1.薬運びの依頼


 ある朝、ユーリが宿の一階の酒場へ下りてゆくと、
仲間達はもう朝食を食べ始めているところだった。
「おはよう」と声をかけ合って、マスターに朝食を頼むと、ユーリは仲間達と同じ卓に着いた。

「ユーリはいつも、朝、ちょっと遅いですね」

 と、ラーフラが言った。彼の皿は既に半分以上空になっている。

「ラーフラこそ、食べるの早すぎるんだよ」

 ちょっと口を尖らせて、ユーリが言い返すと、ラーフラは何故か得意そうにふふんと笑った。
 サニーが、飲んでいたスープの器を下ろして、

「ユーリは、髪を編むのに時間がかかっているんじゃないか?」
「あっ、そうかも」

 ユーリが長く編んだ髪に手をやって答えると、ラーフラも納得したように頷いた。

 冒険に出る日もそうでない日も、ユーリは朝起きると、まず髪を編んでから部屋を出る。
昔からの習慣になっているから、自分ではあまり気にしていなかったけれど、
下ろせば腰より長い蜜色の髪を編むのには、結構な時間がかかっているだろう。

「実はソラヤといい勝負の長さだもんな」

 と、シェベットが口を挟む。
ソラヤは笑って、若草色の髪を揺らしながら、ユーリの方に顔を向けた。

「言われてみれば、そうですね。
 ユーリは、どうして髪を伸ばしているんですか?」
「えっ? ええと……」

 ユーリはつまみ上げた三つ編みを、指でくるくるともてあそびながら、
ちょっと照れくさそうに言った。

「小さい頃に、聞いた話に――ちゃんとは覚えてないんだけど。
 『長い金の髪を編んで、銀の剣を携えた剣士』みたいなのが出てきてさ、
 かっこいいなって思ったんだよ。真似したくて、ずっと伸ばしてるんだ」

 それを聞いて、仲間達はへえ、と頷いた。
けれど、その『長い金の髪の剣士』の物語は誰も知らなかったようで、
それぞれに少し首をかしげたりしている。

「なんていうお話かしら。アイズホルムに伝わるお話?」

 フィオナが訊ねると、ユーリも首をひねった。

「みんなが知らないなら、そうなのかな? なんていう話だったっけ……。
 好きな話のはずなのに、その剣士のこと以外は、全然覚えてないんだよなあ。
 たぶん、母さんが話してくれたんだと思うんだけど」

 話していると、マスターがユーリの分の朝食を運んできてくれた。
焼きたてのパンと、魚の塩漬けと玉葱のスープだ。
「ありがと、マスター! いただきます」と声をかけて、ユーリは早速、パンにかじりついた。
温かくてやわらかなパンは、噛みしめるとほんのりと甘くておいしい。

 嬉しそうに食事をしているユーリを見ながら、
シェベットが本当に感心したような様子で言った。

「なんにせよ、今、その通りの姿になれてるのが、なんというかすごいな」
「ユーリは、昔からの夢だとか、好きだったものだとか、大切にしているわよね。
 素敵なことだと思うわ」

 と、微笑んで頷いたフィオナが、ユーリに向けた瞳に、
一瞬だけ、どうしてか悲しそうな表情がよぎったように見えた。

「え。あ。そう……かな?」

 ユーリは少しどぎまぎしてしまったけれど、
なんとか笑顔を浮かべてみせて、照れたような風で頭を掻いた。


 朝食の後、六人は仕事の依頼書が貼り出された掲示板の前に集まっていた。
 この前、みんなで話した、サニーの故郷のエルナシム王国へ行くための旅費も貯めたいし、
少し遠出になっても、報酬の良い仕事があれば請けてみよう、という話になったのだった。

