3.またも波乱の休日


 帰り道の途中でターニアと別れ、ソラヤが宿に戻ると、
ユーリとラーフラが、カウンターの傍でなにやらマスターと話しているところだった。

「ソラヤ、お帰り」

 三人はソラヤに笑顔を向けてくれたが、すぐに真剣な表情になって、

「ソラヤ。帰ってきていきなりで、すみませんが……
 フィオナを呼んできてもらえませんか? シェベットとサニーが見当たらなくて」
「二人の部屋の様子も、なんか変なんだよ」

 困惑したような様子で、ラーフラとユーリが言い、ソラヤは目をしばたたかせた。

「ええっ? わかりました!」

 そう答えて、急ぎ足で宿の二階へと上がってゆく。
 フィオナを呼ぶと、彼女と共にシェベットとサニーの部屋へと向かった。

 二つの部屋の扉は開きっぱなしになっているが、どちらの部屋の中にも誰もいない。

「俺達、さっきまで中庭にいたんだけど……戻ってきたら、こうなってたんだ」

 と、ユーリが言った。
一緒に様子を見に来たマスターも、心配そうに部屋を覗き込んでいる。

「さっき、ちょっとどたばた音がしていたようだったけど、すぐ静かになったんだ。
 二人とも下には来ていないし」

 サニーの部屋は、まだあまり物がなく殺風景だ。
慌ただしく席を立ったように、椅子が斜めを向いていて、
読みかけらしい本が放り出されていた。

 一方、シェベットの部屋は……なんだか、いつもよりも散らかっている。
 と、床で何かがきらりと光って、ユーリはシェベットの部屋の中へ入ってみた。

「これ……ドミニクさんにもらった石だ」

 庭園水晶を拾い上げて、みんなの方に見せる。
 シェベットは、流石に、綺麗な物を床に転がしたまま、
どこかへ行ってしまうような人ではない。
一同の間に、少し不安げな沈黙が流れた。

「確か、マジックアイテムなのよね。それを使って……何かが起きたのかしら?」

 フィオナが首をかしげた。
 ラーフラは棚の下に落ちていた箱と札を拾うと、札をためつすがめつ眺めて、

「そうかもしれません。
 たぶん、どこか別の場所へ飛ばされる、転移の魔法だと思うんですよ。
 <庭園>とやらへ繋がる『扉』の魔法が篭められているんじゃないでしょうか」
「なるほど。
 この様子だと、使おうと思って使った雰囲気ではなさそうね」

 フィオナの隣で、ソラヤが不安そうな表情で手を握り合わせた。

「二人は大丈夫でしょうか? きっと、着の身着のまま行ってしまいましたよね……」
「俺達も、これを使って、追いかけられないかな?」

 と、ユーリが庭園水晶を差し出すと、ラーフラは頷いた。

「準備をして、<庭園>へ行ってみましょうか。
 使い方は……たぶんですが、わかると思います」
「なかなか、休日をのんびり過ごせないものね」

 ため息混じりに、フィオナが言った。
「まあ、そんなときもありますよ」と、ソラヤは笑った。
フィオナも笑って、マスターをふり返り、

「というわけで、マスター。あの二人を探しに行ってくるわ」
「うん。気をつけるんだよ」

 四人は冒険用の準備を整えると、再びシェベットの部屋に集まった。
 庭園水晶の上に、みんなで手を重ねて、

「<庭園>への扉を、僕達に開いてください」

 ラーフラがそう言った瞬間、庭園水晶はぱあっと光を放ち、
四人の視界は白い光に包まれた。

 ふわりと身体が浮くような感じがして、重ねていた手の感覚がわからなくなる。
ごうごうと風が鳴るような音と共に、
どこか遠くに飛ばされ流されてゆくようだった――。


 その少し前。シェベットとサニーは、相変わらず生垣の迷路の中にいた。
 片端から道を調べ、行き止まっては戻って別の道に進む。
そんなことを繰り返し、結構な時間が経ったように思えたが、
なかなか出口は見えてこなかった。

