幕間 虹を灯す石


 <庭園>へ行った翌日、サニーはシェベットの部屋を訪ねていた。

 シェベットは<庭園>の中で話した通りに、
箱庭の入り口となるマジックアイテム作りに使えそうな鉱石などを用意して、
待っていてくれた。

「気に入ったのがあれば、どれでも持って行っていいぞ」

 床にずらりと並べた(机はまだ片付け途中のようだ)鉱石を示して、シェベットは言った。
 あの庭園水晶のように、箱に入った標本風のものや、
装身具に仕立てられているものもある。種類も大きさも様々だ。

 サニーは少し気後れしたような声色で、

「……本当に、どれでもいいのか?」

 サニーは最初、代金を払うつもりでいたのだけれど、
シェベットは、タダでやるよ、と、けろりとした様子で言ったのだった。

「金銭的な価値って話だと、正直、どれも、そんな高級な物でもねえし。
 ――あと、俺が、何かあげたい」
「はあ……?」

 シェベットは、仲間に食べ物やら何やらを奢ったり、物を贈ったりするのが好きらしい。
 そういえば、シェベットが誰かに「何か奢るぜ」と言っているのを、
何度か聞いた記憶があるな、と、とりあえずサニーは納得したのだった。
彼なりの親愛の表現なのだろう。

 まあ、そういうことなら、と、サニーは並べられた鉱石を眺めてみた。
 あまり知識がないので、名前も知らない石も多かったけれど、
こういうものは直感で選んだ方が良かったりするのだ。
シェベットも、黙って見てくれている。

 と、あの庭園水晶より少し小さいくらいの、透明な水晶のかけらが目に止まった。
紐を通して、首から下げられるようになっている。
 サニーは水晶を手に取ってみた。
箱庭の中にある湖の、その澄んだ水と、印象が重なるように思えた。

(――良いかもしれない)

 サニーは顔を上げて、シェベットに水晶を見せた。

「これを使わせてもらってもいいか?」
「ああ、もちろん」

 と、シェベットは頷き、サニーの手から水晶を取ると、紐をサニーの首にかけた。
よし、と、なんだか満足げな表情を浮かべている。

(変な奴……)

 サニーがこっそりとそんなことを思っていると、
シェベットはふと少し真面目な表情になって、サニーの顔を見た。

「ところでさ……一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?
 箱庭とは、全然関係ない話なんだけどよ」
「なんだ?」
「この先、エルナシムに帰ったら……まず、呪いを解くんだろ」

 サニーは迷わず頷いた。

「もちろんだ。家族か、幼なじみの友人にでも頼もうと思っている」

 呪いを徐々に取り去ってくれるという、解呪の護符を身に着けてはいるものの、
今のところ変化は見られない。
やはり祖国へ帰り、真の名を呼んでもらうのが確実だろう、と、サニーは思っていた。

「そうだよな。それで、なんだが」

 と、シェベットはそこで一旦言葉を切って、ひとつ息をつき、

「俺はさ――いつも親父に『最悪の状況を考えて動け』って言われてて、
 それが癖になってるだけだから、あんまし真に受けないでくれていいんだけどよ」

 前置きするようにそう言って、言葉を続けた。

「お前の仲間は、お前の血の宝石を売って儲けてたわけだろ。
 どれくらいの量を、どういう売り方したのかわからねえけど、
 エルナシムの市場にも、宝石が出回ったかもしれない。
 それで……万が一だが、お前の家族や幼なじみやらも、
 全員、宝石の魔力にやられてたら――どうする?
 悪くすりゃ、国に着いた途端に、魔力にやられた奴らに追い回される羽目になるかもだ」

 家族や幼なじみも、あのときの仲間達のようになっていたら――国の人々からも追われたら。
呪いは解けず、サニーはいずれ再び捕われてしまうだろう。
そして今度こそ、以前にエルナシムの盗賊ギルドからサニーを買おうとしたという、
遠い国の魔術師の元へ連れて行かれてしまうかもしれない。