 ソラヤが依頼書の一枚を指さす。

「あっ。これなんてどうですか?
 馬車で行けない山間の村へ、薬を届けて、代金を預かって帰ってくる依頼。
 礼金は一金貨だそうです」

 フィオナが、ふうん、と少し首をかしげた。

「気前がいいわね。道のりが大変なのかしら」
「道中、魔物や獣が出ることもあるような場所みたいですね……。
 依頼主は、大都市サンドリタの――ハルネス薬店」

 ソラヤが依頼主の名前を読み上げた瞬間、
フィオナの表情がこわばったのを、ユーリは見た。
他のみんなは、依頼書に目をやっていて、それに気がつかなかったようだ。
 ラーフラが「ああ、」と頷く。

「かなり大きい薬屋ですよ。有名なところです。
 ……でも、この依頼、もう、サンドリタの冒険者が請けちゃったりしてませんかね?」
「いや、大丈夫だと思うよ」

 と、口を挟んだのは、『妖精のとまり木亭』のマスターだ。

「ハルネスさんは、取引先の多いお店だから――
 薬を売る街や村も、こういう依頼を出す冒険者の宿もね。
 複数の宿に、同じ依頼を出すってことは、ほとんどないはずだよ」
「なるほど」

 ふむふむと頷くラーフラの横で、
ユーリは――フィオナの様子は気になったけれど――口を開いた。

「馬車が通れないんじゃ、大変だよな。
 お医者の先生がいたって、薬がなかったら……その、助けられない人が出るかもしれない。
 早く請けた方がいいんじゃないか?」

 ユーリの故郷の村には医者も治療施設もなく、村で重い病人や怪我人が出たときは、
馬車を走らせて、近くの(といっても、結構な距離のある)街へと運んでいた。
 小さな村では、みんなが顔見知りで、家族のようなものだった。
よく知った人を乗せて、遠ざかってゆく馬車を、
幼い頃のユーリは、はらはらしながら見送っていた。

(元気になって帰ってくる人もいたし――)

 そうでない人もいた。
 村ぐるみのお葬式で、
「もっと早く診てもらえていたら、助かったかもしれなかったんだ」と、
誰かが泣きながらささやいていたのを、ユーリは聞いたことがある。

「そうだな。
 ……しかし、薬や薬代を持って行き来するとなると、
 それを狙った賊が出る可能性もあるか」

 サニーがそう言うと、シェベットが腕組みして頷き、

「ありうるな。
 山道じゃあ、逃げ場もそうそう無いだろうし、追い剥ぎには絶好の場所だろうよ。
 それにしたって、ユーリの言う通り大事な仕事だし、礼金も美味しげだとは思うが。
 ――請けてみるか?」

 と、フィオナの方を見た。フィオナはシェベットと目が合うと、うつむいて、

「……あたし……」

 ぽつりと、そう呟いたきり、黙り込んでしまった。
「フィオナ?」と、ユーリが心配そうに声をかけると、フィオナはやっと顔を上げた。

「……仕事を請けるのが嫌、というわけではないのだけれど――
 あたし、その依頼主の所へは行けない。
 詳しい話は、みんなで聞いてきてくれる?」

 えっ、と、みんな目を丸くした。

「どうしてだ?」

 シェベットが訊ねると、フィオナは少し間を置いてから、答えた。

「顔を合わせたくない知り合いがいるの。そのお店に」
「……あ、フィオナの家って、サンドリタにあるんだよな」

 ユーリがそう言うと、フィオナは頷いて、ユーリの顔をちらりと見た。

「ユーリ達には、まだ話していなかったわよね。
 ――あたし、家出中なの」
「ええっ!?」

 ユーリは声を上げた。ラーフラとソラヤも、驚いた表情を浮かべている。
その後ろで、サニーが「少しだけ聞いた」と頷き、
それに続けてシェベットが、「少しだけ話した」と頷いた。
 マスターも、カウンターの中から、心配そうなまなざしをこちらに向けている。

