4.山道の出迎え


 翌日、朝靄が晴れはじめた頃、一行は目的の村へと続く山道へと踏み込んだ。
 山の中は、まだひんやりとした空気に包まれている。
遠くの木々の輪郭はその空気に染められて、青い影絵になって佇んでいた。

 獣道より少しましくらいの細い道が、
木立ちの間を縫うように曲がりくねりながら続いている。
所々、木の枝に色のついた紐が結びつけられていて、どうやらこれが村までの道標らしい。

 そして、山に入ると、狼や大蛇や、それからゴブリンなどの魔物も、姿を見せはじめた。
襲ってくるものたちを倒しながら、一行は進んでいった。

「この辺りには、ゆっくり休める場所はあまりなさそうね」

 と、フィオナはひとつ息をついた。

 村はまだ遠く、今日もまた野宿をすることになるかもしれない。
 昼食も、慌ただしく保存食と水を少し取っただけで、一行は先を急いだ。

 そうして、しばらく歩いてゆくと――
「ちょっと待て」と、シェベットが低い声で言って、立ち止まった。
五人もすぐに足を止める。

 道の先から、話し声と笑い声が聞こえてくる。
そっと様子を伺ってみると、道の脇に、
何人かの人が座り込んで、なにやら楽しそうに話しているのだった。
 男が三人と、娘が一人の、若者の四人組だ。
四人とも旅人のような格好はしていないが、
小さな荷物らしい袋を傍に置いたり、剣を腰に差した者もいる。

(村人か? それとも……)

 村までの道のりは、やっと半分を少し越えたくらいのはずだ。
 こんなところで、彼らは何をしているのだろう?
 武器は、獣や魔物に対抗するためにも、持っていて不自然ではないけれど。

「怪しい感じもしますが……考えすぎですかね」

 と、ラーフラが首をひねった。

 しかし、わざわざ彼らを避けて道を外れて、もし迷ってしまっては大変だ。
一行は少し話し合って、そのまま進んでみることに決めた。

「――おっ!」

 近づいてきた一行の姿に気がついた男の一人が、声を上げた。
その声に、他の男二人と娘も、こちらをふり向く。男は一行に向かって手を振って、

「そこの人達! もしかして……というか、冒険者だよな?
 うちの村に薬を持ってきてくれたんだろ」

 フィオナはそれには答えずに、男に聞き返した。

「あなた達は、この先の村の人?」
「ああ。そろそろ来る頃だろうと思って、迎えに来たんだよ」

 互いに歩み寄りながら、若者達と一行は言葉を交わした。

「わざわざ、こんなところまで? 村はまだ遠いんじゃないのか?」

 と、ユーリが訊ねると、娘が「それがね」と、ふふっと笑って、

「秘密の……ってわけでもないんだけど、近道があるのよ!
 それを使えば、日暮れ前には村に着くわ」
「へえー、そりゃあすごいな」

 シェベットは、なんだか気の抜けた声で返事をしながら、
ちらりと後ろの男達を見やった。

 彼らも笑顔でこちらを見ているけれど、
なんだか一行から妙に離れたところで立ち止まって、それ以上近くに来ようとはしなかった。
そして、それぞれさりげなく腰の武器に触れたり、荷物袋を手元にたぐり寄せたりしている。
 何か――機をうかがっているような、そんな様子に見える。

「ええと、それで……薬を持ってきてくれたのよね?
 それとも、もしかして、ただの旅の人……?」

 娘は一行の顔を見回して聞いた。探るような、どこか緊張した目つきで。
 フィオナは、シェベットと一瞬だけ目を合わせて、それから口を開いた。

「いえ――冒険者よ。その『近道』、案内してくれる?」
「そうよね! 良かった! もちろん案内するわ。そのために来たんだもの」

 娘は嬉しそうに頷くと、こっちよ、と、道を外れて林の中へ来るよう手招きした。
 すたすたとそちらへ向かうフィオナを追うように、ユーリ達も歩いてゆく。

「――おい。本当に行くのか」

 前を見たまま、サニーが小声でシェベットに訊ねた。
シェベットも視線を合わせずに答える。

「とりあえず、乗ってみようぜ。
 もし野盗だとしても、今んとこ、周りに他の奴がいるような気配はないしな」
「……これから、賊の根城にでも案内されるんじゃないのか?」
「かもな。まあ、なんとかするさ。とりあえず、お前はしんがり」

