1.手紙


 ルアードの街を騒がせた吸血鬼事件を無事解決したユーリ達は、
イザクとアルーエットと一緒に『妖精のとまり木亭』で朝食を取ったあと、
警備隊の詰所へと赴いた。

 事件の真相を伝え、元凶と思われる少女の人相書きを作ったりするうちに、
あっという間に一日は過ぎていって、宿に戻る頃にはもうすっかり夜になっていた。

「そうだ。ユーリ宛てに手紙が届いていたよ」

 夕食の途中、マスターがユーリに一通の封筒を手渡してくれた。
 差出人は、『ジーナ・トルストイ』とある。ユーリの心臓がどきりと跳ねた。

「母さんからだ!」

 フィオナが横から封筒を覗き込むようにする。

「前に出した、剣についての手紙の返事かしら」
「きっと、そうだよな。後で読んでみるよ」

 夕食を終えると、ユーリは談話室で手紙を開いた。フィオナも隣に座っている。
 フィオナは「せっかくの、お母様からの手紙なのだから、一人でゆっくり読んだら?」
と言ってくれたのだけれど、ユーリは、読めない字があるかもしれないし、と、
一緒に読んでもらうことにしたのだった。

『ユーリ。お手紙ありがとう。
 あなたから手紙をもらう日が来るなんて、思ってもみませんでした。
 書くのを手伝ってくれたという方にも、よろしく伝えてください。』
「――だって」

 と、ユーリはフィオナの方に顔を向けた。フィオナはちょっと微笑んで、頷いた。

『元気でやっているみたいで、安心しました。
 親としては、あまり危険な仕事はしないように……と、言いたいところだけれど、
 後悔のないようにやってくれればいいと思います。
 (でも、心配している人がいるということは、心の隅にでも留めておいてくださいね。)
 さて、お父さんの剣のことですが、』

 ユーリはなんとなく居住まいを正してから、手紙を読み進めた。

『どういう品なのかは、私は全く知りません。ごめんなさい。
 精霊銀というもので出来ているということも、ユーリからの手紙で初めて知りました。
 ちょうど帰って来ていたルドルフに聞いてみたら……
 とても貴重で高級なものらしいですね。
 知っていたらたぶん、納屋になんか放り込んでおかないで、
 売り払ってしまっていたと思います。』
(おいおい、母さん……)

 少し引きつった笑みを浮かべて、ユーリはため息をついた。
 フィオナは「ルドルフって?」と、首をかしげた。

「俺の兄ちゃんだよ」

 ルドルフはユーリより早く家を出て、アイズホルムから更に北の開拓地で、
薬師の勉強をしながら働いている。
ちょっとのんびりとした雰囲気の、優しい人で、ユーリは兄の笑顔を思い出して笑った。

 フィオナは、そうなの、と頷いて、

「……ユーリにも、お兄さんがいるのね」

 と、呟くように言った。

「『にも』? フィオナも、兄ちゃんいるのか?」

 ユーリが訊ねると、フィオナは小さく頷いたが、
それ以上その話には触れずに、「続きを読みましょう」と言った。
ユーリは、少し慌てたように手紙に視線を戻した。

『……と、まあ冗談はさておき。
 お父さんも、この剣について話してくれたことはあまりなかったのです。
 せっかく手紙をくれたのに、大して役に立てなくてごめんなさい。』
「そっかあ……」

 ユーリはちょっと脱力して息をつき、次の文章を目で追って――目を見開いた。

『お父さんがいてくれたら良かったのにね。
 ユーリが冒険者になったと聞いたら、きっと喜んだと思います。
 実は、お父さんも冒険者でした。
 (ついでに私は魔物に襲われていたところを、その冒険者に助けてもらったのでした……
  この話をするのが照れくさくて、今まで黙っていました。ごめん)』
「父さんが……父さんも、冒険者?」

 そう呟いて、父の姿を思い浮かべようとしてみて――
しかし、ユーリが幼い頃に亡くなったその人の顔は、ぼんやりとすら記憶にないのだった。

 でも、そんな父が、自分と同じ冒険者だったと思うと、
なんだか急に身近な存在のように感じられそうな気がした。
 どんな冒険をしていたのだろう? どんな仲間がいたのだろう?