 サニーは青ざめて、シェベットの顔を見つめていた。
 シェベットは、「それに、」と、再び口を開く。

「もし、そんなことは全くなくて、ちゃんと呪いが解けたとしても……
 そのあとも、どうするんだ?
 仲間が正気に戻ったとしても、お前……またそいつらと冒険できるか?」
「……」

 サニーは、すぐに答えることができずに、下を向いた。

 呪いが解ければ、おそらく宝石の魔力も消え、仲間達は元に戻るだろう。
 仲間達が、正気を失っていた間のことを覚えているかどうかはわからないが――
サニーは全て覚えているのだ。
彼らに、これ以上ないくらいに傷つけられてしまったことを。

 でも。
 サニーは顔を上げた。

「……また一緒に冒険ができるかは……正直なところ、わからない。
 でも、私はもう一度、彼らに会わなければ」

 仲間達も――覚えていれば、傷ついてしまうだろう。
 だからサニーは、会って伝えなければならないと思った。
色々なことがあったけれど、自分はこうしてちゃんと生きていられているから、と。

 シェベットは、サニーがそう言うのはわかっていたというように、笑って頷いた。

「そん時は俺達も……旅費がキツそうだったら俺だけでも、一緒に行くよ。
 で、場合によっちゃ、また一緒にこっちに帰って来よう」

 家族や幼なじみにも、解呪をしてもらえないような状況だったら。
あるいは、呪いを解き、仲間達と和解できても、もう彼らと冒険ができないようだったら。
 シェベットの声があんまり優しいので、サニーは戸惑ったように言った。

「何故……? 何故、そこまでしてくれるんだ?
 私は、元はといえば……お前達とは偶然出会っただけで」

 それを聞くと、シェベットは眉を曲げて、

「偶然出会っただけって……そりゃ、最初はみんなそうだろ。
 それに、言っただろ? 俺は、やりたいことがある奴のことは助けたいんだよ」

 サニーは目を逸らしてうつむく。

「……私は、お前がずっと怖かった」
「盗賊だから?」
「そうだ」

 サニーが低い声で答えると、シェベットはため息をついて苦笑した。

「そういう嫌われ方は慣れてるから、別に気にしねえよ。
 昨日だって――サニーだって。
 賊扱いされても、あの火の中で、俺を背負いながらだったのに、
 トゥスカのことも助けようとしたじゃねえか? それと同じさ」

 少しの間、サニーは黙っていたけれど、
「そう……か」と、ゆっくりと頷いてから、顔を上げた。

「お前のことは嫌いではない。怖かっただけだ――そしてそれも、この間までのことだ」

 そう言って、きょとんとしているシェベットから視線を外し、

「とにかく、礼を言う。早速、箱庭の入り口を作ってくるよ」

 と、早口気味に言うと、サニーはシェベットの部屋を出たのだった。
 扉が閉じ、遠ざかってゆくサニーの足音を聞きながら、シェベットは笑った。

(素直なんだか、違うんだか……。面白い奴だな)


 サニーは部屋に戻ると、椅子に腰を下ろして、深く息をした。
 首から下がった水晶を、手のひらですくい上げ、箱庭と繋ぐための呪文を唱えはじめた。
透き通った水晶の輝きと、印象が重なる湖を、特に強く意識しながら――。

 やがて、魔法を吹き込み終わって、サニーが息をついた、そのとき。
 ぱし、と、水晶から小さな音がした。

 どきりとして見てみると、水晶の内部にヒビが入ってしまっていた。

(魔法が負担になってしまったか……?)