 サニーは「わかっている」と、
さりげなく歩調を落として、ラーフラやソラヤの後ろについた。


 娘の後に続いて、一行は林の中を歩いていった。
 娘は、何かを目印にしているようなそぶりもなく、迷わず足を進めてゆく。
三人の男達は、一行を両隣と後ろから囲むような位置で、言葉少なに歩いている。

 フィオナは、娘がやけにぼろぼろの靴を履いていることに、ふと気がついた。
壊れかけな上に、そもそも、彼女の足に合っていないもののように見える。
紐で縛って脱げないようにして、無理に履いているようだ。

(歩きにくそうね。
 村の人だとしても……そうじゃないとしても、こんな靴で大丈夫なのかしら)

 と、フィオナはこっそりと思った。

 他愛もない話をぽつぽつとしながら、しばらく歩いていると、
ふと娘がくるりとふり返った。身体の後ろで手を組んで笑う。

「それにしても、優しそうな冒険者さん達で、本当に良かった。
 いかつい人が来たら、ちょっと怖いなあって思って、みんなで来たんだけど……」

 そう言って、傍のフィオナを見た視線に、不意に獰猛な光が宿った。

「――本当に、易しそう、で!」

 娘がフィオナに向かって手に持った何かを突き出したのと、
フィオナが素早く剣を抜き、盾のように身体の前に出したのと、ほとんど同時だった。

 金属同士がぶつかる高い音が響いて、娘の手から何かが弾け飛んだ。
ざくりと地面に突き刺さる。短剣だ。

 娘は一瞬、目を見開き、それから忌々しそうな表情を浮かべて舌打ちした。
短剣を引き抜きながら飛びすさり、フィオナから距離を取る。
 その時にはもう、ユーリ達も、そして男達も、それぞれに武器を構えていた。

「何、ドジってんだ、アミナ!」

 男の一人から、野次るような声が飛ぶ。
アミナと呼ばれた娘は、苛立たしげに怒鳴り返した。

「うるさいよッ! たぶん……やる前からバレてたんだ!」

 その言葉に、ラーフラが頷く。

「みなさん、村人にしてはちょっと……眼光が鋭すぎるというか」
「雰囲気が怖かったですね」

 と、ソラヤが続けるように言った。

 男は笑って、自分の剣の刃先を指で撫でながら、

「まあ、こうなったら、やるしかないさ。こいつらぶちのめして、薬をいただいちまおう」
「薬が目当てなのか?」

 ユーリは、男の方に剣の切っ先を向けた。
 代金を預かった帰り道の方が危なそうだと、ユーリは思っていたのだけれど。

「薬にも色々あるからな。売りようで、もっと高くなるんだろ」

 シェベットの言葉に、男が首肯した。

「そうだよ。お前らが持ってる薬さえ手に入れば、俺達、しばらく安泰なのさ!」
「……賊につける薬はないな」

 サニーはため息をついて、
一行の背後についていた男からラーフラとソラヤを庇うように、その前に立った。

 シェベットは投擲用の短剣を構えつつ、周囲に視線を走らせた。

(他に仲間はいないっぽい、か。
 こいつら、どこのギルドにも入ってない野良なんだろうな)

 四方を囲まれているものの、こちらの方が人数は多い。
一対一以上には持ち込める……が、あちらは四人全員、接近戦ができそうな雰囲気だ。

(一人くらいは、できれば、近づかないで倒せりゃいいんだが……)

 そんなことをシェベットが考えていると、きいん、と刃がぶつかり合う音が聞こえてきた。

 アミナとフィオナが戦い始めている――が、
フィオナは道中の獣や魔物との戦いの疲れがあるのか、少し動きが鈍いようだった。
それに加えて、この林の中では、剣を振り回すと木の幹にぶつかりそうになってしまう。

 一方のアミナは、フィオナが思いきり動けないのをいいことに、
大胆に距離を詰めて斬りかかってくる。
ぼろぼろの靴を履いているにしては、動きが機敏だ。
 なんとか攻撃を受け止めながら、フィオナはかすかに眉をひそめた。