『――そのうち暇があったら、里帰りでもしてください。
 それでは、くれぐれも元気でね』
「……」

 ユーリは手紙を畳んだ。

「剣のことは、何もわからなくて残念だけれど。
 良かったわね、お母様からのお手紙」

 フィオナがユーリの顔を見ながら声をかける。

「うん……」

 と、ユーリは少しぼんやりとした声で答えた。
 久しぶりに、母が近くにいるような気がして、嬉しいのは確かだった。
それに、父が冒険者であったということも、喜びに似た、
不思議にきらきらした気持ちになって、心の中で光っているようだった。

 けれど、フィオナの前で、家族のことではしゃぐのは、なんだかはばかられた。
 ユーリは、彼女の素性をほとんど全く知らないのだが、
たまに断片のように一言二言話してくれるときの様子からは、どうにも……
円満な家族、というものは見えてこないような気がするのだ。

(……やっぱり、無理を言わないで、一人で読んだ方が良かったかな?)

 良かったわね、と言ってくれた声も、変に羨んだりするような響きもなく、
いつも通りの淡々とした調子だったけれど。
 ――考えるうちに、ユーリは「あ」と顔を上げた。

「そういえばさ。俺、あの剣を使った新しい技を編み出したかもしれないんだ!」

 フィオナは少し目を丸くしてまばたきした。

「それって、あの鏡の枠が焼けていたのと関係のあること?」
「そうそう! 明日、ラーフラ達に手伝ってもらって、実験しようと思ってるんだ。
 仕組みがちゃんとわかったら、フィオナにも見せるよ」
「楽しみにしているわ」

 ほんのりとフィオナが笑顔を浮かべると、ユーリもなんだかほっとして笑った。


 その夜、ユーリは夢を見た。父の夢だった。
 父はユーリに何やら色々と話しかけてくれて、
楽しい話をしたり冗談を言ったりして、一緒に笑ったりしたのだけれど……。
 目が覚めると、話していたことも父の顔も、すっかり忘れてしまっていた。


 次の日。今日はこれといった仕事の依頼も来ていないようで、ユーリ達は今日こそ
――この前は、休日のつもりが、思いがけず吸血鬼の事件が舞い込んできたので――
休みを取って、のんびりと過ごすことにしていた。

 朝食の後、ユーリはラーフラを連れて、宿の中庭へ出て行った。
 空気は少しひんやりとしているけれど、よく晴れている。
 昨日フィオナにも話した通り、前回の仕事中に、
精霊がユーリに力を貸してくれた理由を解き明かそうと、色々と試してみようと思ったのだ。

 精霊の力を借りる精霊魔法を使う際には、
『精霊言語』という言語を用いなければならない。
 発声方法が特殊で、種族的に相性がいいらしいエルフ以外は、
魔術師の中でも扱えるものはあまり多くないという。
けれど、言語自体を扱えない者でも、聞けばその意味は理解できる、不思議な言葉だ。

 ユーリは魔法も使えなければ、精霊言語も話せない。
普通だったら、精霊に呼びかけて通じるはずがないのだが……。

(この精霊銀の剣に、何かあるんじゃないかな)