「しっかし、長い迷路だな」

 シェベットが少しうんざりしたように呟く。
 地図を書く道具も持っていないし、
生垣の葉に、短剣で目印の傷を付けてみようかとも思ったけれど、
他人の箱庭であまり不用意なことはしない方が良いだろう、と、サニーに止められた。
 先程、サニーに肩車をしてもらって、生垣の上に顔を出してみたが、
霧が濃く、迷路の出口を探すこともできなかった。

「前に進めていることはいるだろう。
 魔法で同じ場所を歩かされているだとか、そういった雰囲気は無い」

 と、サニーが言った。この迷路自体は、本当にただの迷路のようだ。
 シェベットはふーむ、と頷いて、
それからサニーの方をふり返ると、後ろ向きに歩きながら、訊ねた。

「ところでさ、サニーも箱庭を持ってるのか?」
「……まあ、あるが。
 近頃は放ったらかしにしていた……なかなか構う時間がなくてな」

 どこか遠くを見るような目で、サニーは言った。

「どんな場所なんだ?」
「聞いてどうする?」

 思いがけずサニーが鋭い声と睨むような視線を返してきたので、
何気なく訊ねたつもりだったシェベットは少したじろいだ。

「いや、特にどうとは……。ただの好奇心だったんだが」

 声にも困惑が滲み出ていたのだろう、
サニーははっとして、すまなそうな表情を浮かべると、もごもごと口を開いた。

「湖と、……花畑がある――お前達が見ても、珍しくも面白くもないだろうが」

 花畑、と少し恥ずかしそうに口にすると、サニーは言い訳をするように早口になった。

 砂漠の国では、水も花も貴重なものだ。
シェベットは、サニーがキュストーレ島で色とりどりの花を見て、
嬉しそうにしていたのを思い出した。

「……昔の仲間は喜んだんだ」

 サニーは低い声でそう付け足した。
何か痛みをこらえるように目を閉じ、下を向いてしまう。
 シェベットは一瞬、眉をひそめて、けれどなんでもないような声色を作り、

「……ふうん。いいじゃんか」

 と、頷いた。「ってことは、入り口は作ってあるのか」
 少し間を置いて、サニーは首を横に振った。

「作ってあったが、こちらへは持ってこられなかった。まあ、また作ればいいんだが」
「おお。じゃあ今度、俺も……ってか、俺達も見たいぞ。
 作るのに丁度良い石とかあれば、提供するからさ」

 シェベットがにこにことそう言うと、
サニーは眉を下げ、ちらりとシェベットを見た。

「構わないが……本当につまらないと思うぞ」

 それを聞いて、シェベットは肩をすくめた。「あのな」と、少し呆れたような声で、

「箱庭ってのは、心の風景なんだろ。
 お前の――仲間の心の風景を見せてもらって、
 俺達、つまらないなんて感じると思うか?」

 サニーは驚いたように目を見開いた。
そして、ふいとシェベットから視線を逸らすと、

「……その……放っておいていたから、荒れているかもしれない。
 見せられる程度には整えておく」
「よっしゃ。よろしく頼むぜ」

 シェベットはにっと笑って、ばしっとサニーの背中を叩き、また前を向いて歩き出した。
サニーは叩かれた勢いでつんのめり、わずかに顔をしかめたけれど、
苦笑混じりの笑顔を浮かべた。


 それから少し歩くと、ようやく生垣の迷路の終わりが見えてきた。
「ちょっと、様子見てくる」と、シェベットが先に生垣の外に顔を出した。
 サニーはふと、首から下げた解呪の護符に視線を落とし、
服の中に仕舞い込んだ。護符の飾りの鈴の音が、少しくぐもった小さなものになる。
 シェベットは周囲を見回すと、ふり返って手招きした。

「近くには何もいないみたいだ。すごいぞ、まさに<庭園>って感じだ」

 二人で迷路の外に出てみると、そこには<庭園>の名に違わない光景が広がっていた。

 石畳が敷かれた道の脇には、芝生の広がる大きな広場があり、
その中央に白い石造りの噴水が見えた。
至る所で、様々な種類の花がこぼれ出しそうに咲き群れ、草木も青々と葉を茂らせている。

