纏った何者かがそこにいた。
手には長い柄と刃の鎌を持っている。

「レイス……!?」

 かすかに震える声で、シェベットが呟いた。

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