 と、ユーリは考えていた。

「ソラヤにも、手伝ってもらいたかったなあ」

 ユーリが呟くと、ラーフラも少し残念そうな表情で頷く。

「……そうですね。でも、まあ、仕方ないでしょう」

 ソラヤはどこか行きたいところがあったようで、マスターになにやら場所を訊ねると、
一人でそそくさと出かけていってしまったのだった。

 ユーリは剣を抜いた。陽の光を受けて、刃が淡く輝く。

「それじゃあ――炎の精霊。俺の声が聞こえたら、出てきてくれないか」

 そう言うと、空中にきらきらと光が弾けて集まり、赤い光の玉になった。炎の精霊だ。
 炎の精霊は、すうっとユーリの近くに寄ってくると、
懐いているような様子で、周りをぐるぐると飛びはじめた。
「そ、それは暑いから……やめてくれ」とユーリが言うと、炎の精霊は大人しくなった。

「言葉、通じてますねえ」

 ラーフラは、熱気を避けてか、
いつの間にかユーリからだいぶ離れたところに立っている。

「おい! 何、逃げてるんだよ!?」
「だって暑いですし。
 いやしかし、どうなってるんでしょうかね、本当に」
「この剣のせいじゃないのか? ラーフラもやってみなよ」

 ユーリはラーフラに剣を手渡した。ラーフラは、少し重そうに剣を両手で持って、

「では、炎の精霊。あのテーブルの上の蝋燭に、火を灯してくれませんか?」

 と、庭の中央の『妖精の木』の傍にあるテーブルの方に、剣を向けた。
テーブルの上には蝋燭が置いてある。
 ――しかし、炎の精霊は動こうとしなかった。ラーフラは首をかしげて、

「ふーむ……ユーリ。そのまま、剣を持たずに、同じことを言ってみてくれます?」
「えっ? わかった」

 ユーリがラーフラと同じことを言うと、炎の精霊はテーブルに向かって飛んでいった。
蝋燭に火を灯し、こちらへと戻ってくる。二人は顔を見合わせた。

「うん。完璧に、剣じゃなくてユーリのせいですね」
「ええっ……なんでだろう?」

 ユーリはよくわからない寒気のような、
でもわくわくするような妙な気分が沸き上がってきて、背中がぞくぞくとした。
ごまかすように、口元や頬を押さえたり、腕をさすってみたりする。
 ラーフラは眉を片方持ち上げて、じろじろとユーリを見回しながら、腕組みした。

「ユーリからは、正直、魔力はさっぱり感じないんですが。
 ご両親は、魔法は?」

 ユーリは、うーん、と首をかしげた。

「父さんのことは、よく知らないんだけど……。
 母さんも兄ちゃん達も弟達も、使えないと思うよ。
 俺、初めて見た魔法って、ラーフラのだもん」

 ラーフラは「そうでしたね」と頷いて、

「――って、兄ちゃん『達』と弟『達』って、何人兄弟なんですか?」
「五人だよ。俺は真ん中なんだ」
「へえ。それはまた、賑やかそうな……」

 ラーフラは、ユーリのような男の子が五人いる家を想像してみて、
なんともいえない笑顔を浮かべた。大変そうなような、でも少し羨ましいような。

 ユーリは続いて水の精霊を呼び出すと、蝋燭の火を消してもらった。
 風の精霊も、地の精霊も、ユーリが呼びかけると、姿を現してくれた。

「いやはや、壮観ですね」

 四色の光の玉を傍に浮かべるユーリを見て、ラーフラは感慨深げに呟く。

「理由はさっぱりわかりませんが、とにかくユーリはある程度の精霊魔法を使える、と」
「冒険の役には立ちそうだし、とりあえず、喜んでいいんだよな?
 ――あ、精霊達、どうもありがとな」

 ユーリが声をかけると、
火地風水の精霊達は、ふよんと弾むように飛んで、ぱっと姿を消した。

「調べてみれば、同じような人の話があるかもしれませんが。
 ルアードには、図書館はないんですよね……」

 顎に手を添えて、ラーフラは首をひねった。
 大都市サンドリタまで足を伸ばせば、大きな図書館があるのだが。
もしこの街で調べものをするとしたら――と考えていると、
ふと師匠の顔が頭に浮かんで、ラーフラは首を横に振った。