 鳥のさえずりがやけに賑やかに聞こえるが、ひとまず危険な気配はなさそうだ。
 サニーは息を飲んで辺りの景色を眺め、ほおっと息を吐き出した。

「すごい……。
 晴れた空の下で見てみたいな。これはこれで雰囲気があるとは思うが」

 やはり、周囲には淡い霧がかかっていた。
 噴水の広場の、石畳の道を挟んで反対側には、高い石垣があった。
蔓薔薇がこんもりと枝を張っている。
ちょうど噴水の正面の辺りは門のようになっていて、登り階段があり、
その先に白い建物のようなものがぼんやりと見えた。
 サニーは目を凝らしてそちらを見つめて、

「――あそこにあるのは、建物か?」
「そうみたいだな。行ってみるか?
 この霧がちょっとあれだが、高い所から、庭園を見てみるのもいいかもしれない」

 二人は白い建物を目指してみることにして、石畳の道を歩き出した。
道は、噴水の広場を四角く取り囲むように続いている。

 角を曲がったところで、シェベットが、待った、と手で制止した。
サニーは服の上から護符の鈴を握り、立ち止まった。

「……誰かいる」

 靴音よりも軽く小さな足音が、道の向こうから聞こえてくる。
 二人は角の前まで戻って、茂みの陰に身を屈めた。

 シェベットは慎重に、様子を伺ってみた。
階段より少し手前の辺りに、誰かがいる。

 それは灰色の羽の鳥の頭を持った、鳥人だった。
紅をさしたように、頬に褐色の部分がある。
頭部よりも少し色が暗い翼に、器用に如雨露を持ち、
頭巾と前掛けをした、園丁のような格好だ。

 鳥人はさえずっているのか口笛なのか、高い声で歌いながら、
如雨露で辺りの植物に水をやっている。
その近くの木には、小鳥達が鈴なりになって、鳥人と一緒に歌っているのだった。

「――人がいるぜ。あれも創られた使い魔とやらなのか?」

 シェベットが小声でささやく。
サニーも、そっと茂みの外を覗いてみて、頷いた。

「そうかもしれない。あるいは、この庭園を創った魔術師本人か」
「ふむ。とりあえず……声かけてみるか」

 二人が立ち上がり、そちらへ歩み寄ってゆくと、鳥人は足音に気がついたようだ。

「あら、いらっしゃいませ! 久しいですわね、ドミニクさ……ま」

 と、明るい声で言いながら、鳥人(どうやら女性のようだ)はふり返り――
二人の姿を見ると、ガラス玉のような目を見開いた。

「……じゃ、ない! 誰!? あなた達は!」

 如雨露を取り落とし、翼をばたばたと羽ばたかせながら、後ろに飛びすさる。
木にとまっていた小鳥達は、それに驚いたのか、
みんなどこかへ飛び去っていってしまった。

 明らかに不審なものを見る視線を向けられて、
シェベットはやんわりと笑いながら声をかけた。

「俺達、ドミニクさんから庭園水晶をもらったんだ」
「えっ!? そ、そんな、私に一言もなく! 何があったんですの!?」

 鳥人の女性は目を白黒させながら、甲高い声を上げた。

「彼は亡くなった。それで、」
「な、なな、な!!」

 サニーの言葉を遮って、鳥人が叫んだ。
大げさな仕草で身を退き、わなわなと震えながら、

「あなた達、あなた達、まさか! ドミニク様を、こっ、ころころ……して……
 そして、この庭園の扉まで奪うだなんて……!!」
「はあっ!? なんでそうなるんだよ!
 ちょっと、落ち着いてくれ。違うんだ、俺達は」

 事情を話そうとしたシェベットに向かって、
鳥人はギィーッと威嚇するような声を上げると、
先程まで小鳥達がいた木に、ばっと飛び上がった。二人を見下ろし睨みつける。

「よく見れば、いかにも賊の二人組……! 許しません!!」
「賊……!? こいつはともかく、私もか!?」

 こいつ、とサニーはシェベットを指さす。

「おいこら!
 まあ、俺はそうなんだが――じゃなくて、お嬢さん、誤解だ。話を聞いてくれ!」
「そうって言ったわね! やっぱり! 言い訳は無用です。
 この庭番トゥスカ、主様に託された<庭園>を全力でお守りし、
 そしてドミニク様の仇を必ず討ちます! 草よ木よ、私に力を貸して――!!」