 と、横から鋭い木の枝が、矢のように飛んできた。ソラヤの魔法だ。
アミナは身体をひねってそれを避けたが、掠ったらしく、肩を押さえて飛び退いた。

「フィオナ。大丈夫ですか?」

 フィオナはかすかに笑顔を浮かべて、ソラヤに頷いてみせた。

「ありがとう。
 ――ここ、木のおかげで、剣が振りにくいわ。ちょっとやりづらいみたい」
「無理しないでください。一緒に戦いましょう」

 二人でアミナの方に向き直る。
「二対一かよ」と、アミナは憎々しげに舌打ちした。


 その様子を横目に、シェベットが呟く。

「うーむ。あっちは完全に女の戦い、って感じだな」
「なんだか怖い響きですね」

 ラーフラと並んで、そんなことを言っていると、男が一人、こちらに向かってきた。
 シェベットは投擲用の短剣から、短刀に持ち直して、

「おっと。
 ラーフラ、俺が時間稼ぐから、魔法でなんとかしてくれないか?」

 ラーフラは「わかりました」と杖を構え、それから、疲れたようなため息をついた。

「はあ……つましい昼食の後の戦闘はつらいですねえ」

 斬りかかってきた男の剣をかわし、反撃に短刀を振るいながら、
シェベットは口を開いた。

「おい、頑張れよ。晩飯に、何か簡単な料理でも作ってやるから!」

 その言葉を聞いた瞬間、ラーフラの昏い瞳が珍しく輝いた。
笑顔で、シェベットを見上げるようにして、うきうきと訊ねる。

「えっ。保存食ではなく?」
「材料は保存食だけどな。少しは美味く食えるはず――っとお! 危ねえ!」

 攻撃を受け流そうとしたシェベットの短刀が、力負けして逸らさされた。
体勢が崩れたところに、すかさず男の剣が降ってきたのを、危うく回避する。

「喋ってねえで、頼むぜ! 接近戦は苦手なんだよ」
「失礼。今の言葉、忘れないでくださいよ!」

 ラーフラは早口に呪文の詠唱を終えると、杖を男の方に向けた。
 杖の先が光った、と思った次の瞬間には、
銀色の稲妻が、目にも止まらぬ速さで男を貫いていた
――シェベットには、今までで一番研ぎ澄まされた魔法のように見えた。狙いも、威力も。

 男は電光の残滓に包まれながら、どうと倒れた。
きっと、男には、何が起こったかすらわからなかっただろう。

「やる気、出しすぎだろ……」

 シェベットはやや呆然とした様子で呟いた。


 ユーリも男の一人と斬り合っていたけれど、ラーフラの魔法を見て、目を丸くした。

(そうだ。俺もできるんじゃないか、魔法!)

 素早く男から距離を取ると、剣をかかげて、叫んだ。

「来てくれ、風の精霊!」

 ユーリの背後から、強い風が光りながら巻き起こり、吹きつけてきた。
 地面に落ちていた木の葉を巻き上げ、
辺りの木々からも枝葉を落として、雨のようにばらばらと降り注がせる。

 しかし、風に襲われるのは、ユーリの目の前の男だけには留まらなかった。
この場に居るユーリ以外の全員が、それぞれに声を上げ、吹き荒れる風から顔を庇っている。

「ああっ、そうなるのか?
 そうじゃなくて、こう、剣の中に……入って? ほしかったんだ」

 ユーリがおろおろとそう言った瞬間、風はぴたりと止んだ。
 緑色の光の玉のような姿の風の精霊が現れて、
ユーリが指さしている剣の刃の中に飛び込む。
「そうそう!」とユーリは笑って、風を纏わせた剣を、改めて目の前の男に向けた。

「お、お前、なんだその魔法――うわあ!」

 男は、ユーリの剣から渦巻いて放たれた風に吹き飛ばされ、
背後の木に思いきり叩きつけられて、ずるずると地面にへたり込んだ。

(うーん。もっと色々、練習した方がいいかな)

 淡い緑に輝く剣の刃を見つめながら、ユーリは思った。


 一方、サニーと対峙していた男は、
やっと風の衝撃から立ち直ると、幅の広い剣で斬りかかってきた。
 サニーはそれを自分の剣で受け止めて横に流し、
呪文を唱えながら、左の手のひらを男に向かって突き出した。小さな金色の炎がひらめく。
眩しさに一瞬ひるんだ男の胸元に、炎が飛び込んで弾け、男はぎゃあっと悲鳴を上げた。

 そしてサニーが斬り込んでゆこうとしたその瞬間、男が目を上げた。
やけのように、けれど思いきりぶんと振られた男の剣を避けきれず、
サニーは腕を浅く切られた。

 ぱっと血が――血の宝石が飛び散る。
 宝石は、不自然なくらいにきらきらと輝きながら、地面に落ちていった。

「――え、」

 見開かれた男の目が、赤い光を追った。瞳の中の光が怪しく揺らぐ。
 サニーは小さく舌打ちすると、男に走り寄った。

「余所見をするな」

 サニーの蹴りが、隙だらけの男の腹に突き刺さった。
前のめりになった男の背中に、剣を叩き込む。
男は地面に倒れて、動かなくなった。意識を失ったようだ。
 サニーは息をつくと、こぼれ落ちた血の宝石を、爪先で土の中に押し込んで隠した。