 ユーリも、うーん、と腕組みして、

「盗賊ギルドには、こういう情報って入らないかな?」
「どうでしょう。シェベットに調べてみてもらいましょうか」

 二人は頷き合って、宿の中に戻ることにした。


 その頃、シェベットは自室で、
たくさんの物で埋もれてしまっている書き物机の整理をしていた。

 シェベットはどうにも、お金が手元にあると、
あれもこれもと色々な物を買い込みたくなってしまうのだった。
 そして買った物を、どこに飾るかは後で考えよう、と、ひとまず机の上に置いておく――
ということが続いた結果、机は書き物どころではない有様になってしまった。
そこまで頻繁に書き物をするわけでもないけれど、やはり机が使えないのは不便だ。

(やれやれ。とりあえず、小さい物から棚に移すか)

 綺麗な空の香水瓶だの、鹿の角でできた小さな笛の首飾りだの、
こまごまとしたものをつまみ上げて、壁に据え付けられた棚へと移動させていると
――棚の隅に置かれていた、小さな箱が目に留まった。

 箱の中には、以前の冒険で手に入れた、庭園水晶が収められている。
 手のひらほどの大きさのその石は、マジックアイテムらしいのだが、
シェベットはそれとは関係なくこの石が気に入って、
傍に置いておきたいと思ったのだった。

 冒険のあと、魔法の心得がある仲間達の顔を見回して、シェベットは笑顔で言った。

「お前らは、マジックアイテムが部屋にあると落ち着かないんじゃないか?
 俺の部屋に置いといてもいいぞ」

 すると、ラーフラがちょっと苦笑して、

「いや……その箱で、魔力は遮蔽されているみたいです、けど。
 まあ、シェベットが持っていていいですよ」

 と、シェベットの光り物好きを理解している仲間達もそれに頷いて、
シェベットの部屋に置いておくことになったのだった。

 それきり、まだ一度も使っていない。
なかなか暇がなかった、ということもあるけれど……
この石の使い方自体も、よくわからないのだった。
 これを譲ってくれた人物は、「詳しいことは添えてある札の裏に」と言っていたのだが、
<庭園>と記されたその札の裏に書かれていたのは、たった一文だけだった。

  ――<庭園>を望むものの前に扉は姿を現す。

(どういうことなのやら。――まあ、でも、)

 シェベットは、庭園水晶を箱から出して、手に取ってみた。
本当に、どこか庭園の景色を垣間見ているかのような佇まいの、美しい石だ。

「もし、こういう<庭園>がどっかにあるってんなら、俺は行ってみたいかな」

 そう呟いた、瞬間。
 庭園水晶がまばゆい光を放った。

「な――なんだあっ!?」

 驚いた拍子に、シェベットは水晶を手から離してしまったが、
水晶は光を放ったまま、空中にふわりと浮かび上がった。

 あまりの眩しさに、腕で顔をかばうようにしたそのとき、
シェベットはおかしな感覚に襲われた。
 身体がふわりと浮くような……身体と意識の位置が、ずれてゆくような。

(石に吸い込まれる)

 くらくらする頭に、ふとそんな言葉が浮かんだ。

 ――と、そう遠くないところで、ばたん、どたばたと、
慌ただしく扉が開く音と、近づいて来る足音が聞こえた。
それと、ちりちりという鈴の音と。

「どうした!?」

 その声とほとんど同時に、部屋の扉が開いて、サニーが駆け込んできた。
――鈴の音は、彼が身に着けている解呪の護符の装飾のものだった。
 光を放つ石に気がついて、サニーは目を見開いた。

「……サニー!」

 奇妙な浮遊感に包まれた身体は、口も上手く回らず、
シェベットはやっとそれだけ絞り出すように言った。

「シェベット――!」

 サニーが伸ばした手を、なんとか掴もうとして――
指が触れた、と思った瞬間、光が一際強くなって、シェベットは目の前が真っ白になった。

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