 マジックアイテム化が失敗したわけではないようだが……。
 砕けてしまわないだろうか、と、サニーは再びシェベットの部屋へ行って訊ねてみた。
 シェベットは水晶を眺めると、

「魔法のことはよくわからねえけど、これくらい大丈夫だと思うぜ。
 それにほら、綺麗だし、いいんじゃないか」

 と、角度を変えるように水晶を動かしながら、サニーに見せた。
虹色の帯のように、ヒビの中に光がひらめく。

「水晶って、傷やヒビができると、そこが虹色に光るんだよ」
「あ……本当だ」

 サニーは思わず、目を奪われたように水晶を覗き込んだ。
ヒビが入ってしまったことに驚いて、全く気がついていなかったけれど、とても綺麗だ。

「傷も、こんな風になるなら、いいよな」

 と、シェベットが呟くように言って、
サニーが「え?」と聞き返すと、シェベットは首を横に振った。

「いや。
 それよか、これでもう箱庭に入れるのか?」

 サニーは控えめに頷いた。

「あ――ああ。
 昨日の夜、見に行ってみたら、思ったほどは荒れていなかったから……」
「じゃ、みんな呼んできて、行こうぜ」


 シェベットがみんなをサニーの部屋に呼び集めてくると、サニーは水晶を机に置いた。

「……お前達は自由に出入りできるようにしてある。
 水晶に触れて念じるだけでいい」

 誰の顔も見ずにそう言うと、ぱっとその姿がかき消えた。
一足先に、箱庭へ入っていってしまったようだ。
 シェベットが手をひらりと振って、

「あれ、照れてんだ、たぶん」
「心の中に、直接お邪魔するようなものですからね」

 気持ちはわかります、と、ラーフラが頷く。

 そうして、五人もサニーの箱庭へと入ってゆき――
ぱあっと目の前に広がった光景に、それぞれに、感嘆の声を上げた。

「おお。綺麗じゃん――」

 シェベットは言いながら辺りを見回し、
先に来ていたサニーまでが、目を丸くしていることに気がついた。

「――って、なんでお前まで驚いたような顔してんだ?」
「いや……それが、」

 水晶と繋いだ影響だろうか、
昨日の夜に、サニーが一人で覗きに来たときとは、少し様子が変わっていたのだ。

 湖はより澄み透り、雨のあとのように水滴を光らせている花畑の中には、
見慣れない、水晶のような透明な花弁の花が咲いている。
 空気の中にも、時折きらきらとかすかな光が舞うのが見えて――
そして、見上げると、青空に大きな虹がかかっているのだった。

 サニーがそのことを話すと、ラーフラがふむふむと頷いて、

「箱庭を創った後から石と繋ぐと、そんなことがあるんですねえ。
 でも、とても綺麗ですよ」
「ええ、本当に。――少し変わった花もありますね」

 と、ソラヤが、花畑に屈み込んで言った。
 見慣れない花達は、花弁の手触りが布や紙のようで、触れてみてソラヤは少し驚いた。
匂いも、香水やお香のような、人工的な雰囲気だ。
 サニーは少し恥ずかしそうに、部屋着の襟元を直すような仕草をして、

「ああ、その辺りの花は……想像で創ったんだ。
 あまり、実際に花に触れたことがなかったから」

 けれど、それらに混ざって、ルアードの街やキュストーレ島で目にした花も咲いていて、
そちらはまるで本物のようだった。

 そして、いつの間にか咲いていた水晶のような花は――
本当に鉱石で出来ているかのように、ひんやりと硬い。
シェベットが興味深げに、透明な花弁を指で撫でている。

 サニーは、ううむ、と首をひねった。

「なんだか……こうして見ると、あれもこれもと咲かせて、無節操だろうか」

 ユーリはぷるぷると首を横に振って、

「サニーが見たり想像したりしたことが、色々詰まってる感じがして、楽しいよ!
 その中に、俺達とも一緒に見てきた花もあるのも、なんか……嬉しいし」

 それを聞くと、サニーはちょっと照れたような表情で、そうか、と頷いた。

 箱庭の中には、時折、風が吹き過ぎていった。
花畑を揺らし、湖をきらきらとさざ波立たせる。
 <庭園>の館で見た、昔のエルナシムの風景の中から吹いてきた風と、よく似た香りがした。
 フィオナは目を細めて、