 鳥人――トゥスカという名前らしい――が、一声、笛のように高く鳴いた。
 その途端、辺りの植物達が、わさわさざわざわと一斉に動き出し
――二人の方へと迫ってきた。

「……まずったか、俺?」

 後ずさりながら、シェベットが呟いた。
サニーは震えるように小さく首を横に振って、

「いや、どちらにしても、話を聞いてもらえなかったような気がする……」

 ざあっ、と、緑の波のように覆い被さってこようとした植物達を避け、
シェベットとサニーはちらと目を合わせた。

「とにかく、ここは逃げるぞ、サニー!」
「……、ああ、シェベット!」

 やけのようにサニーは答えると、
二人と植物達との間を阻むように炎の魔法を放った。
「きゃあ! 何てことをするの!」というトゥスカの悲鳴を背に、二人は駆け出した。


 一方、ユーリ達四人は気がつくと、見知らぬ広い庭のような場所に立っていた。
 傍には白い薔薇の花が絡んだアーチと、
丸い屋根の四阿があり、橋の渡された池が見える。
花の香り混じりの、潤んだ冷たい風が吹きすぎてゆく。遠くで鳥達の鳴き声が響いた。
曇ったような水晶色の空と、淡くかかる霧で、どこか絵の中のような色合いの風景だ。

 薔薇の花の芯に、小さな光が灯っていて、
少しおぼろな辺りの景色を、ほんのりと照らしている。
 池の面にも、何かぽつりぽつりと明かりが浮いていた。
よく見ると、蓮の花が咲いていて、そのうてなにも同じ光が灯っているのだった。

 ユーリは、辺りをきょろきょろと見回して、はーっと息をついた。

「ここが<庭園>なのか……?」
「さっきの、浮き上がるような感覚でわかりました。
 ここは『魔術師の箱庭』です」

 ラーフラはそう言って、三人に、魔術師の箱庭について話して聞かせた。

「人の魔術師は、そんなことをするんですねえ……!」

 ソラヤは興味深げなまなざしで、<庭園>の景色を眺めやると、

「ここは、エルフの間で、『星界』と呼んでいる空間かもしれません。
 上層には、世界のあらゆる記憶や知識が蓄えられた『全知の空』という所があって、
 軽々しくそこへ踏み込むと、気が触れてしまうと言われているんです。
 それが怖くて、私はあまり来たことがなかったんですが」

 それを聞いて、ユーリがえっと表情を引きつらせ、フィオナも少し眉を動かした。
 ラーフラはふむ、と頷く。

「似た話は聞いたことがあります。
 でも、『全知の空』は、行こうと思ってもなかなか辿り着けないような所だそうですから。
 向こうもサニーがいますし、心配ないと思います」
「二人も、ここの……どこかにいるんだよな?
 大声出して呼んだら、まずいかな」

 ユーリが訊ねると、ラーフラは、大丈夫でしょう、と頷いた。

「もし、あの二人以外の何かが出てきたら、その時はその時です」

 四人は声を張り上げて、シェベットとサニーを呼んでみたけれど――
返答はなく、誰かがやって来るような気配もなかった。
 大きな声を出して疲れたような様子で、フィオナがため息をつく。

「……この辺りには、いないのかしら」
「どこに行ってしまったんでしょう……」

 ソラヤも、少し肩を落とすようにして、心配そうに言った。
 箱庭の中は、魔法の気配がいっぱいにたち込めているので、
サニーの魔力を辿ることもできないのだった。

 と、呼びかけながら少し遠くまで足を伸ばしていたユーリが、
目を輝かせながら駆け戻ってきて、来た方を指さした。

「あっちにお城みたいな建物があるんだ! 行ってみないか!?」

 こっちこっち、と手招くユーリの後について行くと、
霧の中にぼんやりと、大きな白い建物らしき影が見えてきた。
 ラーフラが、ふうん、と、興味を惹かれたような声を上げた。

「二人も、あそこを目指して行ったのかもしれませんね。
 他にも誰かいるかもしれませんし、行ってみます?」

 フィオナとソラヤもそれに頷き、
四人は白い建物らしきものを目指して歩きはじめた。

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