 気がつけば、他の男二人も地面にうずくまっている。
アミナも、ソラヤの魔法で蔓草に足をすくわれたところを、
フィオナの剣の柄頭で殴られて、倒れた。

 ラーフラが、やれやれ、と、杖を肩に担ぐようにしながら、

「お互い、時間を無駄にしましたね。
 不意打ちが失敗した時点で、逃げるべきだったのでは?」
「どうしても逃したくない獲物だったんだろ。でも、判断間違ったな。
 盗賊は、引き際の見極めも大事だぜ。でないと……」

 シェベットはそう言って、アミナの傍に歩いてゆくと、屈んで顔を覗き込んだ。

「あのな。冒険者ってのはさ、それを依頼する人さえいれば、
 悪人は殺したって――何したっていいことになってるんだ。
 ……どういう意味かわかるかい、お嬢さん」

 声を落とし、地面に流れるアミナの髪を一筋すくい上げて、
シェベットはとびきり意地悪くにやにやと笑ってみせた。
指先でアミナの頬をなぞるようにする。
 アミナはかすかに青ざめ、男達の方から「おい……やめろ」と、呻くような声が上がった。

 シェベットはふっと表情を和らげて、
アミナから手を離すと、弾みをつけて立ち上がった。

「――ま、俺達はそういうことはしないけどな。今のは、ちょっと脅かしただけさ。
 でも、いつかきっと酷い目に遭うぜ、そういう生き方してると」

 ラーフラも、うんうんと頷いて、

「どんな大悪党でも、ある日突然、隠れ家に警備隊が踏み込んできて捕まって処刑……
 なんてことだって、ありますからねえ」

 その隣で、ユーリが「どっかで聞いたな、そんな話」と腕組みして首をかしげた。

「相手の罪過につけ込んで、それ以上に下劣なことをするような冒険者は確かにいる。
 そういう奴らの玩具になるのが嫌なら、足を洗うことだ」

 サニーがそう言うと、

「……他の生き方なんて」

 と、アミナがかすれた声で呟いた。

「あるもんか。あたしは、ずっとこうして生きてきたんだから……これからも」

 血を吐くようなその言い方に、
フィオナはなんだか自分の胸まで痛くなったような気がして、アミナに声をかけた。

「そんなことないわ。世界には本当に、色々なことがあるもの。
 やりたいことも、楽しいことも、好きになれることも、あるはずだわ。
 そして、そういうことに関わって生きていく方法だって、きっと……」
「毎日、食べるので、生きるので、やっとなんだよ。
 そんなもの探してる暇は――そんな贅沢な夢見てる暇は、ないんだ」

 フィオナの言葉を遮るように、アミナは吐き捨てた。

「……」
「わかんないだろうよ。あんたみたいな子には」

 アミナはそう付け足すと、何も言えずにいるフィオナと目を合わせないようにしながら、
よろよろと立ち上がった。
男達と肩を貸し合うようにして、林の奥へ逃げてゆこうとする。

 昏倒していたところを起こされた男の一人が、ぼんやりとした目で辺りを見回し――
一瞬、サニーをじっと見た。
けれど、仲間達に急かすように腕を引かれると、一行に背を向け、その表情は見えなくなった。

「盗賊を続けるにしても、どこかのギルドに入るのをお勧めするぞ」

 シェベットが、アミナ達の後ろ姿に向かって言った。
 と、ユーリが「そういえば!」と、はっとした表情を浮かべて、アミナ達に呼びかけた。

「なあ! 結局、近道っていうのは、嘘なのか?」
「……嘘に決まってるだろう!」

 絞り出したような、男の声が返ってきた。

「そりゃ、そうだよな……。残念」

 ユーリは少し肩を落とした。ソラヤが笑って、元気づけるように声をかける。

「まあ、気を取り直して行きましょう」

 一行は林を出て、元の道へ戻ると、改めて村を目指して歩き出した。

 フィオナは一度だけ、アミナ達が去っていった方に、ちらりと視線を向けた。
 林の奥は暗く、もう、誰の気配もなかった。

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