「本当に綺麗」

 と、一言、呟くように言った。

 サニーと出会い、彼の身に起きたことを聞いたとき、フィオナは――
表情には出さなくても、ひどく衝撃を受け、憤慨したものだった。
 体は元より、心もどんなにか傷ついたことだろうと。
彼の仲間か、呪いの原因になった死霊術師か、
誰に怒りを抱いたらいいのかは、わからなかったけれど……。

 でも、その心の中に、こんな風景があるということに、
フィオナはなんだかほっとした。
もちろん、この光景が全て、というわけではないのだろうけれど――それでも。

 ユーリはフィオナの言葉にうんうんと頷いて、
それからラーフラの方をふり返ると、訊ねた。

「ラーフラの箱庭は、どんなところなんだ?」
「えっ? 僕の箱庭ですか……」

 ラーフラは頬を掻き、

「――今のところは、小さな部屋ひとつだけの空間なんですが。
 使い魔を育てたりだとか……
 今までに食べた、美味しいものを再現できる食卓を置いたりしてます」

 食卓のくだりを聞いて、全員が、ああ……と、納得したように大きく頷いた。
 ラーフラの使い魔は小さな白い蛇で、いずれもう少し大きく強くなったら、
冒険に連れて行ったりもしたいと思っているらしい
――箱庭の中で創られた使い魔でも、作り手が召喚すれば外界に出すことができるのだ。

「……あと、生ハムの原木の鉢植えがあったりとか」

 小声でラーフラが付け足すと、「ナマハム?」と、ソラヤが首をかしげた。
フィオナがまばたきして、

「薄く切る前の、丸ごとの豚の脚のこと? ……それの鉢植えって?」
「いや、それが」

 と、ラーフラは少し恥ずかしそうに、

「実物がどんなものか知らずに、言葉だけ聞いて想像したので……本当に木なんです。
 でも、切って食べると生ハムの味がしますし、そのうちまた枝が伸びるんです」

 食べ物の話をして、なんだか食欲が湧いたのか、ラーフラはごくりと唾を飲んだ。
ばっとサニーの方をふり返り、

「ちなみに、この箱庭、エルナシム料理が食べられる食事処などは!?」
「そんなものはない」

 間髪入れずに答えて、サニーは笑った。

「――が、あっても面白いかもしれないな。
 湖と花畑の他にも、何か広げようかとは思っていたんだ」
「ぜひ検討してくださいよ」

 ラーフラは熱のこもった声色で言って、サニーの手を握った。
 シェベットが、思い出したように、

「……そうだ。エルナシムといえばさ、」

 と、サニーがエルナシムへ帰るときに一緒に行こうと考えていることを、みんなに話した。

「そうね。
 旅費は確かに気になるところではあるけれど、できればあたしも行きたいわ」

 フィオナがそう言って、他の三人も頷いた。
「何か、報酬の良い依頼でも来るといいですね」と、ラーフラが腕組みする。

 ユーリはもう完全に行く気になっているようで、目をきらきらさせながら、

「砂漠で冒険するときに気をつけることとか、調べておかないと!」
「それはほら、詳しい人に教えてもらったらいいんじゃないですか?」

 ソラヤがサニーを手で指し示して、「あっ、そうか」とユーリは頷いた。

 ――こんなに突然、遠い国へ行く話をされたのに、誰も難色を示さない。
 サニーは、驚いたらいいのか喜んだらいいのかわからなくて――
でも、とてもありがたくて、なんだか笑えてきてしまった。
 くすくすと声を漏らして笑うと、
仲間達はなんだろう、というような様子で、サニーの方を見た。

「……いや。
 今――少しだけ、私は呪われて良かったのかもしれないと思ってしまった」

 呪いを受けたせいで――そのおかげで、この仲間達との出会いが生まれたのなら。

「そういうことは、呪いが解けてから言えよな」

 シェベットがサニーの背中を叩く。
 サニーは笑顔のまま、虹のかかる空を見上げた。

(箱庭の変化は、あの水晶のせいだけではないのかもしれない)

 そう思った。

 水晶の傷に虹が灯る、それと同じようなことが、
サニーの心の中でも起こりはじめているのかもしれなかった。

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