「だから……あたし、その間は、どこか外で待っているから」

 沈んだ声で、フィオナは言った。シェベットが、うーん、と頭を掻いて、

「そういうことなら、仕方ねえけど……。
 外で待ってるにしても、他にも会いたくない奴と出くわすってこともありそうだが、大丈夫か?」
「人目につかない場所にでも隠れているわ」

 フィオナはさらりとそう答えたけれど、
そのとき、「まあ、待ってください」と、ラーフラが胸を張って進み出た。

「僕に任せてくださいよ。幻術で誰かの顔を借りましょう」

 フィオナはまばたきして、首をかしげた。

「大丈夫? そういう魔法は難しいのでしょう?」
「確かに大変ですけど……
 だからといって、使うのを避けたままでは、進歩できませんからね」

 ラーフラは笑って、ちょっと失礼、と、
フィオナの顔の前に手をかざして、呪文を唱えた。

「……アルーエットとかどうでしょうか。
 ちょうど、背格好も同じくらいだったと思いますし」

 呟くようにそう言うと、ラーフラの手のひらから銀色の光が散った。
そして、フィオナの顔の前から手を離すと――
そこには、菫青座の笛吹きの少女アルーエットの顔があった。

「おお! すげえ」「そっくりです!」と、ユーリとソラヤが沸く横で、
サニーも感心したように少し目を見張り、それから、シェベットの顔を見た。
 相変わらず幻術が効かないらしいシェベットは、ひとり首をかしげている。
ラーフラが、そんなシェベットを手で指し示して、

「……あんな感じで、他にも効かない人がいないとも限りませんから、
 一応、フードを被ったりしておいた方がいいかもしれません」
「ありがとう。……ごめんなさい、あたしの勝手で」

 フィオナのその声も、ユーリ達にはアルーエットのものに聞こえた。
 ラーフラは「お気になさらず」と首を横に振ると、みんなの顔を見回した。

「――って、なんだか、勢いで魔法使っちゃいましたが。
 このあと、サンドリタに行くってことでいいんでしょうか?」
「いいんじゃないか? サンドリタ行きの馬車、今日もあるよな」

 ユーリが言うと、マスターが頷いて、

「今日のサンドリタ行きの馬車は、昼前に一つと夕方に一つ、出るはずだよ」
「すぐに準備をすれば、お昼前の馬車に乗れそうですね」

 ソラヤはそう言って、掲示板から依頼書を剥がすと、シェベットに手渡した。
シェベットは依頼書を丸めて懐に仕舞いながら頷く。

「ちょっと急ぐか。足りない物は、向こうで買ってもいいだろうしな」


 自室で冒険の準備を整えて、ソラヤが酒場に戻ろうとすると、
階段の手前でフィオナに声をかけられた。

「ソラヤ、少しいいかしら?」
「はい! なんですか?」
「あのね。今、部屋で姿見を見て、思ったのだけど」

 アルーエットの姿のフィオナは、両腕を軽く広げてみせて、

「『わたし』が剣を持っていたら、おかしい?」

 ソラヤは、腰に大きな長剣を下げた『アルーエット』の姿を見て、ちょっと首をかしげた。

「アルーを知ってる人が見たら、不思議に思うかもしれませんが……。
 いつもみたいに、当たり前にしていれば、大丈夫じゃないですか?」

 そうして、ソラヤは少し逡巡したように間を置いてから、「実は、」と言葉を続けた。

「フィオナと初めて会ったとき、ちょっとだけですけど……びっくりしたんです。
 こんなに大きな剣を、この子が? ――って。
 でも、いざ冒険に出て山賊や魔物と戦っているところを見たら、
 かっこよかったし……もう、フィオナに似合ってるとしか思わなくなりました」
「……そう。
 そうね。普通にしていればいいのよね」

 フィオナは頷いて、かすかにほっとしたような笑顔を浮かべた。「ありがとう、ソラヤ」
 ソラヤもにっこりと笑い返して、頷いた。

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